③-1
3
「何?」
多賀が、電話越しに素っ頓狂な声を出す。信藤は、冷静に、噛んで含めるように再度同じ言葉を繰り返した。
「だから、彼女は、人の希望を具現化する、聖母のような人だったんだ」
だが、信藤の言葉は多賀に伝わらないようで、電話の向こう側は無言だ。
「聞いてるか? つまり――」
「いや、聞こえてるし。あんた、馬鹿?」
「何?」
今度は信藤が聞き返す番だった。折角やっと掴めた事実を伝えているのに、理解度の低い奴だ、と首を振る。
「いいか、よく聞け。どうして彼女は聞く人間によって印象が変わったのか。どうして聞く人間それぞれ、自分が特別な思い出を持っている、特別な部分を知っていると思えたか。考えてもみろ。おかしいと思わないか? いくら義堂が魅力的な人間だったとしても、全員とそんなに都合よく思い出があるわけないし、覚えているのもおかしいだろう」
「だからって、何でわざわざ他人の希望通りに振る舞ってあげなきゃいけないの? それが、真実のためになる?」
「そこだよ」
信藤が、興奮して拳を握る。
「彼女は、それが生き甲斐だったんだ。ある意味、病気みたいなものじゃないか? 他人の期待に応えたい。それは、母親や父親の過剰なプレッシャーから生じた人格だったかもしれない。とにかく、彼女はそういう風に育ってしまった。そして同時に、彼女は他人の期待に応えることで、逆にその他人の人格形成まで思い通りにやっていた節も見て取れる」
「どういうこと?」
「つまり、その個人の希望通りいっているように見えて、その実義堂にいいように願望を操られていた、ということだな。そして見事、彼女の周りから悪人はいなくなった」
「……じゃあ、真実が死んだのはなんで。皆、真実に気持ちよくしてもらってたんだから、死んでほしい、なんて思う奴はいないでしょう」
「そこで、彼女は気付いたんだ。ここで死ねば、皆に一番美しい思い出として残れる、と」
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