第14話 思い出スケッチ


 ぽかぽか。

 おひさまを背中に浴びながら、ルナは色鉛筆を手握った。

 選んだのは、ルナの好きな〈うすむらさき〉――ではなく、〈きみどり〉。


 ふんふん、鼻歌を歌いながら、ルナはスケッチブックに円を描いていく。



 ルナはあの日〈ほうきの店〉で見た、きれいな魔法陣を描こうと思った。



 お師匠さまが描いた魔法陣は、光っていることはもちろん、模様もようがとても美しかった。それが3つも重なって――。

 さらにルナは、それを魔法陣の見た。


 この思い出は、ルナにとって、どんどん増えていく大事な宝物のひとつになった。だから、忘れたくなくて、難しいけれど、絵にして残しておきたいと思っていた。


 ルナは色鉛筆を滑らせていく。

 全く同じに描くつもりはない。

 だって、お師匠さまが描いたものは、あまりにも模様が細かすぎるから。


 キレイだと思ったを、紙に乗せるように、ルナは楽しくお絵かきをした。




「ふう……」




 夢中で描いていたルナが、やっと顔を上げた。

 見ると、図書室の中は、夕焼けの光でいっぱいになっている。




(もう、こんな時間!)




 あっという間だった。

 絵はまだ途中だったけれど、ルナは急いで色鉛筆を片づけ始めた。


 最初の大きな机に戻って、結局読み切れなかった『はじめてのほうき』に目を落とす。それもノートや筆箱といっしょにまとめた。




「忘れ物はないかな?」




 勉強ははかどらなかったから、落とし物はないと思ったけれど、一応机の下も確認した。




「あ」




 紙が一枚落ちている。

 拾ってみると、ルナのものではなかった。


 この図書室は、一見片づいているように見えて、ちょこちょこ本や書類が出しっぱなしになっている。


 ルイ・マックールの研究か何かの途中なのかもしれないので、ルナも勝手に手が出せない。拾った紙も、そんな書類の仲間だろう。

 ルナは表を向けて、机の上に出しておくことにした。




「これも魔法陣だ」




 ルナは思いついて、スケッチブックをもう一度開いた。

 あのこまやかで美しい魔法陣を表現するのには、ルナの画力だけでは物足りないと思っていたところだった。




「この模様を足してみよう」




 可愛らしいうえにルナにも描けそうな、かんたんな植物模様があった。

 理科の観察日記でよく描いた、〈ふたば〉みたいなマーク。

 ルナはそれを新芽らしい若い緑色にしたくて、〈きみどり〉と〈きいろ〉で描き加えた。




「うん!」




 なかなか、満足のいく出来。あとは、はしっこにサインを入れたら完成。


 ルナのサインは、丸の中に「ルナ」と書く。

 まるで宅配便の受け取りサインのようだけれど、ルナとしては満月のつもり。

 だから、できるだけ、満月のようにきれいな丸で名前を囲む。


 名前を囲むように描いた曲線が、始点までたどり着き、くっつく。


 ルナが「出来た!」の声をあげようとにっこり口を開いたとき、ルナの絵がまばゆい光を放った――。


 ルナは思わず目をおおった。

 同時に何かの動く気配を感じて、すぐに机の下にもぐり込む。




(何!? 何!?)




 目はまだチカチカする。

 何かがうような音がそこらじゅうでしている。

 ただでさえ驚きやすいルナは、自分を抱きしめるように、丸まった。




(お師匠さま! 早く帰ってきてください!!)




 ――音が止み、動く気配もしなくなった。


 ルナは恐る恐る目を開けた。

 自分が音をたてないように、そうっと自分を抱きしめていた腕をゆるめる。

 辺りを用心深くうかがいながら、ルナはそろりと机の下から顔の半分だけ出した。




「!!」




 ツルやツタは本棚に絡みつき、窓も全部内側から植物に押し開けられ、外にまで伸びている。

 太い木の幹や枝や、危なそうな、とがったくきはなさそうだけれど、図書室の中をしげっている。

 ほかにも、若草や小さくて可愛らしい花々が、いっぱい咲いていた。




「別の場所に来たみたい……!」




 それらを、さっきとは違った色の夕日が照らす。

 ピンク色の夕映ゆうはえは、すぐに色が変わってしまう。

 ルナは、急いで机の下から出て、スケッチブックに手を伸ばした。


 〈ぴんく〉と〈おれんじ〉を取り、この不思議な光景をスケッチブックの中に詰め込もうと、一生懸命手を動かす。

 自分なりでもいい。

 ルナは夢中で描いた。



 気が付くと、手元が青く暗くなっていた。線は見えるけれど、色は濃いか薄いかくらいしか、わからない。

 ルナは目をこらして、自分の描いた絵を眺めた。


 我ながら、ヘタクソだ。

 けれど、これを見れば、いつでも、この〈森の図書室〉を思い出せそう。

 ルナは、にこり。かわいらしい笑顔になって、スケッチブックをぎゅっと抱いた。




「ルナ! いるのかい!」




 お師匠さまの声だ。

 ルナは大きな声で返事をした。




怪我けがはしていないね?」




 ルイ・マックールは窓から入り、ルナを見つけると、素早くあかりの魔法を出した。

 ルナの腕や足、顔などをくまなく確かめる。傷一つないとわかると、大きく胸をなでおろした。




「お師匠さま、ごめんなさい。図書室がこんなことになってしまって……」


「もともと温室のような部屋だったのが、いっそうそれらしくなった。これはこれでいいね。このままにしておこう」


「え!」


「そうだ。今夜はここで夕食にしよう。……それなら、灯りはこのほうがいいな」




 ルイ・マックールはパチン、と指を鳴らした。

 優しい色の灯りはパッとあちこちに散って、ツルやツタの上にふわりとまる。




「ロマンチック……」


「食卓にはこの大机を使おう。今夜はカレーだよ」


「やったあ!」




 ルナはジャンプして喜んだ。同時に、あ、と思い出した。




「図書室で食べていいんですか? それもカレーなんて」


「これだけ植物に守られていては、汚しようもないだろう。本を読むときには、一応禁止にしておこう。ルナ、食器をとって来られるかい?」


「はい!」




 図書室の出入り口は、内側から植物がふさいでいる。

 ルナはお師匠さまが入ってきたときのように、植物が押し開けた出窓から、ぴょんと、外へ出た。



 ルナが戻ってくると、大きな机は立派に食卓の顔になっていて、アツアツのカレーなべと、がのっていた。

 ルイ・マックールがから白いご飯をよそい、ルナが鍋からカレーをかける。




「小学生の女の子がいると話したら、分けていただいてね。ご飯までわざわざ2人分炊いてくださったんだよ。親切なご家族だった。今夜の分の夕食は明日の朝食べよう。ルナは少し朝寝坊ができるね」


「お師匠さまは、そのおうちで働くことになったんですか?」


「今日はね。正体がばれるのはよくないから、同じところで何度も働かない。今日は、うっかり奥さんの話に乗せられてしまって、うちの事情を少し話してしまった。おかげで、カレーにありつけたわけだけれどね。世間話とは困ったものだよ」


(お師匠さまは世間話が苦手なのかあ)




 ルナはチョットだけお師匠さまに親近感がわいた。そして、カレーを分けてもらう姿を想像して、少しだけ笑ってしまった。


 カレーはルナの好きな味で、2回もお代わりをした。


 ルイ・マックールは、きれいに食べ終えたお皿にスプーンを置いて、辺りを優雅に見まわしている。

 特に、ぽつぽつと灯りの留まる植物のあたりを見て、「なかなかいいね」と呟いた。


 ほめたのは二度目だから、きっと、お師匠さまは本当に気に入って、地下図書室はこのまま〈温室図書室〉になるのだろうな、とルナは思った。


 ルナも、この姿になった図書室のことを気に入ったから、大賛成!




「さて、ルナ。きみの描いた魔法陣を見せてくれるかい」




 ルナが描いた魔法陣と言えば、スケッチブックの中のお絵かきしかない。


 ルナは、自分の絵は恥ずかしいから見せない主義だ。

 けれど、そうも言ってられない。ルナはもじもじしながら、スケッチブックを差し出した。




「……この前の、お師匠さまの魔法陣があまりにきれいだったから……お絵かきで……。この、丸いのがそのつもりです……」




 きっと、何の絵か分からないだろうと思い、ルナは恥ずかしい思いをしながら、一つ一つ指差しで説明した。




「これは? ああ、サインかな」




 ルナは一番聞かれたくないところを質問されてしまった。


 自分では、「ノートのはしっこに描く落書きみたいな絵」と言っておきながら、れっきとしたサインまで決めてあるなんて……!!

 ルナの顔からはもう、火が出ていた。


 ルイ・マックールは次に、魔法陣のふたば模様についてたずねた。答えを聞いて、青い瞳が面白そうに輝き始める。




「謎が解けたよ、ルナ。どうして君が、教えてもいないのにこれほど難しい魔法を使うことができたのか」


「え! 難しい魔法!? スケッチブックと色鉛筆に魔法がかかっていたんじゃ……」


「それは、普通の文房具屋さんで買える、普通の品だよ。ごらん。ここに組み込んだ、僕の魔法文字と、ルナのサインが鍵になったんだ。そうか、ルナはこういう魔法が得意なんだね」




 ルイ・マックールは珍しく、とても嬉しそうにしている。




「僕は魔法陣が専門なんだ。ほうきもいいけれど、明日から魔法陣も始めよう!」


「でも、ほうきの約束が……。それに、わたしには基礎しか教えないんじゃ……」


「もちろん、魔法陣の基礎だよ。それに、魔法のコツをつかむきっかけになれば、ほうきも上達するだろう。これでようやく師匠らしいことができそうだ」




(お師匠さまの悪いクセが出た)




 強引に決めてしまったルイ・マックールに、ルナは心の中でため息をついた。

 けれど、正直ルナも興味がないわけではない。


 もしも、自分であのキレイな魔法陣がえがけるようになるのだったら……。


 ルナは明日の修業が楽しみになってきた。



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