寂しがり三姉妹

「ではこれで忘れ物はないですね?」


「はい!」


 バッチグーですぜ母様!


 さらりとした夜風が浴衣の裾と髪を小さく揺らし、その風で風鈴が鳴らすちりりんという音が耳に優しい、涼しく心地よい昭和の夏の夜。

 先日父様が買ってきてくれたシャチのリュックサックを前に、俺は母様と明日の準備をしていた。


「本当に忘れ物はないのかいよーちゃん!」


「うわぁっ!」


 びっくりした!


「こら、そんな荒々しく襖を開けないの千保。もし壊れたらどうするんです」


 おぉ珍しい、母様が割と怒ってらっしゃる……母様って物をすっごく大切にする人だしそれでかなぁ。


「うぅ、ごめんなさい……じゃなくて!ほんとによーちゃん、忘れ物はないのかい?」


 本気で怒りかけていた母様に気圧させてか、珍しく怯んで素直に謝った絶賛反抗期中の千保お姉ちゃんにそう聞かれた俺は、間髪入れずに大丈夫だと返事をする。


「体操服入れたしー、寝巻きの浴衣入れたしー、下着も入れたしー。持ってくることーって書いてあったのは全部入れたよ」


「ふっふっふっ、甘いよよーちゃん!よーちゃんはこれを忘れている!」


 四角い箱に他じゃあんまり見ない柄、掌より少し大きなサイズ……


「もしかしてトランプ?」


「いっえーっす!友達とわいわい楽しむ物もこういうイベントには必要なのです!」


「クラスの皆さんと交流を深めるのに良い機会ですし、それにはとても良い物だとは思いますが……流石にダメなのでは?」


 うーん、これはドヤ顔で言ってきた千保お姉ちゃんには悪いけど流石に母様の言う通りで……いやまてよ?

 確か先生「騒ぎすぎないなら何してもいいぞ、何をしても……な」って悪い顔で言っていたという事から考えられるのは……


「トランプは……許される?」


「「えっ、嘘、本当に?」」


 あ、ハモった。やっぱり普段反抗しまくっててもこういうのの反応が同じなのを見るとやっぱり母娘なんだなぁって……というかちょっと待て。


「なんで千保お姉ちゃんまで驚いてるのさ」


 母様と見事にハモりながら俺に本当か聞いてきた千保お姉ちゃんに俺がそう聞き返すと、千保お姉ちゃんはさっと俺と母様から顔を逸らす。

 そしてそんな千保お姉ちゃんを見て母様は一つため息をつくと、こっちを見なさいと千保お姉ちゃんに少し強めに呼びかける。


「千保、反抗期中なのでしょうけど貴女が私の事を好いていないのはよくわかっています。けれどもだからといって今までとても仲の良かった大切な妹に嘘とはどういう事です」


 うむ、母様の言う通りだ。

 それが本当なら俺は、いやこの私、千代としてすっごく悲しいぞ千保お姉ちゃんや。


「ち、ちがっ!」


「何が違うのですか。現に貴女はさっき────」


「それはっ!その……」


「その?」


「……明日からよーちゃん林間学校で居ないから寂しくて、せめて行く前にいっぱいお話しようって……」


 そう、耳を真っ赤にして千保お姉ちゃんが言った様に、俺は明日から低学年の夏休みの行事である一泊二日の林間学校で家を離れるのだ。

 そして寂しいからという理由で、お話をしたいが為に千保お姉ちゃんは無理矢理話題を作ってきたのだと分かった母様は、横に居る俺がギリギリ気付く程小さく笑うと……


「全くもう、貴女という娘は……枕、持っていらっしゃい」


「!」


「たまには家族……いえ、女同士一緒に楽しくお喋りしましょ」


「……!うん!枕!持ってくるね!」


「勿論、遅くなる前には寝ますからね」


「はーい!」


 恥ずかしそうにそう言った千保お姉ちゃんに母様は笑顔でそう言い、それを聞いた千保お姉ちゃんは満面の笑みを浮かべて自分の部屋へと枕を取りに行ったのだった。

 この後、せっかくだからと千胡お姉ちゃんも呼んでぽしょぽしょと小さな声で女の子らしい話を母様と姉妹の四人で夜遅くまで話し合い、一緒に寝てしまったのはいい思い出だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る