献血JK×コウモリガール


 美咲のカラダから生えているネコ耳やコウモリ羽など。そういう余計に出来てしまった部分を取り除くにはどうすればいいか。

 方法は単純だ。


 まず美咲が通常どおり、賢者の石といっしょに湯船へと浸かる。

 すると湯船は淡い光りに包まれて、美咲のカラダの再構築が始まる。新たな石が美咲に宿り、また力を取り戻すのだ。

 これが毎夜お風呂で繰り返すべき、ゴーレムのカラダを保つために必要な、大事な儀式。


 そして問題の、余計な部分を取り除く方法だ。

 再構築の際、これまで混ぜた素材たちは一度バラバラになる。

 バラバラになって浮かび上がった素材たちの中から、要らない物をすくい上げてしまえばそれで完了。


 たとえばネコ耳を取り除きたかったら、湯船に浮かび上がったネコ耳カチューシャを湯船から取り上げてやればいい。他も同様。

 難しいことはなにもない。


 と、美咲に説明した。


「分かりましたじゃあコウモリ羽はナシにしましょう。お風呂入り直します」


「待って! 美咲待って! コウモリもちゃんと目的があるんだよー!」


 背中から生えたコウモリ羽がよほど気に入らないのか、美咲はすでに服を脱ぎ捨て下着姿となっていた。

 さっきまでの恥じらいなど微塵もなく。腰に手をあてて堂々とお裸している。


「……じゃあその目的というのを聞いてあげます。このコウモリ羽で何をするんですか?」


「うん。あでも、教える前にもっかいバサァってやつやって! もっかい見たい!」


 さっきの、羽がバサリと空気を打つやつ派手ですごかった。ブワァっと風があたりに渦巻いて顔を煽られるのも初体験。あんなことできる人間なんて絶対いないし、せっかくだからもっと見たい。


「……」


「えっと、カッコよかったから」


 お願いしてみたはいいものの、気まずい雰囲気が流れる。

 さすがに調子乗りすぎたか。怒らせてしまったかな……。


「バサァ」


「おー‼ すごーい‼」


 漆黒の翼が大きく羽ばたき、脱ぎ捨てられた服が強風に煽られリビングを舞う。両手を広げて、悪魔っぽいポーズまで取ってくれた。

 ノッてくれた。美咲は優しい。すごくいい子だ。好き。


「満足ですか。目的は終わりですね? お風呂に行きましょう」


「ゴメンゴメンゴメン! 目的まだ済んでない! まだ待って!」


 しつこく呼び止める私に対して、美咲は露骨に怒り顔をみせた。

 ムスッと唇をヘの字にしてこちらを睨みつけてくる。


 幼いながらに顔が整っているせいか、怒った表情しててもすごく可愛いこの子……今そんなこと言ったら本気でキレられそうだから、さすがにもう言わないけど。


「コホン。美咲にコウモリ羽わざわざ生やしたのはねぇ、今日シズ姉にアドバイスもらったからなんだよ」


「そういえばさっきもそう言ってましたね。どんなアドバイスなんですか?」


「それはね。美咲が早く人間になるための方法について」


 美咲がピクリと眉を反応させる。同時に怒っていた表情も消えた。

 興味を持ってくれたみたいだ。


「一年ほど普通に暮らしてもニンゲンになれるって話じゃありませんでしたっけ? それよりもっと早くってことですか?」


「そうそう、もっと早く。聞いたらごく当たり前な話だったよ。結論から言うとさぁ、んだって」


 美咲が小さな首をコクンとかしげる。まだよく分からないといった感じだ。


「クルミさんのカラダの一部ですか? どの部位のことを……いや部位の話以前に、クルミさんからカラダをもらうなんて怖くて出来ませんよ」


「カラダの一部って言っても色々だよ。たとえば切った爪とか、切った髪の毛とか、体液でも良いって。元とはいえ、どれも立派な人体の一部だからねぇ」


「なるほど……錬成で混ぜるってことですか?」


「口からが良いって言ってたねぇ。さすがにそんなつもり無いけど」


 茶色がかった自分の髪を軽くいじる。

 いくら効果あると言っても、さすがに髪を食べさせるのはダメだと思う。

 でも美咲にこの毛を混ぜたらメッシュが入ったような髪色になるのかなぁ。だとしたらすごく便利だ。


「うーん、爪とか髪ですか。伸びた後の余りとか錬成で突っ込むってことですよね。分かりましたけど、それとこのコウモリ羽は関係無い気がします」


「そこだよ! ねぇ、他にも美咲にあげられるヤツ思いついたんだぁ。ちょっとおいで?」


 チョイチョイ、と手招きしてソファに美咲を座らせる。

 隣に私も腰をおろして、話をつづけた。


「私から渡せそうで、しかも一番効果ありそうなものと言ったらさぁ、やっぱり血が最高だと思うんだよね。コウモリと言ったらほら、血を吸うやつが有名じゃん。ナミチスイコウモリ? っていったかな」


 首を見せる必要があったから、寝間着のチャックをおろして鎖骨まで出しておく。

 ビー玉の瞳がちょっと驚いたようにまんまくなって、開いた胸元に視線を注いできた。さっきのお風呂場でもそうだったけど、そんなに興味があるのか……。


「あの、クルミさんもしかして……」


「今の美咲ならあるでしょ? コウモリの牙。それで私の血を吸うのが一番早くない?」



 ニンゲンのカラダを作る臓器や肉、骨などの組織はどれも重要な役割を果たすけど、私がそれらを分け与えられるわけがない。

 だけど血なら話は別だ。少量なら美咲にあげたって全然構わない。

 それに時間を置けば勝手に再生するだろうし、髪の毛や爪よりもずっと早くカラダを作り上げるだろう。


 素材として申し分なし。我ながらいい考えだと思ったんだけど……。


「クルミさんはバカですか⁉ いいえクルミさんはバカです! そんなのもらえるわけないじゃないですか!」


「そんなに否定されるとは……献血とかどこでもやってるし。あ、吸うのが嫌だった?」


「それ以前の問題ですよ! 献血だって、ちゃんとした医療機関とか組織の人たちが設備用意して、安全な基準をきちんと設けてるから出来るんです! 素人が勝手に手出していいわけないじゃないですか!」


「おお。生まれたときからそうだったけど、美咲は賢いよねぇ。美咲に血をあげれるならいいと思ったんだけどなぁ」


 いいアイデアだと思ったのに、拒否られっぷりがすごい。

 少量なら平気だろうという考えだったけど、美咲のほうがずっとしっかりしているみたいだ。


「血をもらったって困りますよ。クルミさんは思いついたらすぐやろうとするから……でもそれは流石に却下です」


 きっぱり断られる。今回の作戦はダメみたいだ。

 帰りに色々と悩んで選んだのに、残念。


「じゃあ髪とか爪を混ぜるくらいかぁ。できるだけ早くニンゲンにさせたかったのになぁ」


「髪とかでも十分ですよ。分かったらもうお風呂行きません?」


「んー」


 はじめてのやり直しは、コウモリ羽となるようだ。だけどせっかくシズ姉からのアドバイスを活かせると思ったのに、これじゃあんまり意味がない。


 なにかもっとイイものはないだろうか。

 血の代わりに、なるべく美咲のカラダに馴染みそうで、人体を作りやすそうな、できれば毎日でもあげられるもの……そんなのあっただろうか。



 あ。


「そうだ。あるよ。血と比べたらさすがに効果薄そうだけど」


「? どうかしましたか」


「あのさぁ。体液でいいんなら唾液とかでもいいんじゃない?」


「唾液ですか。確かに、それなら血液ほどは………………………………」



 美咲が固まった。

 私も遅れて、「変なことを言ってしまった」と気付く。


 血液と比べたら大したことないと思って、思いついた勢いそのままで提案してしまったけど。

 よく考えたらコレもけっこうハードル高くないか?

 摂取と言ったって、どうやって与えるんだろう。それに量はどうすればいい。間接キス程度じゃ少ないかな。

 そのくらいなら抵抗ないけど、もっとたくさんとなれば……。


「そ」


「そ?」


 美咲がなにか言いかねた。


 ビー玉の瞳が私の口元を捉え、その一点にのみひたすら視線を送り続けている。それ以降動きがない。

 半開きになった口から小さな舌がのぞいて、喉の奥からコキュっとつばをのむ音が鳴った。放心しきった瞳がフルフルと小刻みに震えている。

 頭の中でなにか、高速で思考を巡らせている様子だ。悩んでいるらしい。


 それにしても、こういう表情どこかでみたことあるな。

 あぁあれだ。ネットでたまに見る宇宙と猫がコラージュされた画像でこういう表情見た。思い出すとちょっとおもしろい。


「だ液とか、は。あまりヨクない気がシマス」


 む。また拒否された。なぜか、私の中に意地のような感情が生まれる。

 理由はなんとなく分かるんだけど、美咲が良くないっていうのはちょっと違うと思う。


「なんで半分棒読み? それにヨクない言ったって、美咲も昨日私の首を舐めてきたじゃん」


「あ! いや、でも……いや……」


「いや?」



 ブンブン! と首を左右に振って激しく否定してきた。振り乱された黒髪が私の顔面におそいかかり、「ぶわ」と声が漏れる。


 今のブンブンはどっちだろう。

 唾液がイヤなのか。それとも「いや?」に対する否定だったのか判断つかなくなる。



 ――美咲が黙って、なんか落ち着かない。考えなしにまた突っ走りすぎただろうか? ていうかこんなのたいして考えなくても、血よりもずっとハードルが高いと分かる。

 だけど、私からあげられるものと言ったらもう……。


 無意識に自分の口元へ手を添える。

 お風呂を済ませたばかりの口内からは、歯磨き粉の爽やかな匂いがした。



「……それしかないなら、しょうがないんじゃないですか?」


「え! え、なに?」


 変に意識してむず痒さを覚えたところで、美咲が突然喋りだした。思わず声が上擦ってしまう。


「効果があるなら、私も早くカラダできあがったほうが良いです」


「やっぱ、そうだよね」


「それに、全然危険ではないですから」


「危険はないねぇ。あと、爪とかよりずっとアリだし」


 肯定を重ねながら、自分でもどういうつもりなのかよく分からなくなってきた。でも、きっとそれは美咲も同じ気持ちだろう。


 理由付け自体はまっとうなはずなのに、そこにはどこか言い訳めいた薄っぺらさを感じる。

 お互いになるべく普通を装って、相手の口から否定が飛び出さないよう、慎重に言葉を選んでいるような、そんな空気だ。


 けれど同時に、逃げ場が無くなっていくことへの焦りも生まれた。行き着く先が見えている。

 だけど私も美咲も、否定しない。


 だ液だけコップに分けてあげるとか、方法はあるはずだけど。

 なのにお互い、自然とそのやり方で決めている気がした。


「じゃあ美咲、手っ取り早いほうで」


「……はい」



 素直に返事をくれて、正面から向かい合う。

 でもビー玉の瞳だけは私から逃げるみたいにあさっての方向を見ていた。


「それじゃ私から」


「……」


 よし、えっと……。


 どうやるんだろ、この後。

 口同士でチューとか、恥ずかしながら経験がない。

 これまで恋愛そのものに憧れみたいなのはあったけど、感情がノリきらず結局済ませたことなかった。


 ――でも時間かけたら余計気まずいし。あぁいいやもう行こう。



 いつもの勢いにまかせて覚悟を決める。

 お互い座ってても背丈に差があるから、そのままじゃやりにくい。美咲の顎に指先を添えて、くッと高さをあげた。

 ビー玉の瞳は少し驚いたように形を丸くしたけれど、すぐにまぶたが隠してしまう。


 目を合わせる必要が無くなって気が軽くなった。

 こちらから顔を近づけていく。

 緊張からか、美咲はされるがまま。おかげで口元がキュッと閉じられていて、このままじゃ目的が果たせないと気付いた。


 だ液を送るために、親指で唇を開かせる。見えたのは美咲の口内、そこに横たわっていたのは美咲の舌。

 スイカの果肉をひとくち分だけ丸めたような、赤くて小さな舌だった。



 私の中でまたブレーキの壊れる感覚。ゾクリ、と得体のしれない痺れが首筋を焦がす。

 唇が重なるまであと数センチ。

 必要ないと自分でも分かっているはずなのに、私は無意識で舌を伸ばしていていた。


 だけど引っ込めるつもりも全然起きず、私はそのまま、美咲の口内へ――。




「クルミちゃーん、おじゃましまーすー」


「kァッ――――――――――‼⁉」


 声にならない声が出た。

 舌が侵入するギリッギリのところで、シズ姉が来た。

 多分遊びに。シズ姉が来た。



  ***



 シズ姉は昔からよく遊びに来てくれている。

 私がひとりで過ごすのを知ってて、ご飯とか作ってくれたりするのだ。


「それにしても、なんかふたりとも顔赤ーい。お風呂上がりー?」


「うん! お風呂さっき上がった! お風呂してた!」


「してました!」


 無駄にピンと背筋を伸ばし、二人してコクコクとうなずく。

 さっきのこと、絶対バレちゃいけない。全力で誤魔化さないと。


「そっかー。じゃなおさらだね。あんまり必要ないけど他にもアドバイスしとくねー」


「美咲についての話?」


 いつもと違い、今日の用事はどうやらゴーレムについてのアドバイスみたいだ。


「コウモリ羽とかネコ耳とか、普通暮らす分には不便でしょー? 今日美咲ちゃんにあげた首輪つけたら隠せるからー」


「え? 美咲なんかもらってたの?」


「あ、そういえばもらってました」


 美咲がポーチからゴソゴソとなにかを取り出す。

 見るとそれは、ハートのリングが飾られた黒い帯のチョーカーだった。


 なんだろうと思って聞くと、シズ姉が詳しく教えてくれた。一応ゴーレムの暴走を抑える力があるみたいだ。


「クルミちゃんがつけてあげないとダメだよー。ご主人様だからねー」


「ほ、ほうほうなるほど。じゃあ美咲さんとりあえず付けましょう」


「ハイ。よろしくお願いしますクルミさん」


「なんか二人とも固くないー?」


 しょうがないじゃないか。首輪をつけるためとはいえ、また距離が近付いてしまったんだから。

 さっきのこと思い出して、あぁまた緊張してきた。



「ゔ! あのクルミさん。キツイです……」


「うわゴメン!」


「ほどほどにしてあげてねー」


 気付くとチョーカーが美咲の首に食い込んでた。すぐに加減を改めながら、ほどよい強さを探っていった。

 緊張からややもたついて、シズ姉から言われたとおりに装着を終えると、美咲のネコ耳とコウモリ羽が淡い光となって霧散した。


「おお。便利じゃん!」


「お風呂入るよりは手軽でしょー。このまま過ごして、やり直すのはまた明日って感じでー」


 今のところ必要な儀式はこれですべてとのことだった。

 アドバイスが終わると、シズ姉といつも通りお喋りしながら夜を過ごす。なんだかドッと疲れてしまったし、シズ姉が帰ったらそのまま寝る流れになるかな。


 そうして一時間ほどまったりと過ごすあいだに、私たちは徐々に落ち着いてはいったけれど、モヤモヤとする心残りは消えなかった。


 美咲も同じだったと思う。だってシズ姉が帰るまでの時間は、あんなに短かったのに。


 私と美咲はなにかを意識するように、何度も目を合わせてしまっていたんだから。

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