①-2


 翌日、休日なのでお昼前に多賀の家に来てもらい、そのまま外でランチをしよう、ということになった。

 最寄の駅で、義堂を待つ。

 こんな場末の、自分がいつも使っている駅に、彼女が本当に着てくれるのだろうか。

 待っていると急に不安になって、携帯を何度も確認した。待ち合わせ時刻は、まだ来ていない。

「翼!」

 それなのに、その不安の霧が一瞬で晴れる、義堂の声が響いた。

 携帯の画面から顔を離す。

 美少女が、手を振りながらこちらに駆け寄ってきていた。

 信じられないことに、普段の駅が、別物になっていた。ひとりの女性がいるだけで、世界は変わるのだ。

「待たせちゃった? ごめんね」

 ふるふると首を振る多賀に、義堂は微笑んで手を取った。

「さ、じゃあ行きましょ」

 ずんずんと進んでいく。

「え、えっと、私の家……」

「そうね、確かに」

 立ち止まって多賀を見た。

「貴女の家、どこ?」

「えっと、そこを曲がって、真っ直ぐ行って……」

 多賀の説明に従いながら、先導するのは義堂、という不思議な形で進んでいく。

 港に近い町らしく、川の匂いに潮の香りが混ざって多賀の鼻に届いてきた。今はそれが、何故だか恥ずかしい。

 川を渡る橋で、義堂は立ち止まって川面を眺めた。

「……どうした、の?」

「……いい街ね」

 それだけ言って、また歩き出す。

 でもそれだけで、多賀は救われた。嬉しくなって、積極的に道案内をする。やはり義堂と彼女は、一心同体なのだ、と実感する。彼女は自分の気持ちを、一番わかってくれる。

 やがて、集合住宅の下についた。多賀の家は、ここの三階だ。エレベーターの無い団地において、高くもなく、便利でもない、一番安い部屋だった。

 少しだけ、その外見を見上げて、ふたりで入っていった。

 階段を登り、重たい鉄の扉の前に立つ。

「ちょっと待ってね」

 鍵の掛かっていない扉を開け、玄関から中を覗いた。

 もしかしたら、外出してくれているかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。

「こんにちは! お邪魔します!」

 だが、そんな萎縮をぶち壊すように、義堂が後ろで大声を上げた。

「あぁ!?」

 中から、薄汚れて掠れた声が返ってくる。これが自分の母親だと思うと、酷く悲しい。

 そうやって項垂れている多賀の脇を、義堂がさっと横切った。先に靴を脱ぎ、さっさと中に入っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る