最高のお祭り
瀬川
最高のお祭り
私の住む村には、四年に一度お祭りが開かれる。
そのお祭りは、もし村の外に移り住んだとしても、絶対に参加をしなくてはならない。
どんなに遠くても、病気にかかっていたとしても、生きている限りは四年に一度、全員が村に帰ってくる。
例外など無い。
かく言う私も、この村で生まれて十八年が経ったが、一度も休んだことは無い。
このお祭りが、私は好きだった。
それは、この村に生まれた人の中では、珍しい方なんだと言われるが、私にとっては嫌がる人の方が変だと思う。
「冴子は、お祭りが好きねえ」
「うん、楽しいから!」
「それは良かったわ。みんながみんな、そういう人ばかりだったら楽なんだけどねえ」
私と同じで祭りが好きなおばあちゃんは、お祭りを嫌がらない私を、とても褒めてくれる。
お父さんとお母さんは気持ち悪がるから、今はおばあちゃんと一緒に住んでいた。
「明日はいよいよ、お祭りの日だね。みんなが帰ってくる頃かしら」
「そうだね。みんなゆっくりすればいいのに。お祭りが終わればすぐに帰ってしまうから、冴子は寂しいだろう?」
「そんなことないよ。お祭りの最中に気絶しちゃう人ばかりだし、話だって合わないからさあ」
「あらあら」
このお祭りを嫌いな人が多いのは、お祭りの最中に気絶してしまい、何が起こったのか分からずに、気味が悪いからだと誰かが言っていた。
でも私からしたら、気絶してしまう弱さがあるのが悪い。
それをお祭りのせいにするなんて、恥ずかしくないのだろうか。
「あー、明日が楽しみだなあ」
「本当に、冴子はいい子だわ」
明日が待ちきれずに言うと、おばあちゃんは頭を撫でてお菓子をくれた。
そして、いよいよ迎えたお祭りの日。
私は、お祭りの正装である、白くて薄い素材の浴衣を身に包み、鏡の前で一回転した。
「冴子、とてもよく似合っているよ」
「おばあちゃん、本当?」
「ええ、べっぴんさんだわ。だから、そんなに鏡を見なくても大丈夫よ」
私の姿を見ていたおばあちゃんは、からかいつつも何度も褒めてくれた。
その言葉に嬉しくなり、更に鏡をまじまじとみてしまう。
「そういえば、田村さんとこの陽介が、まだ帰ってきていないらしいんだわ。全く何を考えているんだかねえ」
「本当に? 来ないつもりなのかな?」
陽介くんのことは、何となく知っている。
村をいつも馬鹿にしていて、大学を卒業してから真っ先に出ていってしまった人。
そういえば出ていってから、一度も姿を見かけたことがない。
「親御さんが慌てて連絡をとっているらしいけど、繋がらないって言っていたわ」
「そうなんだ。馬鹿だねえ」
「全くだよ。このお祭りが、重要だってことを忘れちゃったんだね。このまま来なかったら、どうなるかも想像出来ないのかねえ」
「そうなんじゃない。いつも気絶していたし」
村にいた頃は、性格は悪くても格好いいと思っていたけど、今は全然魅力を感じない。
馬鹿だとしか考えられない。
まあ、もう来ない人のことなんて、どうでも良かった。
「それじゃあ、おばあちゃん行こう」
「はいはい」
私は存在を思考の外に追いやって、おばあちゃんと連れ立って家を出た。
お祭りが行われる場所は、山の上にある。
そこへは歩きじゃないと行けないので、お祭りが始まる時間に合わせて、同じ衣装を着た人達が、ぞろぞろと歩いていく。
その様子を誰かが、死んだ人が黄泉の国にいくようだと揶揄した。
それは、歩いていく人のほとんどが、暗い顔をしているせいなのかもしれない。
私とおばあちゃんはというと、足取り軽くスキップをしたいぐらい楽しい。
今年で八十になるおばあちゃんだって、他の人を追い抜くように足を進める。
近づくにつれ、硫黄の匂いが鼻から入ってきた。
そして、ようやく着いた先には、百人は余裕で入れるぐらいの温泉が私達を待ち構えていた。
お祭りというのは、神輿をかついだり、屋台が出るものではない。
この温泉に、村人全員で入るというものだった。
老若男女問わず、全員で入るだけ。
それなのに嫌がる人は、何を考えているのだろう。
私はおばあちゃんの手を引いたまま、温泉の中にゆっくりと入っていく。
熱くもなくぬるくもなく、丁度いい湯加減。
私たちは一気に、肩まで浸かった。
そして、中の方へと進んでいく。
体の中から溶けていくような、まるで胎内にかえっていくような、そんな心地いい気分。
いつの間にか、おばあちゃんの手を離してしまっていたが、今はどうでも良かった。
もうそんなことは関係ない。
私はどんどん中へと進んでいく。
足の感覚は無くなり、自分の体さえも認識出来ない。
私は頭の上まで温泉に入っていた。
というよりも、すでに温泉と一体化していた。
私だけではない。おばあちゃんも、どこかにいるお父さんやお母さんも、村の人全員が溶けて温泉になっている。
これから一時間、私達は混じり合い、その後私達はまた作り上げられる。
それは、完全な姿なのだ。
四年に一度、私達はこれを繰り返す必要がある。
気絶してしまっている人は、このことをおそらく知らない。
全てを知っている私は、温泉の中で笑ってみた。
きっと私が笑ったことを、全員が感じている。
私の中にも、様々な感情が溢れていく。
それは、とても心地もいいものだ。
四年に一度のお祭り。
それは私にとっては、最高のお祭りだった。
最高のお祭り 瀬川 @segawa08
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます