必要なのは、愛と友情と、それから課金カード

折上莢

今日は最高の日だよ! 推しの誕生日だからね!

 一年に一度。同志たちはこの日のために、こつこつとイベントを走り、ログインボーナスを受け取り、石を貯めてきた。


 「さあ…この日が来たよ…」

 「うん、そうだね」


 私を含めたファンにとって、この日は祭りと同義だ。冷めた声の友人はいったんスルーする。

 年に一度の、推しが単独でピックアップされる日。誕生日だからね。私は推し祭りと認識している。目の前には推しキャラのぬいぐるみ、アクリルスタンド、ポストカード、うちわ、缶バッチ、推しの好物であるケーキ…そして、その中心に鎮座するスマホ。ケーキにはちゃんとろうそくも灯して、準備は万端だ。


 「今回は何連チャレンジするの?」

 「とりあえず、無償の石は十連六回分準備した。これで推しが出なかったら課金も視野に入れています」

 「課金は視野から外してください」


 冷静に課金を止める友人は無視。

 今日は一年に一度の推しの誕生日。運営から誕生日絵のSSR新規カードが、今日だけ限定排出される。王子様コスの推し。これは絶対欲しい。

 隣に、ケーキで釣った友人を置いて、腕まくりをする。


 「というわけで! 祭壇準備おっけい、石準備おっけい、物欲センサーオフおっけい!」

 「全然オフされてないと思うけど…」


 隣のローテンションな友人は置いておきます。

 まずは落ち着いて最初の十連。推しキャラのグッズが見守る中、画面の中で一枚ずつカードが開いていく。


 「…」

 「…気を落とさないで…ほら、まだ一回目だから。あと五回分あるでしょ?」

 「うん…」


 推しの誕生日カードは出なかったうえに、SSRも出なかった。NEWという字のないカードたちに溜め息しか出ない。持っている子たちばっかり…。

 友人に背を押され、もう一度十連を回す。


 「…いや、え? SSRどころかSRも出ないんだけど…壊れてる?」

 「まだ二回目だからねー。はいサクサク行こうねー」


 促されるまま十連ボタンをタップする。三回目はSRは出たものの、お目当てのキャラではなかった。誕生日カードでは、もちろんなかった。

 折り返し地点。早い…これだけの石を集めるのに、あんなに苦労したのに…。

 四回目は友人に押してもらうことにした。私では物欲センサーに引っかかってしまう。渋る友人にスマホを押し付け、回してもらう。


 「…うわっ、確定演出⁉ SSR確定演出‼」


 液晶に写る十枚のカードの内、一枚がキラキラと虹色に輝いていた。

 興奮のあまりバシバシと隣の友人の腕を叩きながら、じっと画面を見守る。

 虹色に輝くカードが、ゆっくりと顔を見せ…。

 …ん? なんか見たことある絵柄だな? あとこれ、見守ってるグッズたちと顔が違うな?

 状況把握が追い付かない私の横で、友人が苦笑いしながら確定演出で出たカードをタップする。


 「あー、これは先月のイベントのやつだね。すり抜けたかー」

 「なんで今来るの⁉ いや持ってないから嬉しいけど何で今⁉ ありがとう‼」

 「どういたしまして。このカードSNSでも話題になったよね。顔がいい」

 「顔はいいけど! 今私が欲しいのは推しくんなの‼」

 「はいはい。次行こうねー」


 スマホを突き返される。あと十連二回分。出ない気がしてきた。

 薄目で十連結果を見る。虹色はない。落胆しながら戻るボタンを連打する。


 「…いやわかってたよ。さっきSSR出たもんね、そう連続では出ないよねえええええ……」

 「呻かないで。最後だよ、気合入れて」


 残りの石は十連一回分。

 テーブルの上で、推したちがスマホを囲んで待っている。


 「…この状況で必要なのは何だと思う?」

 「…物欲センサーのオフスイッチ?」

 

 いやうん。それは必要だけど。


 「それはね…課金のカー」

 「はい最後の十連回そうねー」

 「はい…」


 ケーキの前にスマホを配置しなおして、一回深呼吸をして、十連ボタンを押す。

 推しグッズたちの視線もスマホに集中している。多分。

 本日二回目の確定演出が見えた。叫びそうになったが、絶叫を飲み込む。さっきはぎゃあぎゃあ言ってすり抜けたから、今回は最後まで見守る。

 虹色のカードが、ゆっくりゆっくりと、回転する。


 「…………よぉし、コンビニ行って、課金カード買ってこようかなあ!」

 「待て待て待て待て」


 勢いよく立ち上がろうとしたら、友人に肩を押さえつけられた。

 確定演出で排出されたカードは、SSRの推しだったが、既に持っていてレベルもマックスのカードだった。いつもイベントではお世話になってるけど違う。誕生日の絵柄は?


 「だって! 今日だけなんだよ⁉ 今年の推し祭りは今日だけ! そして王子様の推しが排出されるのも! 今日だけ‼」

 「わかったわかった。暴れないで、危ないから。ろうそく消すよ?」

 「あ、待って! 一回電気消して写真撮るから!」


 一旦部屋の電気を消す。ろうそくの炎だけがテーブルの上でゆらゆらと揺れる。照らされた推したちがケーキを囲んでいて…。


 「…儀式か?」


 友人の不穏な言葉は無視。写真を何枚か撮って、ろうそくの火を吹き消す。

 部屋の中が、一瞬にして真っ暗になった。


 「電気つけるねー」

 「うんー」


 ぱっと明るくなる部屋。ケーキ食べたらコンビニに行ってこようと考えながら、あと何十連したらお迎えできるんだと胃が痛くなる。今月はもやし生活かな…。


 「…えっ?」


 テーブルの上、ちょこんと座らせたぬいぐるみが何か持っている。


 「えっえっえっえっ、ねえねえねえねえ!」

 「ケーキ代。と、あとお誕生日おめでとう推しくんってことで、私からの誕プレ」

 「ええええええええ神様じゃんありがとううううう」


 騒ぎながら抱き着こうとすると、「暴れるな!」と額チョップを貰った。痛い。

 すぐ入れるね、と貰った課金カードの番号を入力する。聞き慣れたあの音がし、即座に追加の石を購入した。


 「これ引いたら一緒にケーキ食べようね! チョコプレートはあげるね‼」

 「ありがとうありがとう」


 ひらひらと手を振る友人に感謝しながら、十連ボタンをタップする。

 …たまに、直感が働くことがある。雲一つない空を見てるときに「あ、なんか雨降りそうだな」って思ったら本当に雨が降ったり、中身が見えないグッズを買うときに「これが推しな気がする…」と思って買ったら推しが出たり。まあ中がわからないものは保険でもういくつか追加で買うんだけど。

 そんな直感が告げる。この十連は、なにかある、と。

 本日三度目の虹色カードが、ゆっくり振り返る。


 「…あ、ああああああああああ⁉」

 「あ、推しくん…の誕生日カードじゃん⁉」


 冷静だった友人も、驚いて二度見してた。

 キラキラと輝くエフェクトの中に現れた、王子様衣装の推し。あ、視界が歪んできた。泣きそう。


 「あああああありがとう本当に! ケーキの苺もあげるね!」

 「あ、ああ…まさか出ると思わなかったから、今度はどうやって課金止めようか考えてたのに…」

 「うん何考えてるのとか言いたいことあるけど! 推しくんお迎えできた! これで安心して誕生日祝えるよ!」


 収まらない興奮のままに暴れかけると、また友人に押さえつけられた。そして二回目のチョップも貰った。

 少し冷静になったので、ケーキを切り分ける。ちゃんと苺とチョコプレートは友人に献上しました。にやけの収まらない表情のままケーキを食べる。

 カレンダーを見て、ふと気づいた。


 「…あ、来週推しくんのソロ曲配信だ」

 「…節約しなさいね…」


 オタクの戦いは終わりません。

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