だんしゃりしゃり

ritsuca

第1話

 三寒四温のような気候が続くと各種不調に陥りやすい、との言を耳にしたのはどこでだったか。

 日別の平均気温が10℃を越えた日が数日続いたかと思うと、また今度は数日下回り。それを何度か繰り返す時期になると、カレンダーの次の休みの日に、星印をつける。

 ひとりぐらしの小さな部屋。誰も呼ばない、私の小さなお祭り。


 例年より早いのか遅いのか、特に日記をつけていない私にはわからないけれども、早いような気がしなくもない、三月上旬吉日。

 しっかりがっつり、6枚切りの食パン2枚で作ったフレンチトーストとヨーグルト、それにベーコンエッグで朝食を済ませて、台所の片づけよし。エプロンよし。今日の洗濯は明日に回すので、それもよし。

 さて、始めるか。

 クローゼット、フルオープン。それから、春・秋用の服が入った抽斗ひきだしも。

 大学を卒業して実家を出るにあたって減らしたはずの衣類は、気づけばワンシーズンごとにちまちまと増えている。そこで数年前から、お祭りと称して季節ごとに棚卸をするようになったのだった。

 冬物として今シーズン出していたはずの服を並べてみると、買ったのに着なかった服が今回もある。買ったときのときめきがなんとなく残っているものもあれば、そうでないものも。

 着たもの、着なかったけど残したいもの、着なかったので手放すもの。おおまかに3つの山に分けて、着なかったけど残すものにはタグにホチキスで付箋をガチャリ。着るときに付箋を外すことにして、来年1年付箋が外れなかったらそのときは処分する。その目印として。

 次は春・秋物を抽斗から出して、冬物として出していた服のうち、春にはもう着られなさそうな服は抽斗へ。防虫剤を入れ替えて、前半終了。

 時計を見れば、ここまでで既に1時間経過していた。

 ぐーっと伸びをして、目を瞑る。

 作業を始めたのが9:30で、いまが10:30。祭りの日はここ、と決めているお店は、この部屋から徒歩15分ほど。12時よりも前に入らないと混んでしまう。

 うーん、と思わず呻き声が漏れる。もう少し早めに起きればよかったか。しかし昨日は大好きな深夜ラジオの拡大放送をどうしてもリアタイで聴きたかったので、うん、よし、気合い。気合いだ気合い。

 ぱん、と頬を叩いて目を開ける。おいしいお昼のために、がんばれ私。

 ひたすら選び続ける前半と比べれば、後半は楽なもの。

 抽斗から出した春・秋物と、冬物のうち、春も着られそうなものをひたすらハンガーにかけて、クローゼットへ。

 最後に、手放す服を一枚一枚撮影して、丁寧に畳んで段ボールに仕舞えば、祭りは終わり。撮影した服の行き先は、午後にでも。

 時計はもうそろそろ11:40になろうとしている。急がないと。


「いらっしゃいませ! 1名様ですか?」

「はい、ひとりです」

「カウンターにどうぞ」

 どこでも大丈夫ですよ、と付け足された言葉に頷いて、カウンターの奥から3番目、コンロを斜めに窺う席に座る。今日もコンロからはほどよく香ばしい香りが漂っている。

これこれこの香り。

ご褒美とばかりに思い切り吸い込めば、頬が緩む。

ことり、と置かれたグラスには、薄切りのライムと、薄く小さな水滴、と、見慣れないコースター。グラスを持ち上げてコースターを手に取る。水に濡れた表は無地。裏は?

裏返して、きゅうと目を細める。食べる前から満腹にされてしまった。


“なんでもない日、おめでとう”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だんしゃりしゃり ritsuca @zx1683

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ