存在Qの速報レポート【精神年齢サイトウとルカ】
001 ゲーム症罹患が疑われる所見
中学1年生の鴨志田サチが、二女医の精神科外来を受診したのは、年の瀬の平日の昼下がり。今朝起きられなかった理由のことを聞いた私に、サチはこう話しだした。
「
確かに、その日の朝は冷え込んでいた。
サチの診断名は、解離性同一性障害、いわゆるDIDである。DID患者に多く見られる症状は、別人格の憑依。ある日より、年齢、性別、さらには、使用言語まで異なる別人格が患者に憑依していることを周囲の人々は知るところとなる。
午前に私の診療室を訪れた中年女性は、黒人ブルースシンガーとなっていた。お化粧として肌を黒く塗りたくってきた彼女は、見事な
サチの場合は、異世界の姫君として生まれつき、次代の王となるべく大切に育てられたのだという。自身を示す一人称が
達筆で書かれた紹介状には、紹介元の学校医と精神科医にこれまでサチが語ってくれたという「設定」が、簡潔にまとめられていた
曰く、以下の通り。
・
・ 姫である
聴かせてもらっていた。
・ 6人いたメイドたちは今思うに、現代日本からの転移者であった。
・
・ そのため、日本に転生した
午前中の黒人ブルースシンガー女史よりも凝った設定のようである。設定に首尾一貫性が高い若年性のDID患者の場合、いわゆるゲーム症の併発が想定される。ゲーム症を併発している場合、治療に用いる薬物等に特別の配慮が必要とされる。そのため、ゲーム症の精神科的診断面接を専門としている私への紹介が行われた、という次第。
サチと話しはじめてから20分ほどで、私もゲーム症の典型症状ありとの印象を強くしていた。多くのDID患者は、自身がゲームに依存しているという記憶を持たない。DIDはかつて多重人格障害と呼ばれていた。ゲーム依存症併発型のDID患者の場合、自宅でゲームをしているのは別人格であるため記憶を持たないのである。すなわち、サチのように寒いから朝起きられないといった、直接にゲームに言及しない
ただ、私にとっていささか奇妙なことは、別人格で参加しているであろうゲームの内容が、サチの語りから浮かばないことであった。
国際疾病分類(ICD)にゲーム症(ゲーム依存症)が盛り込まれたばかりの2021年に研修医となった私は、その後、一貫してゲーム症患者の診断と治療を担当するようになって久しい。ゲーム依存症の患者には、サチのような女子中高生も多い。大先輩が多くいらっしゃる中、いまだ若輩の女医といえる私は、中高生のゲーム症患者を担当することが多い。治療方針を定める上で、ゲームの好みを把握することは非常に大切である。そのため、女子中高生が好むであろうゲームのほとんどを私は把握している。
...精神科医の職業病のひとつは患者の症状が乗り移る転移と言われる。私は、どんなに疲れていても夜には必ず彼女たちが語ったようなゲームをしてから眠るようになっている。いや、私の場合、ひとり暮らしを始めた医学生時代からそうであったため、患者からの転移とは言い切れないが。
とにもかくにも、精神科医である前にコアなゲーマーでもある私が、中学1年生の別人格がしているであろうゲームについて想像がつかないということは珍しい。私は慎重にサチとの対話を続けていく。
「朝起きられないんだと、夜は逆に寝れないなんてことはあると、おねえさんは思うんだけどね。そのあたりはどう?」
私は、患者のプライベートに踏み込んだ話を始めるときには、一人称をさりげなく「おねえさん」に変え、患者との距離を縮めるよう努めることにしている。
「いや、
「プシ国では、毎晩、
サチが転生して来たというプシ国の名を出してみる。...精神科医の間の会話では「プシケ・プシコ」または「プシ」は患者を意味する。紹介元の精神科医は、サチの精神疾患が初発だとして伝えてくださっているが、もしかすると別症状での入院経験などで精神科との接点があるのかもしれない。
「我が国プシでは12歳で成人となるのじゃよ。
メイドのイープは会話に初登場である。サチのさらなる別人格の可能性を念頭に、私はカルテにメモを取る。
「イープは最近は、成人向けの
サチは口角を大きく上げ、
だが、それとは別に、その笑顔に私は見覚えがあった。異世界転生モノの古典ロールプレイングゲームに出てくる、まさしくかのメイドが如き笑い顔であった。アンデッドを主人公とするゲームだが、ちょうど主要なメイドの数も6名だ。女子中高生が好むゲームではないし、提供されていたのは私が腐女子医大生だった頃の2010年代後半である。しかし、DIDを併発しているゲーム症患者の場合、実年齢から離れネット上から自身の別人格に見合ったゲームを夜な夜なプレイしていることも珍しくはない。私は、記憶しているゲーム名と元になったライトノベルの名称をカルテに記した。主人公が性別不明のアンデッドであるという点は、姫にして王として育てられたというサチの主訴といささか近しい。
医師国家試験合格前の腐女子経験が活き、私はサチの別人格の特性を推測することができた。...なお、準ヒロインといえるヤツメウナギのキャラクター、ふだんは女性の姿で登場してくる彼女が実は男性で、主人公のアンデッドとそうした行為に及ぶというSS本もあるにはある。...というか個人的にはそのSSがだいぶ好みなのだったのだけれど、専門的すぎるので、他の先生方には理解されないと考え、私はカルテには記さなかった。そう、書いてしまうと、ついつい、SS本で美少年に変化したアンデッドの前に突きつけられるヤツメウナギのアレはかなり煽情的で、などと、他の先生方からフロイトのエディプスコンプレックスですね、などと笑われそうな話をしたくなりそう、なのだ。。。
専門医である私は、しかし、こんなことを考えているとは
「なるほど。おねえさんは、
「良いぞ。イープはのう、成人となった
(おおっ、フカシハナシ、キターーーっ。)
私の心の中にウホッ、と歓声が浮かぶ。そう、フカシハナシと言えば、個人的には2020年代イチオシのほのぼの系ロープレゲーム「OUKIN」の中の日本の昔話の二次創作なアレである。原作は、現代日本ならば中高生世代にあるの女子の計7名がわっほわっほと活躍する名作ラノベ。大人の事情で若干残念なことになってしまったというアニメ版とは異なり、ゲーム化にあたっては、原作の世界設定を活かしつつも開発予算の多くを対戦ビジュアルに回したことが功を奏し、当初展開したスマフォゲームはいきなりの当月最多ダウンロード数を記録した。当時、研修医を終えたばかりだった私は、少し長めの通勤電車の中で日々楽しんだものである。対古竜戦などの格闘戦もさることながら、原作ラノベの先生が直々に監修されたというフカシハナシの数々も、また、ゲームの醍醐味。...それはそうと、
「OUKIN」は、2030年代に入る頃には、香港のネットワークゲーム・プラットホーム「ゲームショウ」へと移植され、今なお、定番ゲームの一つとなっているはずである。日々の診療に忙しく、もとい、日々の新作ゲームプレイに忙しい私は、最近の「OUKIN」にどんなフカシハナシが展開されているのかの委細を知らなかったが、SS公認を名言ささている先生の監修の元、他の作品とのコラボとして、6名の戦闘メイドなどが登場することもありえそうではある。私はカルテに、「
その後、フカシハナシの方の中身を聞いた私は、ゲーム依存症の疑いは否定できないとの旨の診断書を書いた。併せて、翌々週から始まる学校の冬休みの時期にサチを専門の治療機器のある二女医病院の精神科病棟に短期入院させることを学校医に勧めた。
翌週早くに、学校医よりサチの家族より入院の了承が取れた旨の連絡を受けた私は、事務方さんに入院手続きにひつ陽となる手配をお願いした。
☆
当日、2名の成人同伴者に連れられ、サチは、現れた。
サチに入院の緊張は見受けられないことは何よりであったが、それよりも私の目は2名の成人同伴者に釘付けとなり、思わず呟いてしまった。
「まんまですやん。」
そう、私の目がどこか狂っているのでなければ、2名の成人同伴者は、アンデッドに仕える執事とスライム出自の戦闘メイドが一人、そのまんまの格好なのであった。
コスプレと呼ぶにはそのまんますぎる2名を従えた、サチ。その治療は容易ではないかもしれない。ゲーム症専門医である私の直感は、そう告げていた。
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