②-1


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「あの……」

 ホテルの一室、椅子に座って文庫本を捲っていると、唐突に声をかけられ、安倉は怪訝に眉根を寄せながら、顔を上げた。

 いつもは女子ふたりでベッドの上でじゃれあっているが、今日は義堂がいない。実家に帰っており、まだ表立ってすることのない安倉ものんびりと時間を潰していた。

 そこに多賀が帰ってきたので出て行こうかと思ったのだが、小説がいいところだったので、切りのいいところまで、と残っていたのだった。

「何だ」

 安倉が応えると、多賀は膝を揃えてもじもじとしている。安倉は溜息を吐きながら、頭の後ろを掻いて言った。

「用があるなら、言ってくれ。お前は、義堂と一心同体なんだろう。なら、お前のために動く準備はある」

 安倉の言葉に何か引っ掛かったのか、多賀は俯いていた顔を挙げ、再び言葉を紡ぎ始めた。

「あ、あの――ついてきてくれるわね、って真実は言ったの。それは、付いて? それとも、憑いて? どっちだと思う?」

 唐突過ぎる、ということはあった。しかし同時に、今からしようとしていることを考えると、彼女が核心を掴んでいる、ということを悟り、安倉は迂闊に応えられなかった。

「隠さなくていいわ。私も、薄々理解してるから。真実は、彼女のために、私に死んでほしい、って思ってる。そうよね?」

 安倉は、暫し考え、ここは素直に答えるのが正しい、と踏んだ。

「そうだ。義堂は――」

「いいの。大丈夫、彼女の意思や意図は、本人から直接聞く。それだけでいい。ありがとう」

 そう言いながら、多賀は胸の前で手を組んだ。そこまで推測できたのなら、その後のことも何となく察しはついているのだろう。

 だがそれが、現実である、と認められるのは、また違う。安倉に確認したことで、彼女の推測は一気に現実味を帯びたはずだ。

「……私が、真実になって、死ぬ。それは私という〝嘘〟が真実に取り憑く、ってこと。それは、〝うそつき〟じゃない? でも、それは私なのかしら、それとも、真実なの?」

 その疑問にも、応えてやることはできなかった。

 安倉には、義堂の夢の邪魔するものを、排除する役目がある。何かの拍子に怖気づいてしまったら、多賀に退場を願わなければならなかった。

 沈黙が続くと、多賀はどう理解したのか、「ううん、これも、真実に直接訊くべきことだよね。ありがとう。ごめんなさい、急に」と首を振り、笑った。

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