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「私は、私たちは、どうしてこの世に生を受けたのか。それを、義堂さん、真実(まみ)は、教えてくれようとしていたんだと思うんです」

 義堂が、小さな集会所の前で静かに語りかけている。今日二度目の講演。始まりは、この貧相な一室から。やがて、大きな舞台に立ち、ゆくゆくはこの国を――いや、それだけに留まらず、全世界までをも、義堂は視野に入れているのかもしれない。そこまでしか想像が及ばないのは、安倉の限界でしかない。自分の想像をすべて超えてくるのが、義堂真実という女だった。

 隣りに立った犬飼が囁きかけてくる。

「最近一層綺麗になったんじゃないか?」

「別に、変わらん」

「見る目がねえなあ。モテねえぞ?」

「必要ない。それに、実際あいつは、何ひとつ変わっていないさ」

 少し、温かとすら言える眼差しを向ける安倉に犬飼は訝しんだが、鼻息ひとつで正面に向き直った。

 本当に、あの光も、人を引き寄せる魅力も、色褪せることなく、いや更に力を増して、義堂はそこに立っている。

 そういう意味では、確かに変わったのかもしれなかった。そう認めたくないだけかもしれない。自分の手から離れていく彼女を、冷静に判断できないのか。

 しかし、芯の部分は変わっていない、ということもまた、事実だと思った。

 あの頃から変わらず、彼女は世界に戦いを挑んで、彼女だけの信念に基づいて、変えようとしている。

 義堂が安倉に伝えたいこととは何だろう。犬飼にそう呼び出されて戻ってきていたが、最後に、それだけ聞いておきたかった。

「――ありがとうございました」

 講話が終わり、義堂が小さく頭を下げる。万雷の拍手がそれに降り注いだ。

 安倉は大きく息を吐き、控え室へ向かおうとした。その目の端が、小さな影が過ぎ去るのを捉えた。

 何も考えずに走り出し、それに体当たりする。

 叫び声が響き、来ていた老若男女が避けるように散った。

 その輪の中に、倒れこんだ少年と、安倉が残る。

「……何しに来た」

 安倉の問いに、少年はゆらりと立ち上がり、据わった眼を向けてきた。

「お前こそ、何でまだ、ここにいる……。やっぱりあの煙草の臭いは……!」

 いつの話だろうか。しかしそれだけでここまで辿り着いたのだとしたら、恐れ入る。

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