修学旅行の夜・後編

「ちょっ……!千代っ、おまっ!」


「しっ!礼二静かにっ!バレちゃうっ!」


「もごっ!千っ、千代っ、流石にこれはっ!」


「しーずーかーにっ!というか変な感じするからそこでモゴモゴ喋んないでよっ!」


「そっ、そう言われてもっ!んぐっ!んー!」


 真っ暗闇な布団の中、礼二の上にのしかかっている俺は、胸元で礼二のもごもご動く口の動きや息遣いを感じながら、遠くから聞こえてくる足音に耳を澄ましていた。


「んっ……もうちょっとだから、礼二大人しくしててよ」


「んぐんむ……ぷはっ!というか隠れるにしてもよ、他の女子みたいに押し入れとかベランダとか色々隠れ場所あっただろ!なんでわざわざここなんだよ!」


「だってここくらいしか隠れる場所思いつかなかったんだもん!しっ!きたよっ!」


 小声で俺と礼二がそう言い合って居ると、いよいよもって近づいてきた足音がこの部屋の前で止まり、ガチャンと音を立てて部屋のドアが開く。


 頼む……頼むからバレないでくれ……!


 どうしてこんな状態になっているのか、それは数分前に遡る──────────


 ーーーーーーーーーー


「男子の部屋に遊びに行こーう!」


「「「「さんせーいっ!」」」」


 あちこちキャイキャイと女子特有の高い声で騒がしい部屋の中、様々な会話に埋もれること無くこの二年生の女子グループの中心人物の子の一声が部屋に響き渡る。


 あの子達らしいけど……


「よくもまぁそんな事やろうと思うよねぇ。こんな時間に」


「ねー、もう消灯五分前なのに」


「叶奈は行きたいぞ!」


「あら?そうなの?」


「うむ!神井君と遊びたいんだぞ!」


「はははっ。叶奈ちゃんらしいね」


 ま、楽しんでおいでーって言った所か────


「お!伊部さん来るー?それじゃあせっかくだし花宮さんと宫神宮さんも一緒にどう?」


「はえ?」「ほえ?」


「せっかくなんだから二人も一緒にね?」


 えぇー!マジかっ!?正直誘われるつて思って無かったから油断してたっ!


「は、綺月ちゃんはー……無理そうだね」


 俺と同じ様に例の女子からお誘いを受けた綺月ちゃんが、ブンブンと顔を左右に凄い勢いで振るのを見た俺は、そう言うと顎に手を当てどうしたものかと考える。


 女子としてこんな時間に男子の部屋に行くのはどうしたものか……


「……ってははっ。女子として、ねぇ」


「?」


「ちよちー?」


 まさか俺が自然にこんな事を考える様になるとは……それに男子の部屋に入る事に僅かとはいえ抵抗あるなんて……


「ふふっ、何でもないよ。そうだね、せっかくだし私も行こっかな」


「おぉ!」


「それじゃあ綺月ちゃん、もし先生来たら上手いことよろしくね?」


「うん!任せて!だからちよちーも……」


「ん?」


「礼二君と仲良く、ね?」


「?勿論だよ?」


 意味はよくわかんなかったけど、確かに他の男子に何かされそうになっても礼二なら守ってくれそうだな。


 こうして、俺達は礼二達のいる男子の部屋へと行く事になったのであった。

 そして数分後、楽しくお喋りやゲームで男子達と盛り上がりとっくに消灯時間を過ぎた後、女子達の間でそろそろ戻ろうかと言う話が上がり、廊下へ様子を見に行った一人が慌てて戻ってくると────


「せっ!先生が来てるっ!」


「「「「えぇっ?!」」」」


 ーーーーーーーーーー


 そして今へと至るのだが……


 ギシッ……ギシッ……

 ドクンっドクンっドクンっ……


「はぁ……はぁ……んっ……ふぅ……」


「ふー……ふー……くっ……はぁ……」


 足音が大きい、緊張で心臓がうるさい……布団の中の空気が熱くて……息が苦しい……!汗が肌を伝って、礼二の荒い息が、触られてる感覚が直に────


「んんっ……!」


「ちょっ、千代っ?!変な声出すなって!」


「だっ、だって!礼二の息が胸に当たって変な感じがっ……!ふぇっ?」


 な、なんか……お腹の下あたりに硬いのが……まさかっ!


「ふぅー……!ふぅー……っ!」


 こいつっ!俺でおったてやがった!


 お腹の下辺りに下から張り上げるような硬い何かを感じた俺は、熱く苦しい暗闇の中まさかと礼二の顔を見ると、礼二は目を逸らし、更に息を荒く、乱していた。


「えと……えと……」


 そっ、そりゃそうだよなっ!礼二だって男だもん!こんなっ、こんな事になったらそりゃあおったてても仕方ないよなぁ!?そりゃあ俺だって男だから勿論分かるとも!

 で、でも流石にこれは────


「くぉらぁぁぁ!何やっとるか貴様らはぁっ!」


「っ!?」


 バレたっ?!いやっ、でも声は向こうからって事は……


「バレたっ!」「逃げろっ!」「きゃーっ!」「走って走って!」


「女子がこんな時間に男子の部屋にきて何をしとるかぁ!男子共も今起きてるやつは全員この階のロビーにこいっ!」


「「「「「えぇっ!?」」」」」


「口答えするな!早く来いっ!」


「「「「「「「「「「はいぃっ!」」」」」」」」」」


 ドタドタドタドタ……


「…………行ったかな?」


「…………行ったと思うけど……」


「「……………………ぷはっ!」」


 逃げた女子、一体どんな寝たフリをしていたのか引きずり出された男子達、それらの足音が遠ざかるのをしっかりと確認した俺は、礼二と共に布団をはね上げ空気を吸う。

 肺に満ちた冷たい空気が、密閉された布団の中の熱気と空気に当てられた俺と礼二の頭を内から冷やし、布団をはね上げた所に流れ込んできた空気によって火照った身体が冷やされる。

 そして二人きりの部屋の中、互いに冷静になった俺と礼二はしばらく肩で息をしながら見つめ合うと、先程迄の事を思い出し、俺達はボッと暗い部屋でも分かるほど顔を真っ赤に染める。


「あっ、そっ、えと、えと……そっ、それじゃあ私!部屋に帰るからっ!」


 ダメっ!めっちゃ顔が熱いっ!礼二の顔見れないっ!


「お、おう!……千代っ!」


「なっ!何っ!」


「そっ、その……また明日な!」


「──!れ、礼二こそ!また明日ね!」


「おうっ!それじゃあおやすみ!」


「うんっ!おやすみっ!」


 こうして、俺の二度目の修学旅行、その最後の夜の幕は閉じたのであった。

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