③-2


 クリスマスの人ごみを縫うように、安倉は表通りを歩いていた。

 街を行く人々は、皆顔を綻ばせ、寒さなど知らぬように頬を上気させている。

 そんな中、ひとり無表情に、安倉は進んでいく。

 その安倉の腕を、突然掴む者が現われた。

 思わず振りほどき、相手を見る。

 狡猾な目つきをした男性が、立っていた。

「安倉護だな」

 名前も名乗らず、こちらをじっと見つめている。

 安倉は、男の心に巣食う暴力性を呼び起こそうと、その目を覗き返す。だが、深い闇のような男の眼は、その奥底にまで欲望を仕舞いこみ、喚起させることが出来なかった。やるなら、本気で覗き込まなくてはならない。

 ――こいつは、何者だ?

 安倉は内心首を傾げながら、無表情で男に問い返した。

「人に名前を訊くときは、自分から名乗るのが礼儀なんじゃないのか?」

「確かに。それはそうだ」

 男は懐から手帳を取り出し、見えたかどうかわからないくらいの早さで一瞬だけ中を開き、また仕舞いながら言った。

「県警の捜査一課刑事、犬飼傑だ。よろしく」

 急ににこやかに手を出してくる。つい、それを握ると、気付いたらアーケードの天井を見上げていた。

「俺に何か、しようとしたか?」

 刑事なら、自分の暴力性を飼い慣らす訓練でもしているのかもしれない。それで、届かなかったのだ。安倉は投げられ、地面に横たわりながら納得した。そして、立ち上がる。

「いえ、何も」

「そうか」

 犬飼は口を歪ませ、煙草を口にした。

「訊きたいことがある」

 安倉がライターを取り出し、火を近づける。

「すまんな」と言いながら犬飼が身を屈めると、安倉はライターを落とした。

「何だよ、どんくさい奴だな」

 犬飼がそれを拾おうとすると、

「話したいことはありません」

「何?」

 犬飼が顔を上げたときには、安倉の姿はなかった。

 警察なんぞ、関わっていいことなどひとつもない。

 素早く身を翻し、路地に身を隠すと、安倉は窓に手を掛け見知らぬ店舗に身を躍らせていた。

 驚く店員を尻目に、さっさと表に出る。この人手だ。そう簡単には見つからないだろう。

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