漆島探偵事務所と最高の夏祭り

巽 彼方

最高の夏祭り


「いーなぁー! 夏休み!」


 事務所内に間の抜けたおっさんの声が響き渡る。

 その声の主はここ漆島探偵事務所唯一の探偵である漆島うるしま すぐるだ。


「漆島さんほぼ毎日休みみたいな生活をしてますし、夏休みいらないですよね?」

「毎日が休み? ハルちゃんは何を言ってるんだ!? 僕は今こうして仕事をしているではないか!!」


 新聞を片手に椅子の上であぐらをかいて座っている目の前のおっさんが何か言っている。


「あぁ……そうですか」


 私は適当にあしらい台所へと向かう。


「ハルちゃん! これ見て!」

「今度は何ですか?」


 漆島さんが声のトーンを上げ手招きする。

 ノートパソコンを覗き込むと、珍しく事務所のホームページにメールが届いていた。






 メールを確認し終えた私と漆島さんは、ある町の町内会に訪れていた。

 珍しい仕事の依頼だった。


「わざわざ来ていただきありがとうございます。私、大村祭実行委員長の渡辺と申します」

「僕は漆島探偵事務所の漆島 卓です。こちらは助手の水瀬 ハルです」

「み、水瀬です。よろしくお願いします」


 漆島さんの紹介で私も軽く頭を下げたが、助手になったつもりは一切ない。


「早速ですが詳しい内容を」

「うむ。来週近くの公園で大村祭を開催することになっているのですが、1つ困ったことがありまして」

「祭り当日にトラブルが発生するおそれがあるということですね」

「そうです。詳しいことは分からないのですが、最近各地のでお金に関するトラブルが起こっているようです」

「その情報を渡辺さんはどこで?」

「私の孫が言うには、ネットの情報のようです。しかし私にはネットとかはよく分からないので……」


 渡辺さんのお孫さんから聞いたというネットの情報か……。

 なんとも抽象的な情報だ。


「警察の方はこんな情報では動いてくれません。なので私達で調べたのですが何も分からずじまい。このまま開催するのもどうかと思いましたが、祭りは来週に控えており今さら中止にするわけにもいきません。そこで今回探偵さんのお力をと思いまして」

「分かりました! その依頼もちろん受けさせていただきます!」









 祭り当日。

 私は鉄板を前にし焼きそばを焼いていた。


「ハルちゃんやっぱ上手いね! このクオリティなら500円でも売れたんじゃない?」

「はいはい。喋ってないで作業手伝ってくれますか?」


 何故私は屋台で焼きそばを焼くことになったのかというと、怪しまれずに他の屋台を見ていられるからだ。

 渡辺さんのお孫さんと私達が調べた情報によると、どうやら屋台をが手を組んでいる可能性が高いようだ。


 そこで当初お客として屋台の周りをグルグル見回る計画を立てたが、3時間の間屋台の周りをずっと見ているのは、どこか不自然に思われ警戒されてしまう。

 警戒されることで、事を犯さない抑止力になるという考えもあったが、これ以上他の祭り等で被害を出さないために、ここで犯人を見つけ出す作戦となった。






結奈ゆなちゃんもありがとね!」


 漆島さんは私の後ろで電卓を叩いている私より一回り小柄な少女に話しかけた。


「はい♪ 水瀬先輩の師匠さんのお手伝いが出来て光栄です!!」


 へ? 漆島さんが私の師匠!?

 それになんだろう? 変に漆島さんに尊敬の念を抱いている様子に不自然さを感じる。


「漆島さん!! 結奈に何かしましたか?洗脳ですか!?」

「いやいや、何も! ただ、僕とハルちゃんの関係を教えただけさ」


 どんな伝え方をすればああなるのか。

 私はあまり結奈を漆島さんに近づけてはいけないと思った。






「焼きそば1ついただけるかしら?」

「はい♪ 350円です!!」


 お祭りが始まると屋台にはたくさんのお客さんで溢れた。

 たちまち忙しくなり私は鉄板の上の麺と終始格闘している。結奈はお客の対応と会計を1人で上手くこなしている。

 そして漆島さんはというと……


「うおぉー! 凄い売れてるね! 結奈ちゃん! たこ焼き買ってきたけど食べる?」

「漆島先生ありがとうございます! 今は忙しいので後で食べます!」


 漆島……呼び方まで洗脳されているのか。


「漆島さん! はちゃんとやっているんですよね?」

「ああ問題ない! 今のところ特に何も起こってないからね」


 大丈夫なのか? 漆島さんに「問題ない」と言われても、いまいち信用しきれない。

 本当は私も他の屋台の観察をするつもりだったが、予想以上に焼きそばが売れてしまいその余裕がなくなってしまった。


 だけどちょっと嬉しい。

 自分が作った物がたくさん売れる喜びに浸りながら私は作業を続けた。






 祭り開始から2時間半後。

 人がまばらになり売り切れとなった屋台では片付けを始めている所もある。

 うちの屋台の焼きそばも残り3パックとなり、漆島さんが買ってきた覚めたたこ焼きを3人で頬張る。


「覚めていても美味しいです♪」

「それは良かった! まさかあんなに忙しくなるとはね」

「もう焼きそばはいいです。作っただけでお腹一杯です」

「さてと、僕は屋台をもう一回りしてこようかな」




 お祭りは残り約30分。

 現在特に騒ぎなどは起こっていない。

 少し嫌な予感を感じながらぼんやりと他の屋台を見ていると、町内会が出展している屋台の前で何やらおじさん達が話し合っているのを見かけた。


「結奈。ちょっと店番しててくれる?」

「うん! 任せて!」


 私は町内会の屋台が気になりそちらに向かった。


「何かありましたか?」

「君はあの探偵さんの助手さんか。ちょっとこっちに……」


 渡辺さんに手招きをされ屋台の隅に移動する。


「公園入り口で唐揚げを売っていた屋台の今日の売上が何者かに

「え!? 泥棒ってことですか!?」

「あまり大事おおごとにする訳にもいかないから、口外しないよう頼むよ。それであの探偵さんは?」

「今屋台を回っているはずです! 探してこのことを伝えてきます!」


 私はひとまず自分の屋台に戻った。


 屋台には店番をしていた結奈が屋台の周りをキョロキョロしていた。漆島さんは戻って来ていない。


「結奈どうしたの? 何かあった?」

「さっきまでこの辺りに置いてあったお金が……その、無くなっちゃって」


 まさかうちの屋台もやられたのか!?


「私がいない間に誰か人が来たりした?」

5がさっき来ました。それと残りの焼きそば3パックをすべて買っていきました」


 すぐにその集団を怪しむのは短絡的だが、可能性はある。


「その集団はどこに行ったか分かる?」

「ここから左の方へ歩いて行ったと思います」

「分かった。結奈はもう少しそこで待っててね!」


 結奈が示した方向は、私が先ほどいた町内会の屋台や公園の入り口とは逆方向だった。

 そう広くはない公園だ。きっと見つけられるだろう。






 私は公園内をしばらく走り回った。

 しかし一向に5人組の大学生が見当たらない。


 そんなとき、スマホの着信が鳴った。

 …………漆島さんだ!!


「漆島さん何してたんですか!? 大変なことに──」

「ハルちゃん今どこにいる!?」


 珍しく取り乱している漆島さんの声に私は驚く。


「公園の西側。1番奥です」

!! その近くにあるラムネを売っている屋台のおっさんの足止めをしといてくれ!!」

「へ!? 何でですか……? 」

「詳しくは後で! 今若い奴らの相手で手間取ってる」

「もしかして5達ですか?」

「ハルちゃん何で知ってるの!? ……まあいいや! 事情を知っているなら話は早い! そっちは頼んだ!」


 そう言うとすぐに通話が切れてしまった。


 よく分からないがラムネ屋台のおじさんの足止めをするしかないようだ。


 ラムネは……あそこね。

 おそらくあの人だろう。

 私は屋台の前まで走っていく。

 屋台のおじさんは急に走ってきた私を見て驚く。


「び、びっくりしたよ……ラムネかい?」

「へ? ……あっ! そうです! お願いします」


 この後はどうしよう。

 適当に世間話でもしていればいいのだろうか?


 しかしそこで予期せぬことが起こる。


「ゴミはそっちに捨てて置いてね。おじさんは用があるから──」

「え!? どこか行くんですか?」

「う、うん。そうだけど何か?」


 今どこかにいかれては困る……

 しかし……


「あっ! もう1杯貰えますか?」

「え!? あ、ああいいよ」


 足止めをするにはとりあえず飲むしかない!


 私は2本目のラムネを開け飲み始める。

 美味しいけど2本目はちょっとキツい。


「じゃあおじさんはそろそろ」


 まずい! このままではおじさんが……

 私はなんとか2本目を飲みきりおじさんの前に立つ。


「あの! ……もう1本お願いします! わ、私ラムネが大好きで」

「お、お姉ちゃん大丈夫かい? まあ買ってくれるのはいいけどさ……」


 完璧に引かれている。

 漆島さんのせいだからね!!



 私は3本目のラムネを死に物狂いで飲む。

 もうお腹パンパンだよぉー!!


 そこで再び漆島さんから電話がかかってきた。


「ハルちゃんに最後のお願いだ! 今すぐに公園の入り口まで来てくれ!」

「何で!? 意味分かりません!! ラムネのおじさんはもういいんですか?」

「ラムネはもういい。とりあえず早く来てくれ」

「漆島さ──」


 通話が切れる。

 …………走ればいいんでしょ!!!






 数日後。

 夏祭りの件は無事解決した。

 結局何が起こっていたのかというと、どうやらラムネ屋台のおじさんが黒幕で、売上金を盗む実行犯は案の定大学生5人組だった。

 彼らはネット上で知り合い、盗んだお金を山分けするという話で共犯に及んだらしい。


 漆島さんは何をしていたのかというと、大学生らを捕まえることには成功したのだが、日頃の運動不足ということもあり、途中ぎっくり腰になってしまい、大学生らとラムネ屋台のおじさんに逃げられないようにするために私を動かしていたようだ。


「ど、どうだハルちゃん……最高のお祭りだっただろ?」

「そうですね。1週間で売り物になるレベルの焼きそばの作り方をマスターして屋台で3時間タダ働き、そしてラムネを3杯飲まされ、最後は公園内を走り回るというのお祭りでしたよ♪」


 私は皮肉たっぷりに祭りの感想を述べた。


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漆島探偵事務所と最高の夏祭り 巽 彼方 @kolo11

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