君に捧げるベゴニア

mio

帰還祭

「アンナ、帰還祭行かないの?」


「私は、もういいや……」


こちらを心配そうに見つめているキッカには申し訳ないけれど、もう疲れてしまったのだ。帰還祭で迎え入れられる兵士たち。その中にスーティルがいるかを必死に確認することに。


もう何度目かわからない帰還祭。戦いが収束した戦場から兵士たちが帰還する度に開かれているから、つまりまだスーティルは戦いのなかにいるっていうこと。それなのに私だけ祭りに参加なんて……。


「キッカだけでも行ってきなよ!

ほら、私店番しているからさ!」


「アンナ……。

うん、わかった。

ありがとう。

早く彼も帰ってくるといいね」


「ありがとう」


これ以上の無理強いはできないと思ったのか、キッカがそう切り上げてくれる。正直ありがたいな。


「なんだい、あんたの知り合いまーだ帰ってきていないのかい」


ふいに店の中にいた客からそんな声が聞こえた。あまり大きな声で話してはいなかったけど、近くにいたこの人には聞こえてしまっていたみたい。その言葉に店中の人がこちらを眉を寄せてみる。


未だ帰ってきていないのは役立たず。どうしてそんな風潮が生まれてしまったんだろう。皆必死に戦っているのに。


「アンナ、裏お願い。

祭りに行くまでこっちは私がいるからさ」


思わず零れそうになる涙に私はキッカにお礼も言えず裏へと下がった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


賑やかな声が聞こえる。祭りで好きなだけ騒げるのだ。お店に来るよりも、と皆そっちに行ってしまっている。どうせ誰も来ない、そう思いながら私はせっせと商品を作っていた。

これを受け取った人が戦いに脅かされずに幸せでありますように。好きな人とずっと一緒にいられますように、そんな願いを込めて作っていく。

これは花嫁の衣装の飾りになる花だ。これを見た時に『 本物の花みたいだ!君の技術は誰にも真似できないね!』そう褒めてくれた彼。戦争に行っている間に私が職人となり、小さいながらも自分の店を持っていると知ったらどんな反応をするかな。


さすがに彼が帰ってきた時にすぐ会いたくて、故郷の村から王都まで出てきたとばれるのは恥ずかしいけれど……。でも、きっとバレてしまう気がする。恥ずかしくていいから、だから、早く帰ってきて。

あなたのいないお祭りの楽しげな音はただ苦しくて。誰かが無事に帰ってきた記念すべき日なのに素直に喜べない自分が嫌になる。


「ううん?

うん、でもちゃんと綺麗にできているわ。

さすが私!」


考え事をしていてもきちんと手が動くくらい、私はこの仕事に慣れてきたらしい。無理矢理でも気分をあげたくて、私はそんな風に明るい声を出してみた。


「すみません、今お店はやっていますか?」


カランカラン、という軽快な音とともに入ってきた男性。あ、あぶない……。もう少し早ければさっきの独り言きかれていたよね。


「は、はい!

やっていますよ」


慌てて男性の方に駆け寄る。でも、アクセサリーを扱っているこのお店に男性1人は少し珍しい。誰かにプレゼントかな?

そして近寄るとますます不思議なことがあった。男性が抱えているのは花束? ふと顔を上げると。


「な、なんで……」


「おまたせ、アンナ」


変わらない表情でそう言った彼は手に持った花束を私に渡す。咄嗟に受け取ってしまったけど、え!?


「びっくりしたよ、ふと見たお店の中にアンナが見えて。

幻覚かもと思ったけど、とっさに花を買ってきちゃった。

よかった、本物で……」


そういう彼のことを未だ機能しない頭でぼんやりと見ている。すると不意に強く抱きしめられた。いつもと変わらない、そう感じたけどそんなわけないよね。抱きしめてくれている手が震えている。


「おかえり、おかえり、スーティル。

本当に無事でよかった」


「うん……。

アンナ、僕ね、怪我をしてしまったんだ。

片足が、ない。

それでも、アンナといたい」


はっとして視線を下げる。今は服におおわれているから何も見えない。でも、知ったところで私の思いが変わるわけないよ。


「もちろんだわ、スーティル。

私ね、あなたのことをずっと待っていたの」


どこかぎこちなさがあった少年少女の時代に別れて、私達はすっかり大人になってしまった。でも、いくら月日が流れようと私のなかでスーティルへの想いが揺らぐことは無かった。だから大丈夫。そう伝えると、スーティルは泣きながらありがとう、と言った。


「違うよ、お礼を言うのは私だわ。

ちゃんと私のところへ帰ってきてくれてありがとう」


「うん、うん……。

これからは一緒にいよう」


ストレートだし、急すぎる。でもあっさり頷いてしまう私も私だよね……。


「あーーー!

隊長こんなところにいたんですか!

副長が探して……」


突然の大声にびっくりしてそちらを見ると、ぴょんぴょんと髪がはねた青年がそこにはいた。って隊長??


「ば、バカ!

申し訳ありません、隊長。

ですがそろそろお戻り頂かないと……」


「ほう。

覚悟はいいんだよね?」


え、スーティル?? なんだか地を這うような声がきこえてきたんだけど、一体誰の声かしら? それにどうして突然現れた2人はぴたりと動きを止めているの?


「スーティル、いいかげんにしろ。

抜け出したお前が悪い」


「ふ、副長〜」


「え、ローファ?」


「おう、久しぶりだな、アンナ」


「あれ、副長もこの女性と知り合いだったんですか?」


「おい!

隊長と副長は出身が同じだと言っていただろう」


そうだっけ? 首を傾げる青年。いや、本当にこれはどういう状況なのだろう。


「ふ、ふふ、ふふふ」


「あ、アンナ?」


「こんなに賑やかになるなんて、考えていなかったわ」


「すまない、直ぐに追い出すから」


「お前も来るんだよ。

アンナもう少しこいつ借りるな。

良かったらアンナも見に来てくれ」


何を?と思いつつ、スーティルの背を押す。どうやら彼がいないと困ることがあるらしい。


そして、外に出ると再会に喜ぶたくさんの笑顔が溢れていた。ああ、ここはこんなに暖かい空間だったんだ。


「ここでちょっと待ってろ」


首をかしげつつ、言われたとおりにする。そして少しすると賑やかな音が響いてきた。帰還祭のメインイベント、帰還者のパレードがはじまったんだ。それを祈る気持ちなく見ることができるなんて、少し信じられない。


少しすると列の先頭が見えてきた。先頭で馬に乗るのは帰還した隊の隊長。ん? 隊長?


あ、やっぱりスーティルが馬に乗っている。片足がないといっていたけれど、しっかりと乗れているみたい。

スーティルが隊長、スーティルが馬に乗っている。なんだか似合わなくておかしい。思わず笑ってしまうと、スーティルがむっとしているのが見えた。ごめん、という気持ちをこめつつ手を振ると手を振り返してくれた。


「きゃあ!

こっちに手を振ってくれたわ!」


「私の方に手を振ってくださったのよ!

あの方でしょう?

カスタリア地区の英雄!」


カスタリア地区の英雄? でも、確かに小さな一地方出身の2人が隊長、副長っておかしい。


これからいくらでも時間はある。会えていなかった時のこと、ゆっくり話し合おう。そうしてくて私とあなたの隙間を埋めて。

これからは喜びも悲しみも全部分かちあって生きていこう。戦争は、おわったのだから。


今はひとまずスーティルの勇姿を目に焼き付けよう。ああ、憂鬱だった祭りがあなたがいるだけでこんなにも楽しいものに変わるんだね。

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