①-3

「へえ、語君、護の存在に気付いたんだ」

 安倉が義堂に報告すると、義堂は意外にも織り込み済みのように微笑んだ。

 この年月の間に、義堂は安倉のことを「護」と呼び捨てにしている。

「お前たちを後ろから追っている立場を代われ、という感じだったがな。いいのか、放っておいて」

「うん、無視しといて。彼は、後々の私の〝復活〟に寄与してもらう予定候補なんだけど、いい感じに育ってきたわね」

 ざっくばらんな様子でホテルのベッドに胡坐をかき、バウムクーヘンを摘まむ。

 このホテルの一室も、義堂が誑かした支配人により、宿泊予約を弄くらせて確保している。

「そろそろ、なのか」

「……そうね。周囲の環境も整ってきた。翼との関係も完成。もう、やらない理由がないわね」

 ぴょん、とベッドの端から飛び降り、スカートを叩く。

「護は、怖くない?」

 前に降り立ち、見上げる瞳を安倉は覗き込む。

 何も、負の期待を感じない。

「当たり前だ」

 それだけ応える。

 不思議な存在だった。どうしてこいつは負の願いを抱かないのに、こんなに人間を憎むような、ぶっ飛んだことをできるのだろう。

「そっか。それなら、安心」

 義堂はさらりと頷くと、椅子に置いていた鞄を手に取り、小さく手を振った。

「頼りにしてるよ」

 そのまま颯爽と扉を出て行く。

 既に、何人か殺している。

 犠牲者を増やすことに、罪悪感はないはずだった。

 あるとすれば、自分を死んだことにする、不安。

 だが義堂は、そこに存在するだけで、彼女以外の何者でもなかった。

 それは、負の思いを感じ取れる安倉だからこそ、知っている。

 誰になろうが、彼女は彼女でしかありえない。

 だが世間は違う。

 肩書きを、物語を、嘘でもいいから求め、それに縋り、生きていく。

 その全てを嘲笑い、ぶち壊そうとしているのではないか。

 安倉は、義堂をそう見ていた。

 ならば、その風景を、見てみたい。

 ついていくことに、なんら不安はなかった。

 義堂がもし不安なら、この計画はなかったことになる。

 いくら特殊な人間といえども、ひとりの十七歳の女子高生でもある義堂だ。ふと恐ろしくなることもあるのかもしれない。

 もし震えて逃げ出すようなら、安倉も見切るだけだが、一時の迷いならば、その時は傍で頷いてやろう。お前の存在を信じている、と。

 柄にも無いことを考え、安倉は苦笑した。彼女に期待していることを気付かれたら、それこそ向こうから自分を切ってくるだろう。

 安倉は、彼女が見せる景色を、見てみたいだけだ。見せる、というから、従ってやっている。

 改めて自分に言い聞かせると、安倉も部屋を出た。

 まだ、やるべきことが残っている。

 夜の街へ、再び動き出した。

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