第15話 いじめっ子の末路。―制裁編―

 第二運動場のフィールドに、拡声魔法がこだまする。


『おぉーっと! チーム・色欲魔法ズの二人にイエローカードだ! あと一枚で失格になってしまいます! 解説のアレクシア・ラーサー理事長、これは厳しい裁定ですね!』


『プププッ……ま、ゼクスくんは変態魔法使いですからね。明らかに学院にふさわしくないわけですから、審判が厳しくなるのも仕方ありませんよ。ざまぁみろ、といったところです』


 広報委員と理事長のトークに、周囲の生徒が大笑いする。


「理事長め、ケチな仕返しを……」


 俺に迫られてトロトロになっていたくせに、正気に戻った途端にコレだ。

 次こそは色欲魔法で徹底的に〝わからせ〟る必要がありそうだな。


「ふぅ、結び終わった!」


「ウチもだ!」


「カリーナちゃんもー☆」


 わざとらしいセリフとともに三人が立ち上がった。

 靴ひもを結び終わった……のではなく、審判の目を盗んで進めていた詠唱が完了したらしい。


 リベルに不意打ちを食らわせることを想像しているのか、三人ともニヤニヤとした笑みを浮かべている。


 俺は肩を落とした。



 この時代には、こうも醜い笑顔が存在したのか……。



「では……試合開始!」


 審判のコールとともに、『カーン!』と鐘の音が響く。


 直後――。


「フレアボム!」


「アクアシュート!」


「もぐもぐフラワー!」


 アマンダが火球を放ち、ディビが水流を飛ばし、カリーナが食人花を召喚した。


 会場がワッ! と沸く中、それらはまっすぐリベルに向かっていく。


 だが。


 三者三様の第二階梯魔法が、彼女に当たることはない。


 じゅうぅっ!

 ぶしゅうぅ!

 ピギィィィ!


 フレアボムが消えた。

 アクアシュートが蒸発した。

 もぐもぐフラワーが業火に包まれた。


『はぁぁッ!?』


 アマンダ、ディビ、カリーナが、ストンと顎を落とす。

 今の第二階梯魔法に、よっぽど自信があったらしい。


「ありがとうございますっ、ゼクスさん!」


「造作もない。……どこまでも卑怯な奴らめ」


 三人の不意打ち魔法は、俺がリベルの前方に展開した魔法障壁に触れた瞬間、見るも無残に消滅したのだった。


「くっ、くっそおぉぉぉ!」


 魔法を諦めたのか、アマンダが拳を振り上げて突進してくる。


 ――しかし。


「ぐぇぇぇっ!?」


 俺の魔法障壁に勢いよく衝突して弾き飛ばされ、後頭部を地面に打ちつける結果となった。


 倒れたアマンダは後頭部を両手で押さえ、鼻血を撒き散らしながら悶絶である。


 当然の結果だ。

 鋼鉄の壁に顔面から突っ込んだのと同じなのだから。

 それは鼻血が噴き出し、鼻骨も折れるだろう。


「他ならぬ、俺の魔法障壁だぞ? 当然、物理障壁も兼ねている。名門魔法学院の生徒のくせに、障壁の組成を読み取ることもできないのか?」


「くっ……。物理障壁の効果がある魔法障壁とか……意味わかんない! カ、カリーナ、どうすんの!?」


「えぇっ!? えっと……カ、カリーナちゃんに聞かれても……」


 残されたディビとカリーナは、顔を見合わせてうろたえている。


「最初の一撃しか作戦を立てていなかったようだな。……そのザマで俺の弟子をいじめようなど、一〇〇億万年早いぞ。――リベル、今だ!」


「ゼクスさん……わたし、やります! 変わってみせます!」


 気弱だった愛弟子の力強い決意を、俺は全力で後押しする。


「やってやれ! 歴史を……塗り替えるんだ!!」


「んんんん……!」


 リベルが力み、体内の魔力をある一点へと集中させる。

 大気中の魔粒子が揺らぎ、リベルの身体に猛烈な勢いで吸い込まれていく。


 体内の魔力。

 大気中の魔粒子。


 それらが複雑に絡み合い、増幅され、それは黄金の輝きとなって――。


『あぁーっと、これはどうしたことでしょう! 目が! リベルさんの左目が……前髪で隠れていた左目が、金色に輝きましたァァァァ! す、すさまじい魔力が実況席まで伝わってきます!』


 広報委員が興奮気味にまくし立てる。


 リベルが持つ最強の武器。

 それは、己の左目である。


『ミ、ミミミミス・アレクシア! あ、あの魔法は……って、ミス・アレクシア? 震えちゃってどうしたんです?』


『じゃ、じゃじゃじゃじゃじゃ……』


『じゃ?』


『じゃ、邪眼!? じゃじゃじゃ……邪眼使いぃぃ!?』


 素っ頓狂な悲鳴とともに、理事長がイスから転げ落ちた。


 観客席にどよめきが走る。


「ハァ!? 邪眼!?」


「邪眼って実在したの!?」


「あ、あんなの、伝説とか神話の話だろ!?」


「あの落ちこぼれ……変態ゼクスに鍛えられたって言ってたよな? じ、実はマジでゼクス・エテルニータ本人だったとか……?」


「リベル・ブルスト程度の落第生が、邪眼を覚醒できるわけありませんわ!」


「そうですよ! どうせ目が光ってるだけですって!」


 生徒たちの間で様々な憶測が飛び交い、教師たちは愕然とした表情でリベルを見つめるばかりである。


 教師らの反応も無理はない。

 三度目の人生を送る俺ですら、実際に邪眼使いを見るのはこれで二人目だ。


 前世では、『邪眼は数百年に一度のSSS級レアスキル』と呼ばれていたのである。


「アマンダさん。ディビさん。カリーナさん」


 左目を黄金に輝かせたリベル。

 彼女に名前を呼ばれ、いじめっ子たちは『ひぃぃっ!』と情けない声を漏らした。


 間近にいる三人にはわかるのだ。

 リベルの左目に、どれほど濃密な魔力が渦巻いているのかが。


「さて、邪眼使いの愛弟子よ。何を命じる?」


 俺がつぶやく傍らで、リベルは発動させた。


 邪眼の初歩、『強制行動』を――!!



「今までえっちした男の子の数だけ、ゼクスさんに土下座してください!」



 渾身の一撃! リベルの声が闘技場に響き渡った。


 標的はアマンダ、ディビ、カリーナ。

 派手に化粧して制服を着崩し、いかにも男遊びに興じていそうな三人である。


 リベルよ、なかなか良い着眼点だ。


 しかも、自分に土下座させるのではなく、まず俺への謝罪を要求するとは……。

 リベルの優しさに心を打たれ、俺はホロリと涙ぐんだ。


 しかし。


『…………』


 三人は、沈黙。

 口はムズムズ動いているが、しかし土下座には至らない。


 客席に不穏なざわめきが生まれる。


「え、なに? ……失敗?」


「ふぅ……。こんなことだろうと思ったわ」


「やっぱ落ちこぼれだな」


「邪眼なんてないわ」


「邪眼なんて嘘よ」


 という声が周囲から聞こえてくるが、これは……。


「ハッ、もしや!」


 リベルが真実に至ったようだ。


「誰ともえっちしたことない人は、明日の夜まで自分のお胸のサイズを連呼してください! 力の限り、大声で! 喉が潰れても、ずっとずっと全力で!」


 黄金の邪眼で三人を見据え、新たな命令を下す。


 すると三人の口もとが動き――、


「C! C! ディビ・ズベコラーナ! 胸はCCCCCCCC!!」


「EEE! カリーナ・ペェズラー! 最近Eにアップ! EEEEE!」


 喉が張り裂けんばかりの大声で、お胸の事情を暴露し始めたのだ!


 これこそ邪眼の初歩、『強制行動』の真髄なり。


 さて、口を押さえて最後まで抵抗していた赤髪のアマンダだが、邪眼の強制力には抗えない。


「ア、ア……アマンダ・セクストン! うぅぅ……A! A! AAAAAAA! ブラを買ったのはこないだが初めて! AAA! AAA!」


 三人の大声が会場に轟く。


「CCC! ディビ・ズベコラーナ! 胸はCCC! もっとほしいCCC!」


「カリーナ・ペェズラー! EE! EEEE! 中途半端なEEE!」


「A! A! AAA! アマンダ・セクストン! やっとA! やっと育ってもAAAA!」


 当然ながら、生徒と教師の注目は三人に集中している。

 俺とリベルに向いていた好奇の視線を自分たちが浴びることになり、アマンダたちは涙目だ。

 苦しそうに眉を歪めて無様に鼻水を垂らすばかりか、酸欠のせいで真っ赤になった顔面は、今にも破裂しそうである。


 しかし、同情する気持ちは湧いてこない。

 この三人は、今までリベルを散々いじめてきたのだ。

 リベルの心と身体を痛めつけ、衆人環視の中で尊厳を踏みにじり、嘲笑い……それらを娯楽にしてきたのである。

 リベルが感じてきた苦しみは、察するに余りある。


「三人ともサイズを連呼し始めたということは……そういうことだな」


「もーなんなんですか! わたしのこと、モテない処女って、今までさんざんバカにしてきたのにー!」


 リベルがネコのようにフーッと唸った。

 その怒りはもっともである。


 えっちな物事を忌避する社会であっても、経験の早さをステータスとする風潮は残っているようだ。


 えっちなことが許容される社会を願って止まない俺だが、経験の早さをステータスにするなどとんでもない。

 清い身体でありながらも、えっちなことに興味津々。

 この清楚な均衡こそが至高だというのに。


 俺は、愛弟子の栗毛を優しく撫でた。


「気分はどうだ? もうリベルは落ちこぼれなどではない。これから邪眼の力を伸ばし、偉大な魔法使いの一人となるんだからな」


 確固たる〝力〟によって、敵の尊厳を叩き折った感想を訊ねる。


 しかしリベルは意外にも、


「……すみませんでした」


 俺にペコリと頭を下げた。


「ゼクスさんを変態呼ばわりしたこと、三人に土下座させられなくって……」


「何を言う。俺のことはどうでもいい。今はリベルの心が救われることこそ、最も重要なんだからな」


「ゼクスさんったら……。ホントに、優しいんですから……」


 リベルの表情は安らかな微笑のみ。

 怒りや復讐、憎悪の念は、すでに流れ去っているようだ。


「あんなちっぽけな人たちのことより、わたし、もっと邪眼を極めたいです! ゼクスさん。これからも、い~っぱいえっちな気持ちにさせてくださいねっ!」


「もちろんだ!」


 ――安心した。

 リベルが〝力〟に溺れている様子はない。


 アマンダたちの身体を傷つけるのではなく、精神にダメージを与える命令を下したあたり、リベルの怒りが本物だったことが窺えるが……まあ、悪いのは奴らだ。徹底的にやろう。

 怒りを胸に溜め込んだって、敵が喜ぶだけなのだから。


「よしリベル。今までの仕打ちを考えると、もう少しぐらい追撃しても許されそうだが……どうする?」


「それもそうですね。だったら……」


 リベルはしばし悩むと、ものすごい速さで社会の坂道を転げ落ちている三人に命じた。



「明日、学院を休むのはナシです! あと放課後になったら、制服のままフターナの町を五十周してきてくださいね! 駆け足で!」



『ひいぃぃ!』


 いじめっ子たちが悲鳴を上げる。


 お胸事情を連呼するのは、明日の夜までだ。

 フターナの町は大騒ぎになるだろう。


 そのとき、審判が試合終了を告げた。


『おぉーっと決まった! これは大番狂わせ! チーム・色欲魔法ズ、二回戦に進出です!』




 ――結論から言うと、俺たちは優勝した。


 これ以降の対戦相手が全員棄権したからだ。


 そして翌日。

 フターナの町でカップサイズを連呼しながら走りまわる『三人組の変態』が憲兵に連行されたという報せが、学院中に広まるのだった。


 アマンダ。ディビ。カリーナ。

 三人の人生は、もうおしまいだろう。




 ――のちに『邪眼のリベル』、『爆乳邪眼師』と呼ばれる少女。


 彼女の伝説は、こうして始まったのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る