第12話 リベル、覚醒――処女、確定。
トロンと濡れた大きな瞳。
リベルがほのかに唇をすぼめ、えっちな気持ちになるために求めたのは――。
「で、ではゼクスさん……。上半身、脱いでいただけますか?」
「よしきた」
パチンと指を鳴らし、衣服生成魔法を半分だけ解除する。
制服のネクタイとブレザー、シャツが消失。
俺は上半身だけ裸になった。
「わっ、わわっ……わわわ~っ!」
その瞬間、リベルが奇妙な悲鳴を上げた。ちょっと刺激が強かったか?
と、一瞬だけ心配したが。
「あぁぁ……。はぁ、はぁ……」
リベルの吐息はだんだん荒くなり、
「はぁぁ~ゼクスさんステキですっ! しゅごいですっ! ゴクリ……。まるで彫刻みたいなお身体……!」
俺のカラダに大いなる興味を示してきた!
真っ赤な顔のままこちらへ近づき、とろけた瞳で半裸の俺を観察開始。
「す、すっごく、綺麗です……」
引き締まった胸部、割れた腹筋、しなやかに隆起した背中などなど。
リベルは俺の肉体をうっとりした表情で見つめていく。
「あぁぁ……。わたし、男の人って苦手だったんですけど、ゼクスさんは不思議と平気みたいです。……スンスン。確かに男の人の匂いがするのに、それが心地よく感じられて……あぁ、なんだかヘンな気持ちですよぉ」
「そうか、それはよかった。誰も見ていないから、どんどん嗅ぐといい」
「はいっ! スン……スンスン。あぁぁ不思議っ、いい匂い……。もぉ我慢、できっ……スンスンスンスン!」
転生直後、メギス・グロウで創り上げた美ボディである。
匂いフェチ――リベルのお気に召したのなら重畳だ。
この子はずっと欲求を抑えつけてきたのだろう。
ここぞとばかりに己を解放する愛弟子を見つめるのは、なかなかどうして気分が良い……。
いや――――待て。
待て待て待て待て。
今しがた、リベルは気になる一言を口にした。
『確かに男の人の匂いがするのに』
つまり。
つまりだ。
――少なくともリベルは、『男の匂い』を意識したことがある、ということだ。
これが意味するところとは――?
「…………」
背筋に嫌な寒気が走る。
……まあ、色欲魔法は童貞や処女でなければ使えない……というわけではない。
だが、しかし。
いや、しかし。
けれども、ええと。
まさかリベルは。
俺の愛弟子は。
すでに男を知っていたりする……のか?
たしかに顔立ちは愛らしい。
性格も穏やかで優しいし、何より胸がぶるんっぶるんで大変なことになっている。
そんな少女を、果たして周りの男どもが放っておくだろうか?
前世の記憶を思い出す。
パーティーメンバー候補だった治癒士の言葉だ。
あの子は清楚を絵に描いたような美少女だったわけだが、
『彼氏ですか? ええ、フツーにいますよ』
フツーってなんだ。ふざけるな。
次の瞬間、パーティーメンバー入りは丁重にお断りした。
彼氏が“フツー”にいる輩など、断じて“ノー”である。
奴とリベルは全くの別人だ。
しかし、男どもに押しに押されて断り切れずに……なんて経験がなかったとは言い切れない。
この小さくてかわいい弟子が、他の男と……。
もしリベルがそんな経験をしていたら、俺は何も信じられなくなり、絶望のあまりこの場で転生魔法を使ってしまうかもしれない。
あぁぁダメだ。
その可能性を考えるだけで、脳が破壊されるような感覚に苛まれる……!
「うぐ、ぐ、ぐ……」
俺は大いなる胸騒ぎを感じつつ、
「――ときにリベル」
必死に平静を装って、小さくておっきい愛弟子に問いかける。
「今までに、男と付き合ったことはある……のか?」
……いかん。声が震えた。
「スンスンスン……ふぇっ!?」
夢心地で俺の体臭を堪能していたリベルが、素っ頓狂な声を出した。
その真意は――?
「そ、そんなそんな! お、お付き合いなんてとんでもない!」
突き出した両手をブンブン振り、いっそう顔を赤くして否定するリベル。
「お付き合いどころか、手を繋いだことだってありませんよぅ! 会話だって……教室で、事務的なことしか……」
「そ、そうなのか?」
「……そうです。わたし、ホントにバカにされてばっかりですから……。一人の人間として認められていない、というか……」
「…………」
王立ファナティコ魔法学院には、
『魔法が使えない者は人にあらず』
という価値観が蔓延しているわけか。
どれだけ座学が優れていても、実技がダメなら認められないのだろう。
偏りすぎた価値観に虫酸が走るのを感じつつ、続けて訊ねる。
「では、男の匂い……というのは?」
「お外で運動した男子たちが教室に戻ってくると、なんていうか……教室中が汗の臭いとケモノみたいな臭いに包まれて……。わたし、あれが苦手なんです」
リベルがこちらを見上げた。
「で、でもゼクスさんは、他の人とはぜんぜん違うんです! ず~っとスンスンしていたいっていうか……!」
「リベル」
「は、はいっ!」
「――心ゆくまでスンスンするといい!!」
疑いは……晴れた!!
俺は清々しい気持ちで声を張り上げた。
胸に立ち込めていたドス黒い暗雲が、嘘のように消し飛んだのだ。
リベルは無垢なる愛弟子だ。
匂いフェチの愛弟子だ。
誰にも触れられていない、真っ白なばいんばいんだ。
その晴れやかな事実が、俺の心を明るく照らす……!
「スンスン……スンスン。はぁぁ~八つに割れた腹筋……! 艶本に描かれてたやつより、ずっとず~っとステキですよぉ~!」
さらっと艶本を愛読していることをカミングアウトされたが、リベルは無垢なる匂いフェチであるからして、聞かなかったことにする。
「はぁはぁ……! あぁもぅ、どうしましょう……はぁはぁはぁ!」
その吐息はあまりにも熱っぽい。
肩が上下するたびに、胸部に宿りし女神の加護が、ぽいんっ、たぷんっ、と弾んで躍り、たいへん芸術的である。
「……リベル。俺の身体を観察するのがそんなに楽しいのか? 俺にしてみれば見慣れたモノなのだが……」
「楽しいです!」
即答だ。
「ゼクスさんは女の子のお胸を見るの、お好きですか?」
「好きだ!」
即答だ。
「それとまったく一緒です。わたしも……自分のお胸は見慣れてますけど、ゼクスさんは
わたしのお胸、何度も何度も横目で見てましたもんね」
「そうか、まったく一緒だったのか」
というか、山盛り豊作果実を横目で闇収穫していたことがバレていた。
リベルめ。なかなかどうして大した観察眼だ。
「あぁぁ、ゼクスさん……そんなところを……ゼクスさぁん」
気がつけば、彼女の視線が一点に集中していた。
それは、俺の腹筋でもなく背筋でもなく――。
左右の胸に一輪ずつ咲く、ツンとなった先端部分である。
「んんっ……キレイです。ピンクです……。はぁっ、はぁぁっ……こんなの間近で見ちゃったら……あぁぁん!」
リベルは自分の身体を抱いて、モジモジと太ももを擦り合わせた。
乱れる吐息。
濡れそぼった瞳。
ヒクッ、ヒクッと震える身体。
「はぁっ、あはぁ……! も、もぉ……らめぇぇえぇぇ!」
そして。
リベルは、決壊した。
「わたし、えっちな気持ちになっちゃいますよぉぉ……!!」
――魔力が安定した。
ぼんやりしていたリベルの体内の魔力が、この瞬間、明確に電撃属性を帯びたのだ。
このまま魔力を開放すれば、誰もが認める立派なスパークが撃てるだろう。
だが、スパークなんてどうでもいい。
俺は見た。
リベルの片目が――前髪で隠れていた左目が、一瞬だけ輝いたのだ。
もちろん紫電の色ではない。
――まばゆく光る、黄金に。
リベルの言葉を思い出す。
弟子入りをせがむ彼女が、早口でまくし立てたセリフだ。
『お断りされることはわかっています! ですけどわたし、心から感動したんです。ゼクス様の自由すぎる魔法を見た瞬間、わたしの常識が吹き飛びました。とってもえっちで、なのに堂々としていて、カッコよくて……あの体験は衝撃そのものでした! どうかわたしに色欲魔法の神髄を教えてください! どうか、どうか!』
編入試験のとき、俺は確かに色欲魔法を使っていた。
しかし、風紀委員長のアイリスと副生徒会長のユリーヌに配慮し、結界の外からは二人が気持ちよくなっている様子が見えないようにしていたのだ。
けれどもリベルはそれに気づいた。
俺の魔法を、見抜いたのである。
黄金の瞳――。
リベル・ブルストの左目は、数百年に一人の素質を秘めているかもしれない。
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