栄都の狂詩曲 -千年の祝宴-

宵薙

千年の誕生祭

「メイリー! 今日はお祭りだね!」


「サト! 今日は街が復活して千年なんだよね。それってすごいよね」


 今日はこの街、セーツェンが復活してから千年が経った日だ。千年前に、街を赤目の人が焼き尽くして、実力がある魔術師が封印したそうだ。


 今でも、その人は城の中に閉じ込められているらしい。多分、もう死んでしまったと思うけれど。もしもまだ生きていたら、と考えるとゾッとする。


 伝承は、千年後の今でも伝わっており、赤目の人々への注意は街の皆が払っている。見つけたら、軍の人間に報告しろということだったので、何人もメイリー達は赤目の人間を報告した。


 そのあと、赤目の人達がどうなったのかは知らない。でも、きっと良いことをしているのだろうと思う。お金も貰えるし、褒めて貰える。親の顔も、心なしか誇らしげに見えるのだ。


「ここも、焼け野原だったことがあるのかな……」


「だと思うよ。全部焦げちゃって、どうしようもないところからご先祖様は頑張って、ここまで直したんだよ。だから、覚えておかないと!」


「そうだね。確か会場はあっちだったはず……早く行こう!」


「行こう行こう!」


 今日の日没に合わせて、祭りが開かれるという事だったので、二人は駆け足で広場へと向かう。着いたときには、もうセーツェンの長、ダンテの話が始まっていた。


「皆さん、今日はお集まり頂きありがとうございます。我らの街、セーツェンが復活してから千年。私達は千年前の苦労を味わったことはありませんが、惨状は伝承の通り。それも今では美しい街に生まれ変わりました」


 ダンテが拳を高く天に掲げると、街の皆が同じようにした。二人もそれに習って、拳を高く上げる。


「セーツェン、エイアーバンザイ!!」


「エイアー!!」


「それでは、この良き日に乾杯!!」


 カランコロンとグラスがぶつかり合う甲高い音が響き、大人は酒を、子供は水や果実水をそれぞれ飲む。


 管楽器の滑らかな響きが、祭りを更に盛り上げる。それに合わせるように華麗なダンスを踊る踊り子達に、メイリーとサトは夢中になった。


「うわぁ……」


「すごいね……こんなに街が賑やかだったことってあるかな?」


「なかなか無かったと思う。お祭りとしては謝肉祭があるけど……それ以外は思いつかないなぁ」


「そうだよね。今日は最高のお祭りの日だね!」


「うん!」


 メイリーは頷いて、夜空を見上げる。いつもは上がらない花火が、今日はたくさん咲いていて、とても綺麗だ。でも、とメイリーは思う。


 ――もしも赤目に生まれていたら、こんな風にサトと一緒にお祭りを楽しむこともなかったんだろうな。


 赤目の人達は、自由を許されていない。生まれてからしばらくして、軍の管理対象になる。何もしていなくても、関係ない。


 伝承で街を焼いたのは、炎のように燃える瞳を持つ、冷酷な男だったそうだ。雪のような銀髪を持っていて、幼い頃からずっと虐め続けられていたらしい。


 その不満が溜まりにたまって、爆発して――この街を、荒んだ己の心と同じように壊してしまったのだと。


 彼は、こんな楽しい祭りを楽しんだことがあったのだろうか。人と笑いあってお酒や果実水を飲んだり、音楽や踊りを楽しんだりしたのだろうか。


 もしも、そんな事をしたことがなくて、自分が虐められ続けていたとしたら……そんなの、耐えられるわけがない。


 色々考え出すと、止まらなくなってしまう。あまりにも頭が痛くなってきて、メイリーはうずくまってしまった。


「……サト、ごめん。もう、私帰るね」


「メイリー!? 急にどうしたの? ……楽しくなかった?」


「ううん、そうじゃないんだけど……ちょっと考え事しちゃって」


「お祭りは何度もないよ? 今日しか楽しめないんだし、まだいっぱい食べてないものだってあるのに……」


「……そう、だよね。ごめん。何でもない」


 頭を振って、立ち上がる。今日は一年に一度のお祭りなんかではなく、千年のお祝いの祭りなのだ。今さら、くよくよして考えていても仕方がない。


 歴史を変えようと思っても、メイリーにそんな力はないし、赤目の人達の立場にだってなれはしない。軍に何を言っても聞いてもらえないし、反逆者として捕まるかもしれない。


 それは怖い。母さんや父さんに嫌われたくない。街の皆と同じように生きたい。そのためには、こんな情は払わなければ。


 ――赤目の人々は、セーツェンにとって悪でしかない。


 それは、私達に染みついた常識。今日も、赤目以外の人々は、自分の気持ちを偽ってこのお祭りを楽しんでいる。


 省かれたくなければ、自分の気持ちを抑え込んででも従うしかないのだ。


「メイリー、これを飲んだらスッキリすると思うよ。ハイレを使った果実水だから、ちょっとスースーするかもしれないけど」


「うん、ありがとう」


 固くしめられた栓を開けて一口あおると、爽やかな味が口いっぱいに広がる。パチパチと弾ける感じが楽しめるハイレ水は、メイリーのお気に入りだ。


「それじゃあ、どんどん食べていこう! メイリーがグズグズしてたから、なくなってるかもしれないけど」


「もう、サト。それはヒドくない!? そんなに長い間泣いてなかったよね!?」


「まあまあ……ランドラ豚のステクとか人気そう……先に抑えておこうか」


「そうだね!」


 手を繋ぎながら、小麦色の瞳と翡翠色の瞳を持つ二人の少女は、祭りに酔う街を駆けていった。

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