海鮮ガール×餌やりJK
雪が降るほど気温が低いわけじゃなかったけれど、十月の北海道はもう十分に寒い。
空港から出たころには、外はすっかり暗くなっていた。
ただ、私のほうはもとより寒さなどを感じてない。
ゴーレムだからかそのへんの感覚が鈍いのだ。「さびぃさびぃ!」と言ってクルミさんが冷えた手を繋いできたときに、ようやくヒンヤリしたものを感じられる。
不思議と、彼女から感じるものだけは多い。
今回の旅は、札幌から入って函館より出るルート。
レンタカーの運転は、静寝さんが引き受けてくれた。というか彼女しか車の免許を持ってない。
宿泊でも、移動についても。大人がひとり居てくれるだけで助かることは多かった。
遅めの夕食は、ホテル近くの料理屋さんでいただくことにした。
せっかくの北海道だし、みんなで海鮮モノのメニューを頼むことにする。運ばれてきたのはそれぞれ違う種類の海鮮丼だった。
「海鮮丼って初めてです。いろんな種類のお魚が乗るんですね」
「美咲のやついいなぁ。イクラがある。私もそっちにしとけば良かったかなぁ」
魚介類はほとんど好きだ。
ネコ耳を生やしているためか本能に訴えるものがある。焼き魚よりも生のほうがオイシイ。それだけに海鮮丼は気に入った。
「美咲のイクラおいしぃ」
「はい、すごくオイシイですね。それは分かるんですけど、私のからつまみ食いしないでください。自分のを食べて……コラぁ! ダメですってば!」
「うめぇー」
クルミさんは注意を聞かずに、私の
好物があるんなら最初からソレが乗ってるやつを選べばいいのに。自分のお金で食べてるわけじゃないけど、他の人にネタだけ食べられるのはヤダ。
「クルミちゃん行儀悪いよー。好きなやつあるならワタシのからあげるからー」
「えー、いいよ。シズ
「なんで私からは盗んで食べるくせに、静寝さんには遠慮するんですか。おかしいですよね?」
「食べていいのになぁー」
と、静寝さんが唇を尖らせる。
遅れて気付いたけれど、よく見たら静寝さんだけ箸が進んでいない。どうしたんだろうと思っていると、彼女が恥ずかしそうに口元を緩ませた。
「実は苦手なのよねー。お魚の臭いってどうも好きになれなくて」
「そうだったんですか。でも私のは食べた感じ、そんなに魚臭さはないですよ。少しもらいますか?」
「ありがとー、大丈夫だよ……美咲ちゃんが美味しいって言うんなら、ワタシも食べてみよっかなー」
気だるげな前髪をかきあげながら、切り身を口へ運ぶ。作り物みたいに整った顔立ちをしているせいで、ただ食べるだけのその仕草がやけに色っぽい。
静寝さんが、苦手さを隠すように慎重に咀嚼した。
んー?」とか「ふむ」と、感想の読めない声を漏らす。
どう思ったのか分からなかったけど、二口目
多分、気に入ったっぽい。
「臭い、あんまり感じないんだねー。新鮮だとこういうものなのかな」
「ここら辺は港が近いんでしたっけ。だからかもしれません。普段お店で買うものよりずっと食べやすいです」
それは言われてから気付いた。そうか、これが『鮮度』からくる味なのか。
新しい発見をして、手元の海鮮丼に目を落とす。ネタはすでに半分ほど無くなっており、残されたお米が露わになっていた。
おかしな食べ方だ。オイシすぎて、気づかないうちに魚ばっかり食べてしまったのかな? いいやそんなわけない。
真相に思い至ると同時、横から犯人が箸を伸ばしてきた。
「クルミさんどれだけつまみ食いするんですか! もう私より私の
「ウメェ」
ウメェじゃない。さっきからそれしか言ってないし、この人。そして反省の色も全然見えない。
眉を吊り上げて睨んでやった。クルミさんには表情で怒ったほうがよく伝わる。
「ごめんて。私のを一口あげるから」
「……食べた分かえしてくださいよ。こっちお米ばっかり残ってるんですからね」
切り身をいくつ
考えてると、クルミさんが海鮮丼からひとつまみ、お箸ごとわたしの口へと差し出してきた。なにか期待するようにニコニコしている。
そのまま食べろということらしい。
こっちの器に渡すという発想はないようだ。人前でこういうことするの恥ずかしいんだけど、まっすぐクルミさんに見つめられると、なんだか弱い。
創造物の悲しい性か。素直に従うしかないパターンのやつだ。
「……あー」
「どう、おいしい?」
お魚は大体好きだからオイシイに決まっている。
そう思っていると、口の中で予想外の味が広がった。
ブワァっと、舌から潤っていくような。甘みを含んだ濃厚な味。
私はこれを知っている。
このひと、箸にそれがついてると分かってて私に差し出した。
「やっぱりオイシイんだ? 美咲の好き嫌いを無くすのに使えるなぁ。良かったね」
「…………」
悪戯っぽくクルミさんが笑った。
私を驚かせようと、明らかに狙って不意打ちした気配がある。実際効いてしまっていて、どうしたら良いか迷う。
そんな私を待つこともなく、クルミさんは次のひとくちを差し出してきた。
どこか有無を言わさぬ圧力があって、違和感がある。けれど何がクルミさんをそうさせてるのか私には分からない。
「あー……」
「ヨシヨシ」
また一口。
唾液のこと、静寝さんにはバレていないだろうか? そっちの不安が大きいせいで変に抵抗もできない。
そうなると結局、クルミさんから次々に差し出されるものを、大人しく受け入れることしか出来ない。
「君たち、仲良いねー」
「そりゃそうだよ。もうずっと一緒に暮らしてるもん。ねぇ美咲?」
「――――」
まだ噛んでる途中なので喋れない。代わりにコクコクと頷いておく。
「それよりシズ姉、ちゃんと自分の食べなきゃ。私たちさきに食べ終わっちゃうよ」
「えー、ちょっと待ってー」
「待たなーい。美咲のイクラもらうね」
「んんんん!」
こちらが喋れないのを好機とみたらしく、またつまみ食いされた。
……分かった。クルミさんが変になったのは、さっき静寝さんに私の丼をあげようとしたからだ。
私のイクラを独り占めしたいだけだ、このひと。意外に食い意地が張っている……。
私がまた表情で怒りを伝えると、クルミさんはただ満足そうに笑う。
付き合い短い姉の、大人げない一面を見た気がした。
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