サイコウノオマツリ

真兎颯也

変わったお祭りの、あの味が忘れられない

 私は昔、とある村に住んでいた。

 日本の、とある県の山奥にあるその村は人口十数人の小さな村だった。

 住人は私を除けば爺婆くらいしかおらず、遊び相手は自然だけ。

 買い物をするにも数時間かけて町に行かねばならなくて、私はそこで暮らすのが嫌だった。


 だが、そんな村での暮らしの中で私が唯一楽しみにしていることがあった。

 村で行われていた「お祭り」。

 あれだけは、あの村に住んでいて良かったと思わせるものだ。


 その祭りの正式な名は知らない。

 村の者は皆「お祭り」と呼んでいたので、幼かった私も周りに習って「お祭り」と呼んでいた。

 村の「お祭り」は普通のお祭りとは変わっているところがいくつかあった。

 まず、その「お祭り」に屋台などは出店されていなかったこと。

 小さな村だったからか、よくある祭りのように屋台が並ぶことは無かった。

 その代わり、村の女性陣がたくさんの料理を作ってくれた。

 そのどれもが普段食べられないような豪華なもので、腹がはち切れそうなほど食べた記憶がある。

 次に、「お祭り」では村人が舞を踊る。

 とはいえ、決まった踊りがあるわけではなく、各々の思うままに踊っているらしい。

 子供の私には舞を踊っているというより、酔っ払いがふざけているように見えていた。

 実際、大人達は酒を浴びるほど飲んでいたから、あながち間違いでもないのだろう。

 そして、これが一番の違いかもしれないが、祭りは決まった時期に行われるのではなく不定期に行われていた。

 私もはっきりとは思い出せないが、外部から人が来た時にやっていたように思う。

 今思うと、その外部の人をもてなす歓迎会のことを「お祭り」と称していたのかもしれない。


 私がその祭りについて知ることはそれくらいだ。

 中学校に上がる時、通学の点から私は村から引越してしまったので、「お祭り」への参加もそれっきりだ。

 しかし、私は「お祭り」のことが忘れられなかった。

 特に、「お祭り」で出された肉は最高だった。

 豚のような牛のような不思議な味のする肉は、未だに何の肉だったのかわからない。

 売られている様々な肉を食べてみたが、どれもその肉とは味が違った。

 その肉の味が忘れられなくて、私はあの村の「お祭り」について調べることにした。


 大学で民俗学を専攻し、あの地域の文献を調べ回った。

 村の成り立ちから若者がいなくなって過疎化するまでの流れは知ることができた。

 でも、あの「お祭り」について書いている文献は一つも見つからなかった。

 教授に聞いてみても首を傾げるだけで、何故文献に無いのかもわからない。

 存在する文献全てを網羅できたわけではないとはいえ、今まで見てきた文献でここまで一切触れられていないと気になってくる。

 自分の記憶を少し疑いたくなったが、確かにあの「お祭り」は存在していた。

 そうでなければ、あの肉の味を知ることはできないはずだから。

 私はもう、現地に行って確かめるしかないと思った。


 私は現在の村の村長にアポイントメントを取り、調査の名目で村に入ることを許可してもらった。

 当日、長時間の移動を経て、私は村へ帰ってきた。

 村の人達は私のことを覚えていて、「大きくなったねぇ」などと言って私を歓迎してくれた。

 その時に身体をベタベタと触られたのは不愉快だったが、嫌われると後々面倒なので我慢した。

 村人達と少しばかり会話をした後、私は村長のところに出向いた。

 いくつか用意していた質問をして、私は遂に「お祭り」について尋ねた。


「あの……この村には特徴的な『お祭り』がありますよね? 文献では出てこなかったのですが、私が幼い頃は確かにあったと記憶しているのですが」

「ああ、あれのことかな。あれは他所に漏らしてはいけないからね」

「それは何故ですか?」

「用意する食材が特殊でね。それを他に知られないために隠しているのさ」


 あの肉は特別なものだったらしい。

 道理であの肉と同じ味のものが手に入らないわけだ。

 それを知った私は、その肉を食べたいという欲求が抑えられなくなった。


「その『お祭り』をやっていただくことは可能でしょうか?」


 私がそう尋ねると、村長は目を見開いた。


「……一体どうしてですか?」

「私は昔、その『お祭り』で食べた肉の味が忘れられないのです。あんなに最高の肉をもう一度食べられるチャンスだと思ったら、抑えきれなくなってしまって……」


 村長は考え込む素振りを見せたが、しばらく経って頷いた。


「わかりました。しかし、準備には時間がかかります。祭りは明日行いましょう」

「ありがとうございます!」


 時間がかかると言いながら、明日には行えるようだ。

 少し疑問に思ったものの、私は急な申し出が受け入れられたことを喜んだ。

 その日は村長の家に泊めてもらうことになり、夕飯もご馳走になって私は眠りについた。


 次の日。

 鼻を突くツンッとした香りがして、私は目が覚めた。

 何となく、消毒液のにおいに似ている気がした。

 私はにおいの出処を確かめるべく、起き上がろうとする。

 ……左腕に、力が入らない。

 いや、力が入らないと言うより、左腕の感覚が無い。

 私は恐る恐る、自分の左腕を見た。


「う、うわあああ!?」


 そこには、あるはずの左腕が無かった。

 肩から下が切断されたかのように無くなっている。

 私はパニックになり、大声を上げた。

 すると、部屋の襖が開いた。


「お目覚めですか」


 村長が昨日と変わらぬ様子で現れた。


「こ、これはどういうことですか!?」


 私が問うと、村長は顔色一つ変えずに答えた。


「あなたが祭りの肉を食べたいと仰っていたので、特別にご用意させていただきました」

「……は?」

「もう祭りの準備は整っております。身支度が整いましたら、またお呼びください」

「ま、待ってください! 私の腕が無くなっているのは何故かと聞いてるんですよ!?」


 状況が全く理解できない私に、村長は感情のこもっていない目を向けた。


「ですから、あなたのために、特別に準備させていただいたのです。本当は祭りを行うつもりは無かったものですから、そうするしかなかったのです」

「……どういうことですか?」

「本来、肉は殺してから解体するものなのですが、あなたが食べたいと仰ったので生きたまま一部を解体させていただきました」


 生きたまま解体?

 一体村長は何を言っているんだ?


「今日の肉はとても美味しい部位である『腕』を使っております。皮から骨まで余すとこなく利用して作っておりますので、どうぞ心ゆくまでご堪能ください」


 そう言って、村長は立ち去っていった。


 ――猛烈な吐き気が込み上げる。

 村長の言葉の意味を理解した私は、もう二度とこの村から生きて出られないことを悟った。

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