第29話 えっちな布石は、戦いの基本である。
西海岸の街・アートケヒヤ。
その砂浜の白さから、スターダストビーチと呼ばれている観光名所こそが、俺たちの決戦の舞台である。
俺は広範囲に人払いの結界を展開し、観光客たちを遠くへ散らした後、二人の追跡者に向き直った。
「――よし。これでビーチに近づく者も、俺たちを認識できる者もいなくなった。どれだけ無様にイキ果てても、誰に咎められることもない」
爽やかな口調を意識したものの、反応は散々だ。
「ど、どこまでもお下品な戯言を!」
「……最低。えっち。女の敵……」
金の巻き毛が美しい副生徒会長、ユリーヌ。
水色ショートボブが可愛い風紀委員長、アイリス。
ゴミを見るような視線を二人がかりで浴びせられながら、俺は苦笑した。
「ゼクス×リベル捕縛隊……だったか。そもそも、前世では【魔導王】、前々世では【剣聖】と呼ばれた大賢者の俺と、数百年に一度の才能である邪眼使いのリベルを、たった二人でどうやって捕まえるつもりだったんだ?」
作戦の展望が見えないんだが?
そう訊ねると、ユリーヌたちは奥歯を噛みしめた。
「そ、それは……」
「……お前たちの居場所を特定して、それから作戦を立てて……」
二人はしどろもどろだ。
呆れたことに、自分たちが常に〝狩る側〟でいられると思っていたらしい。
現代の魔法使いに蔓延している謎の驕りと選民意識、そして間違いだらけの魔法教育のせいで、こうして若き才能が残念なアホの子に堕しているのだ。
呆れっぷりを伝えるために、大げさに肩をすくめる。
「自分たちが〝狩られる側〟になる可能性を忘れるから、準備不足のまま俺と対峙するハメになったんだ。――相手の尻を揉んでいるとき、己の乳頭を吸われることもまた、ありうるのである」
「……? 後半の意味がわかりませんわ」
「偉そうにお説教……? ……ニセゼクス様のくせに」
ふん、やはり伝わらないか。
ユリーヌとアイリスは、まだ〝その域〟に達していないようだ。
しかし、もう少しだけ対話がしたい。
「正直なところ、お前たちとは争いたくないんだ」
優しく言ったのに、これまた反応は散々だ。
「ゆ、勇者の世界樹を枯らした犯人のくせに、どうして上から目線ですの!?」
「王都も学院も大混乱……。放っておけるわけ、ない……」
「やはりそういうことになっているのか」
まあ、現地に居合わせた人々も、俺たちを犯人扱いして大騒ぎだった。まして新聞で事件を知った者に、冷静になれと言うのも無理な話かもしれない。
ゆえに、まずは二人を安心させなければ。
「落ち着いてくれ。これから俺たちは王都へ転移し、勇者の世界樹の件を解決しようと思っているんだ。先ほどリベルとレヴィに手伝ってもらったおかげで、そのための魔法が完成したからな」
「ま、また悪事を働くおつもりですの!? いったん枯れた勇者の世界樹が、どうにかなるわけありませんわ!」
「……犯人は現場に戻るって、本当だったんだね。……そんなこと、させないから」
二人は杖を構えた。臨戦態勢である。
やはり話し合いは難しいか……?
「どうしたものか……。おい、出てきてくれ」
背後に呼びかけると、魔導バナナの木々の向こうから、赤髪の美少女が現れた。
冒険者風の衣装に身を包んだ勇者の少女、レヴィのご登場だ。
「あ~あ。ホント嫌になっちゃうわ。『勇者の世界樹』なんて、私が封印されてた単なる魔導結界なのに。それを、後世の人間が勝手に名づけて崇めてただけなのよ?」
二つのネコ目が、ユリーヌとアイリスを見つめる。
ちなみに、リベルは離れた物陰で待機中だ。
ユリーヌたちが逃走を図ったら、邪眼で足止めするように言ってある。
レヴィはにこやかに笑いかけ、
「私はレヴィ・ベゼッセンハイト。この時代の人たちには、〝勇者の少女〟なんて呼ばれてるわ。勇者の世界樹って名づけられたアレに、二〇〇〇年間自分を封印してたの」
「……! あなたは……」
「ア、アイリスさん。ご存じですの?」
「……昨日、私に、あの本……くれた人」
「まあ、なんてこと! ゼクス某の仲間だったのですね!?」
あからさまに動揺するアイリスとユリーヌに、レヴィがビシィ! と指先を突きつける。
「いいえ、違うわ。仲間じゃなくてお嫁さんよ!」
「おい」
俺はすかさず待ったをかける。
と同時に、ユリーヌたちがたじろいだ。
二人の顔には大粒の冷や汗が浮いている。
「な、なんという魔力量ですの……? もしかして本物の勇者の少女……い、いえ、そんなまさか」
「おかしい……。昨日はぜんぜん魔力を感じなかったのに……」
ユリーヌとアイリスが動揺するのも当然だ。
自己紹介をしている間も、レヴィの身体の輪郭に沿って、濃密な魔力が炎のように揺らめいていたのだから。
それだけではない。
二〇〇〇年間、世界樹の中で魔粒子を放出し続けたせいか、今もレヴィの身体からは大量の魔粒子があふれているのだ。
勇者の世界樹の機能を、一人の少女がまるごと受け継いだ状態である。
「追っ手に探知されないよう、魔力反応をゼロにするのは基本だろう。第九階梯魔法――ヌル・マギカを使えば何てことはない」
俺は横から注釈を添えた。
「だ、第九階梯って……」
「恐ろしいことをサラリと言いますのね……。第九階梯魔法なんて、英才教育を施された魔法使いが、生涯を賭しても身につけられるかどうかですのに……」
アイリスとユリーヌ。
ジト目とツリ目から疑いの色が消え、ひたすら警戒心が膨らんでいく。
これだけ実例を見せれば、俺とレヴィがホンモノであると認めざるを得ないはずだが……。
「繰り返すが、勇者の世界樹の件は解決できる。俺たちが犯人でないことも証明できるし、再び学園に戻ったところで何ら問題はなくなるのだぞ?」
諭すように告げても、二人は構えを解かない。
杖を掲げ、敵意が剥き出しだ。
ユリーヌがこちらを睨みつける。
「そ、そもそもあなたの存在自体が問題ですわ!」
「……その通り。色欲魔法の研究なんて、魔法使いらしくない……。えっちなことは御法度だもの。清楚・可憐・高潔に生きるのが、魔法使いの常識……」
アイリスの考え方も頑固である。
話し合いに応じるつもりは、まったくと言っていいほど無いようだ。
やれやれ。
少し、“わからせ”が必要だな。
俺は小さく笑みをこぼし、
「えっちなことはダメ、か。お前たちがそれを言うのか?」
その言葉に、ユリーヌたちがビクリとする。
「そ、そうでしたわ。この変態男とレヴィさんは繋がっていますの! アイリスさんがあの本を受け取ったことを知っているんですわ!」
「う、わ、あ、あ……」
二人の顔が青ざめていく。
俺は左手で顔を覆い、指の隙間から彼女たちを見据えた。
審理の魔眼――発動である。
【名前】ユリーヌ・パルテノス
【寸法】105・62・94
【趣味】目隠しプレイ
【名前】アイリス・フォン・アイスベルク
【寸法】72・53・74
【趣味】官能小説の朗読
これを使ったのは、編入試験以来だ。
あれから俺も成長したのである。
新しい肉体が俺の強大な魔力と馴染んだことにより、以前は読み取れなかった【趣味】の項目を視認できるようになったのだ。
俺は顎に手をやり、何度かうなずいてみせた。
「ほぅ、いい趣味だな。目隠しプレイに官能小説の朗読とは……。おや、先ほど誰かが『魔法使いにえっちなことは御法度』だとか『清楚・可憐・高潔』だとか言っていた記憶があるが、気のせいだったか?」
効果・絶大。
『~~~~~~ッ!』
ユリーヌとアイリスは声にならない悲鳴を上げた。
わなわなと震え出し、首から上を真っ赤にして、清々しいほど恥じらっている。
「安心してくれ、批判する気はない。俺は色欲魔法の研究に三度目の人生を捧げる身であり、えっちなことは大歓迎な精神の持ち主だからな。……で、二人とも。俺がレヴィを通じてプレゼントした官能小説は、お気に召したかな?」
まずはユリーヌを見る。
「よ、読んでいるわけありませんわ! あれはアイリスさんの物ですもの!」
「そうか? 『副生徒会長ハンナの放課後調教日誌』は、ドMのお前にピッタリだと思ったのだが」
「ド、ドドドドドドM……ですって!? うぅっ……え、ええと、そ、そもそもMって何ですの? わ、わたくし、よくわかりませんわ!」
アイリスに目を転じる。
「さすがにお前は読んだだろう? 『エミリア嬢は肉欲風紀委員長である』……だったな。官能小説好きのお前のことだ、すでに所有していたか?」
「…………持ってなかった。しかも初版本だったから……連泊権、売ったの。……これ、ずっと探してたやつだった……」
「それはよかった。当然、昨夜のうちに読んだんだな?」
「ううぅぅ……!」
「答えたくないならそれでいい。アレを読んでいるか否か――。それはすぐにわかることだ」
追っ手の美少女たちにささやかな“わからせ”を施したところで、俺は両腕を広げた。
ユリーヌとアイリスを迎え入れたい。
そんな気持ちを込めたポーズだ。
「戦う前に、これだけは言っておきたい」
声音を整え、真剣な眼差しで告げる。
「ユリーヌ。アイリス。お前たちは荒削りだが、確かな才能を秘めている。この時代のバカげた常識に埋もれさせるには、あまりにも惜しいんだ」
――お前たちとは争いたくない。
わざわざそんな言葉を投げかけたのは、この一言を伝えたかったからだ。
「お前たちも、俺の弟子にならないか――?」
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