私は貴方のマネキン

同画数

第1話 学園の卒業後

辺境伯領 ビードロ・クロスホルム三番街を西に逸れた中央広場の服飾店でユリエンタのすぐ隣、今日も女たちは洗濯場で密やかと言えない大きさの声で、噂話に精を出す。


「ねぇ、今年のお祭り!」

「なに、そんなに大きな声で?私は今レースのほつれ見てるんだから後にして。」

「もう!ちゃんと聞いて。今年は大物が来るのよ!」

「何よ大物って、漁師じゃないんだから。」

「でも興味持ったでしょ? 」

「あんたがしつこいからね。」

「もういいわ、大物が誰か教えてあげないんだから。」


些か大きすぎる声が、店先の掃除に外に出てきたユリエンタの従業員の耳に入った。


従業員の名はエリー。

彼女は大物という言葉に自分の学生時代を思い浮かべ懐かしさを感じた。

そう、何を隠そう彼女エリーは希少な光魔法の使い手で、その能力を買われ学園で特待生として平民として貴族のみが通うことを許される王立魔法学園に特別に入学を許可された才女だった。


「ローザどうしたの?大物がどうとかって聞こえたわ?」


「ああ!エリー!あのねアンナが話を聞いてくれなくてー。」

「聞いてたじゃない。それにやっぱりお祭りが迫ってるもの、服屋は忙しいわ。後ででもいいじゃない。」

「アンナったら!今聞かないとダメなの!」

「まあいいじゃない、それでアンナとローザはなんの話をしてたの?」

「エリー聞いてくれる!?あのねその大物っていうのがこの国の第4王子なの!」

「えっ、第4王子って、ブルーノ様のこと?すごいのね今年は。」


ブルーノ様は私の1つ上、学園在籍時代は特待生ということもあり少し交流もあった。そんな彼は今どんな感じだろう。久しぶりに見ることが出来ると思うと胸が期待に膨れた。



「それ本当なの?王子様がわざわざ辺境まで来るかしら?ローザはどこで聞いたの?」

「えーと、パン屋のおかみさんから聞いたの。聞いたって言うか盗み聞きだけど。」

「ふーん。」

「もう、アンヌは興味無さそうなんだから!でもこれで私、王子様に見初められちゃうかもしれないわ!今年は一段と気合い入れなきゃ!」

「はいはい。」


アンナも知り合いのおかみさんを嘘つきにはしたくない。いかにも嘘っぽい噂話だが、優しい彼女は否定もできず、その結果そんな返事をしたようだ。

ローザは指を折って新しい髪飾りやら靴やら必要なものを数えながら、楽しそうにしている。



「ねぇ、ロブ、今年のお祭りは大物が来るらしいわ。」

「エリー、そこのボタンとって。」

「ロブはどうしてそうなのかしら。もっと興味を持ってもいいと思うのに。」

「…。」

「はぁ。私ちょっと外行ってくるからお客さん来たら呼んで。」


昔からある服飾店、ユリエンタはずっと昔は貴族のドレスも作っていたらしい。しかし最近では新進気鋭の服飾店が王都で激しくしのぎを削っている。目新しい布や斬新なデザインがワンシーズン以内に流行を終え、帰属や王族が買い漁り社交界で求められるものは目まぐるしく変わるハードな世界。


ロブはユリエンタの一人息子。ゆくゆくは彼がこの店を継ぐらしい。


今回の皆が言う祭りというのは、収穫祭というものだ。辺境伯領で行うのだが、過去ユリエンタが貴族のドレスを作った時は収穫祭の祭りで来ていた伯爵家の夫人・令嬢の目に留まりそのきっかけとなった。


その時がユリエンタの絶頂期、今は平民の服を中心に転回している。今の時期は繁盛期であるが、平時の売上も換算すると緩やかに衰退している。


ここでひとつなにか出来ないだろうか。潰れて欲しくないのだ。この穏やかな空間が。

未だに1人でアンナがレースのほつれを睨んでる。


「ねぇ、アンナ。今年の収穫祭どうにかうちの商品が大物の目につくようにできないかな?」

「エリー店番はどうしたの?」

「奥にロブがいたから任せてきた。」

「それならいいか。それでエリーはどうしたの急に、ローザに影響されちゃった?」

「なんか、ローザの話聞いてたらこのままでいいのかなって思っちゃって。」

「それでお店どうにか出来ないかって?そう言えば昔伯爵家の人の目に止まった時ってなんで目に止まったんだろ?」

「あっ、確かに、なんでだろ。」



「その時は随分と気合い入れてまだ真新しいショーウィンドウに飾ったらしいよ。他所から形のいいマネキンを貰って。」


急に後ろから声をかけられた。


「ロブッ。急に声をかけるなんて、びっくりするわ。」

「そっちは跡取り息子に隠れて店の悪口?」

「!…違うわ。私、」

「ロブ、あんまりエリーを虐めないで。あなただって収穫祭をきっかけにしたっていいと思ったの。ねぇ、エリー?」


アンナは大人っぽくニヤリと口角を上げる。


「まあ君たちが頭をひねってくれることは感謝しているよ。そこで君たちがうちの店に協力してくれるということでいいのかな?」

「私達って言うよりエリーがってとこね。」

「ならエリー、君をマネキンに任命するよ。学園に通っていたからな、君は平民に見えないほど動きが綺麗だ。それを目立たせるために」

「え"ぇ"」

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