夏のお誘い
「どうだちよよん!」
「うん!バッチリ!まだまだぎこちないけどちゃんと泳げてたよ!」
「いやったぁーい!これもちよよんが沢山教えてくれたからだぞ!ありがとう!」
太陽の眩しいまだまだ夏真っ盛りなある日のお昼前、きゃいきゃいと騒がしい学校のプールの一角で、俺は沢山の練習の結果二十五メートルを泳ぎきった叶奈ちゃんを褒めていた。
「でも本当にありがとうなちよよん。叶奈が泳げるようになるまで沢山教えてくれて」
「気にしないで気にしないで、俺も叶奈ちゃんが泳げるようになって嬉しいし」
「俺?」
「あ、やば」
やったった感に浸ってたからか思わず素が出てしまった。
「え、えーっと!そういや叶奈ちゃん!泳げるようになったらーとかなんか言ってなかったっけ!?」
「あっ!そうそう!忘れてた!」
よしよし、上手く話を反らせた。ちゃんと覚えてた俺ナイス!
内心冷や汗ダラダラになりながら、なんとかうまい具合に話を逸らすことが出来た俺は、思い出してそう言う叶奈ちゃんの目の前の水面下で思わずガッツポーズを取っていた。
「実はこの間な、お父さんに海に行かないかって誘われててなー」
おぉ、海か。そういやこの姿になってから海って行ったことないなぁ。
「その時いつも一緒の女の子の友達二人、ちよよんとみやみやを誘っておいでって言ってくれてな!それでちよよんとみやみや次第だけど一緒にって思ってたんだけど、どうだ?」
「行く行くー!」
せっかくのお誘いだもん!行かない訳が──────
「あっ」
「ん?どうしたちよよん」
「いやその……母様許してくれるかなーって」
「あー……ちよよんのお母さん厳しいもんなー」
「根は優しくていい人なんだけどねー」
そう言う俺の脳裏に「人様に迷惑かけるなんてダメです」とピシャリと言ってくる母様が過り、俺があははははと苦笑いを浮かべていると、上から声をかけられる。
「何話してるのー?」
「あ、綺月ちゃん。おかえりー」
「みやみやおかえりー。もう大丈夫なのかー?」
「うんー。もう元気いっぱいだよー」
「良かった良かった」
綺月ちゃん泳ぎすぎてゼーゼー言うほど疲れてたけど、流石子供は回復も早いな、まぁ俺も今はその子供なんだけど。
「それでなんのお話してたのー?」
「今度お父さんが叶奈を一緒に海に連れて行ってくれるんだけど、ちよよんとみやみやも誘ってみてって言われてて──────」
「行く行くー!絶対行くー!」
「了解だ!それじゃあみやみやは大丈夫そうだから、ちよよんはお母さん達……特にお母さんに大丈夫か聞いてきてくれるか?連絡はいつもの連絡板でー」
「「はーい」」
こういう時簡単な連絡手段がないのは不便だよなぁ……まだウチと綺月ちゃんの家は黒電話ないから仕方ないんだけどさ。
「海楽しみだなー!」
「海ってどんな所なんだろ、楽しみー!」
……ま、何としてでも母様に許可貰うとしますか!
こうして、この日はまだ見ぬ海に想いを馳せながらもう暫くプールを満喫し、俺達は解散したのであった。
そしてその日の夜……
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「伊部さんに海へ誘われた?」
「うん!だからお願い母様!いっぱい、いーっぱいお手伝いするから行かせて!」
日課の縫い物をしている母様に、俺は母様にも割と効果のある奥の手父親キラーである上目遣い涙目袖つかみの三連コンボを決めながら、そうお願いをしていた。
ちなみに先程母様の見てない場所で母様に許して貰えなかった場合の保険として父様にも同じコンボを使用した結果、一瞬で味方につける事に成功した。
「夏休みの宿題もちゃんと終わらせてるからー!」
「あら、もう終わってたのね。それなら行ってきて良いわよ」
「お料理も沢山お手伝いするからー!……ってあれ?」
今良いって……
「そうと決まれば学校の水着じゃあれですね。浩さんにお願いして可愛い水着買ってもらいましょ」
「ちょ、えっ、いいの母様?」
「何か問題でも?」
「い、いや、母様の事だから「人様のお宅に迷惑が!」とか言ってダメって言われそうだったから……」
「そう言って欲しいのかしら?」
ニヤっと悪い笑みを浮かべながら母様にそう言われ、俺はせっかく貰った許可をふいにすまいと全力で顔を横に振る。
「せっかくのお誘いなんだから、お断りする方が失礼ですよ。それに、子供は沢山遊ぶのがお仕事なんですから。でも迷惑をかけてはなりませんよ?」
やっぱり母様、優しい人だなぁ……俺も将来こんな女の人に……じゃなくて。
「はい母様!」
今は元気に返事をしとかないと!
こうして俺は叶奈ちゃんのお家の三泊四日、海への旅行に連れて行って貰える事になったのだった。
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