幼き者の休日

 千代の朝は早い。

 布団からモゾモゾと起き上がり目をゴシゴシと目を擦って大きく口を開け、瑞々しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ俺はすーっと眠気が去るのを感じる。


「とーさまおはよー」


「おはよう千代、今日も早起きできて偉いぞ」


「えへへー♪」


 やっぱり、人に甘えるのっていいよなぁ……心が満たされるというか、それに無邪気にちょっとした事で甘えられるのって小さい子の特権だよなぁー。


「よしよし、千代は本当にそこが好きだな」


「だって落ち着くんだもん」


「そうかそうか」


「千代、あんまり浩さんに迷惑をかけちゃダメですよ」


「はーい」


 居間へと朝食を持ってきた母様にそう言われ、父様に甘えていた俺は胡座をかいていた父様の足から降りると少し名残惜しそうな顔の父様の横に座り、朝ご飯を食べるのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


「それじゃあ千代、お願いしますね」


「はーい!」


 元気よくそう返事をすると、俺は台に乗り洗濯機の中からびちゃびちゃの服を引っ張り出し、それを洗濯機に着いているローラーにかけて水を絞る。


「ほんと、千代が手伝ってくれて母様は助かってますよ」


「ほんとー?私もこれ楽しいから好きー」


「ふふふっ。縫い物もお料理も上手だし、千代はいいお嫁さんになれるかもしれないですね」


 お、お嫁さんかぁ……うーん、それは勘弁して欲しいなぁ…………そういうのはお姉ちゃん達に任せるよ。


 朝食後、そんな話を母様としながら俺はぐるぐるとローラーを回しつつ、俺はいつも通り母様の洗濯を手伝っていた。


「にしても、洗濯機を買ってから本当に楽になりました。あの頃はまだ千代が産まれる前だから知らないでしょうけど、昔はお家の前の川からお水を汲んできて洗濯してたんですよ」


「へー、そうだったんだー!」


 何となく容易に想像できちゃう。


「おふぁよぉー」


「あ、千胡お姉ちゃんおはよー」


「んー、千代ちゃんあったかぷにぷにぃー」


「んぎゅうー!」


 寝起き女児の暖かい体温とささやかな柔らかふにふにがぁー!


「こーら。千胡、千代の邪魔してないで干すの手伝いなさい」


「はーい」


 母様の鶴の一声により、寝ぼけていた千胡お姉ちゃんのむぎゅっと柔らかあったかホールドから解放された僕は、ふぅっと一息ついてまたローラーを回し始めたのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


「千代ちゃーん」


 お、やっと来たかな?


「礼二いらっしゃーい」


 お昼過ぎ、やるべき事を済ませ日向でゆっくりと読書をしていた俺は、玄関から聞こえてきた幼馴染の声に返事をしながら出迎えに行く。


「きょっ、今日も可愛いね!千代ちゃん!」


「ん?そう?ありがとー」


 なんか二年生になってから今まで以上に可愛いって言ってくるようになったなぁ。

 いやまぁ普通にブサイクとかって言われるよりはいいし、それに礼二がこうなったのは俺が小さい頃から「人には優しく」って言い込んで来たからだしね。


「本?何読んでたのー?」


「あ、これー?父様と母様のお部屋にあった本なのー」


「えーっと「花見屋の歴史」?これって千代ちゃんのお店の歴史ってこと?」


「うん、そーいう事」


 そう言うと俺は昨日父様に貸して貰ったその本をパラパラと捲り、とりあえず読んだ所まで面白かった部分やインパクトのある部分だけを飽きないよう選りすぐって教えてあげる。


「へー、千代ちゃんのお店ってこの街が出来た頃からあったんだ。凄いね!」


「ねー、私も見た時驚いちゃった」


 花見屋の経営とかを見る前にお店の歴史とかそういった物を知っとこうって思って調べてみたけど、まさか江戸時代中期から存在してるとは思わなかったよ。


 そう言って俺が満足気に思っていると流石に小さい男の子には刺激が足りなかったらしく、飽きてきたのか礼二はキョロキョロとし始めた。


「ふふふっ♪いいよ礼二、今日は何して遊ぼっか」


「────!そ、それじゃあ、今日は────」


 そうして俺達は仲良く日が暮れるまで街の中を走り回り、疲れ果てて家へと帰るのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


「こんばんはー」


「はいこんばんは……って、花見屋さんちか。いらっしゃい、ゆっくりしていきな」


「おう、そうさせて貰うよ」


 前から思ってたけどやっぱりお風呂屋さんのおじちゃんと父様って仲良しだなぁ。


 夜、お風呂に入る為お風呂屋さんに父様と千胡お姉ちゃんと一緒に来ていた俺は、まさにクククと言った感じで笑い合う父様とお風呂屋さんのおじちゃんをじーっと眺める。


「そういや、覚えてるかい千代ちゃん?」


「ん?なーにー?」


「千代ちゃんが初めてここに来た時、千代ちゃんな「お父さんと入りたいっ!」ってここで駄々こねてたんだぜ?」


 あー、そういやそんな事もあったなぁ。あの時は確か女湯に入りたくなくて男湯の方に入るって言ってたっけ。


「あの後こいつ、やけに早く上がってきたと思ったら千代ちゃんがここに出てくるまで「千代、寂しくて泣いてないかな」とか「やっぱり今日くらい一緒に」ってずーっと言ってたんだぜ」


「ちょっ!お前っ!」


 へー、それは初耳。父様もそんな風に思う事があるなんて、ちょっと可愛い所もあるじゃん。


 そんな事を思ったからか、父様とおじちゃんが揉めてるのを見てる内に、ふとわしゃわしゃと父様に髪の毛を洗ってもらった時の事を思い出す。


「ねね、千胡お姉ちゃん」


「何?千代」


「今日は私、父様と一緒に入ってきてもいい?」


「んー、母様居ないし私はいいけど……」


「なんだ千代ちゃん、久しぶりにお父さんとお風呂入りたいのか?」


 くぅ、にやにやしやがってお風呂屋のおじちゃんめ……!だが今の俺は幼い女である幼女だ!お父さんとお風呂一緒に入りたいって言ってもおかしくはない!


「うん!父様と一緒に入って髪の毛わしゃわしゃーっ!ってしてもらいたいの!」


「ち、千代?もう小学生なんだから流石に……寅?」


「へへっ、うちは十歳まではどっちに入ってもいいんだよ。ほれ千代ちゃん」


「わわわっ!」


 洗髪剤に洗髪札?


「それはおじちゃんからの「奢り」だ。それに確かさっき出てった客しか男風呂にはいなかったはずだ。親娘水入らず、久しぶりにゆっくりとしてこい」


 まだ液体シャンプーなんて便利ものが行き渡っておらず、女の人でも週に二、三回程度しか髪を洗えなかったこの時代で、おじちゃんは俺にほいっとそれらを俺に投げ渡す。

 そしてニッと笑いながら俺と父様に向かってそう言うと、おじちゃんはまた手元に置いてあった週刊誌のクロスワードを解き始めたのだった。


 おじちゃん……今度、お手伝いでもしに来てあげようかな。


「ったく……うし、それじゃあ千代、今日の事は一恵さんには内緒だぞ?」


「うん!」


「千代、お父さんとお風呂楽しんでおいで」


「ありがとう千胡お姉ちゃん、今度髪の毛洗ってあげるね!」


「ふふっ、楽しみにしてるね」


 この後、満足した俺は二人に手を引かれ家へと帰った。

 その道中、父様が「千代が十歳になったら風呂買うか」と言ってたのを聞いたが、これも母様には内緒にしてあげる事にした。


 今日も楽しかったなぁ。

 ずっと、ずっとこんな平和で楽しい毎日が続くよう、心からお願いします。


 こうして、俺の賑やかな休日はまた一日過ぎ去っていったのだった。

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