ゆるゆるJK×洗われガール


 美咲をお風呂に入れるため、準備をすすめながら今日のことを振り返る。

 学校に行って、帰りに岩古座堂に寄った。そこまではいつも通り。


 家に帰ってすぐ、美咲の膝で思いっきり泣いた。


 うわ、恥ずかしい。高校生にもなって、子どものひざ枕であんなボロボロに泣くなんて思わなかった。

 しゃがみこんで、バスタブのフチに額をグリグリこすりつける。

 目尻が腫れぼったさを残してヒリヒリと痛むので、お湯をすくって軽く洗った。顔からポタポタと垂れる水滴のくすぐったさは、戒めとしてあえて拭わずにおく。

 目をつぶってさっきの出来事の反省からはじめる。


 自分でもなぜあんなに泣いてしまったのか、理由がよく分からない。だからこそタチ悪い。

 そりゃあ私を慰めてくれた美咲の気持ちは本当に嬉しかったけど、だからってああまで取り乱してしまうなんて……私って、けっこう感情とか不安定なのかもしれない。心身それなりに大人となったつもりでいたのに、こんなんで将来とか私は大丈夫だろうか。

 今回は美咲だったからいいけど、いきなり外で、他人の目の前で泣き出すなんてことしたら一気に人間関係とか冷ましちゃいそう。


 どうしてああなってしまったのか。

 もとよりあの事故のことは悔やんでいたけど、自分で思っている以上に、心は苦しんでいたんだろう。


 私自身でも自覚は無かったのに、きっと美咲は気付いてくれたんだ。

 たった一日とか二日しか時間を共にしていないのに。それだけ賢くて、思いやりのある子ってことだ。

 恥ずかしさと誇らしさみたいなのが入り交じり、口元が自然とほころんだ。


 姉はこんなんなのに、美咲はすごくて、本当いい子だなぁ。ちょっと、私の妹としてはもったいないかも。



「クルミさん、お風呂もう入れますか?」


 美咲の声。もう入浴の準備を終えたみたいだ。

 顔の水滴を手で拭いさってから振り返ると、裸になった彼女が浴室の扉からこちらを覗き見ている。

 昨日は見られない反応だったけど、今は恥ずかしがっているらしい。この頃って私、年上のお姉さん相手にこんな羞恥心あったかなぁ。多少はあったか。

 じゃあ私は泣きはらした顔を見せちゃってるし、お互い恥ずかしい同士だ。


「もうお風呂入れるよ。今日はシズ姉にまたアドバイスもらえたから、ネコ耳も卒業できるよぉ」


「ん、卒業ですか……」


 あれ、てっきり喜ぶと思っていたのに。美咲の反応は予想と違って歯切れが悪かった。

 顎先に指をそえてしばし考えてみる。

 うん。一日とはいえ、自分の一部として機能していた耳とシッポだ。よくよく想像してみれば、カラダの組織がひとつ無くなってしまうというのは、やっぱり不安に思えるものかもしれない。


「ネコ耳なくなるの怖い? 仮にとはいえ、やっぱり自分のカラダの一部だったんだもんね。そりゃ無くすのも不安になっちゃうかぁ」


「⁉ ……そう、それです! せっかく「匂いを感じやすい鼻なのにー」とか、「撫でられるのが気持ちいい」とか思ってるわけじゃなくて、とにかく名残惜しいわけじゃないです! だから今日のところは無くさなくていいですよ不安ですから! 覚悟決まってからでいいです!」


「う、うん」


 聞いてもいないのに、予想外の理由を聞かされた。

 そういえば、昨日も遠回しに腕枕をねだってきたな。意外と本心とか隠したい子なのだ。


 ナデナデはすごく気持ちよさそうだったから分かるんだけど。そっか、匂いか……ということは、この子きっと私の匂いを嗅いでる。飼い主の香りで落ち着くネコちゃんみたいに。

 それを知らされると気になってしまうな。私、臭くないだろうか……。


 Tシャツの襟元をさすってみた。確か、ネコだったら顔周りとか首とか、そこら辺を嗅ぐのが好きだよなぁ。昨日寝ているときも、そこを嗅いだのかな。

 考え出すとすごく、すごくむず痒い。相手が飼い猫とかだったらここまで気にはならないと思うんだけど、美咲が相手となると話は全然別だ。

 ネコ耳を残すってことは、これからも匂いを嗅がれる覚悟してなくちゃいけないってこと? マジか……。


 チラリ、と美咲のほうを見やる。不安そうにしかめられた眉の下、ビー玉の瞳が潤みを帯びてふるふると揺れた。

 ああ、すごくネコ耳残してほしそうな目えしてる。

 そっか、そうかぁ……私としては、ちょっとアレなんだけど……。


「美咲がそれでいいなら、そのままにしよっかぁ。怖いならしょうがないし」


「! はいっ、そうしましょう!」


 美咲が裸を恥ずかることも忘れて近付いてきた。握りこぶしを胸の前に構え、ネコ耳がピョコンと立ち上がる。

 うん、嬉しそう。

 ……いいか。別にいいか、これくらいは。

 美咲は今日たくさんひざ枕をして、慰めてくれて、スッキリさせてくれたから。そのお礼と考えることにしよう。

 私が意識しなければいい話だし。


「じゃ美咲おいで。とりあえずカラダから洗おうか。私もついでに済ませちゃうかなぁ」


「……」


 まずTシャツを脱いで、かごに放りこむ前に立ち止まる。美咲に気付かれないようそれとなく匂いを確認してみた。

 クサくはないよなぁ。というか無臭だし。自分じゃ鼻が慣れて分からないという可能性もあるけど。


 浴室に戻ると、まだひんやりとした空気にむかえられる。美咲がこちらを見た。

 キュッと蛇口をひねり、美咲好みのぬるいお湯が出るよう温度の調整をすすめる。美咲がポーッとこちらの様子を眺めてきた。


 お湯の温度が整うのを待っている間に風呂椅子を用意してと……。


 気になる。

 服を脱いでから、美咲がずっとこちらを見ている。


「あの、美咲どうかした?」


「なんでも無いです」


 口調はまっすぐで無表情。そして視線がどこかに固定されている。


「んー? んー」


「……」


 ちょっとカラダを傾けて様子をうかがった。

 美咲の視線が、私の動きをずーっと追いかけるようについてくる。

 どうかしたの? と目線の高さを合わせてやると、無表情のままサッとよそを向いた。美咲はいまさら恥ずかしさを思い出したように、手でそれとなく自分を隠す。


 んー。

 まぁ気になるのかな。見た目の年齢差とか、けっこうあるし。多分見てたっぽい。興味があるっぽい。私のカラダの、色々な部分に。

 これも気付いてしまうと、ちょっとだけむず痒い……けど。


「これも気にしなければいい話か」


「えっ?」


「なんでもないよー。美咲おいで! 先に髪の毛洗っとこ」


 しばらく美咲は固まっていたが、促したら素直に風呂椅子へと座った。お湯が顔にかからないよう上を向かせて、髪の毛だけをまず濡らしてく。


 そういえば昔に友達の家泊まったときも、ちっちゃい妹ちゃんと一緒に入ったなぁ。あの子も最初けっこう見てきたから、子どもは自分との違いに興味が出るのかもしれない。


 美咲は、あの子よりもずっと大きくはあるけど……でも見てくる理由はそう変わらないと思う。



 シャンプーを手になじませて、髪の根っこへと指を滑らせた。ワシャワシャと泡立てる動きに合わせて、小さなカラダが揺さぶられる。 


「美咲も生まれたてだもんねぇ。色々興味あるよね」


「えと、何の話ですか?」


「美咲も外のほうが興味あるだろうって話。せっかく生まれたてなのに留守番ばっかはつまんないでしょ? 明日は学校休んで一緒にお出かけしよっかぁ」


 美咲がギョッとしたようにこちらへ振り向く。

 あ、視線が下に落ちた。でもすぐ目を合わせに戻ってくる。せわしない子だ。


「学校は休んじゃダメですよ。サボったら留年しちゃいます」


「大丈夫だよ。塾とか言っとけばいいし」


「え? クルミさん塾通ってたんですか?」


「通ってなーい。ニシシ」


 嘘ついて休むのだ。ずるいトコ見せて笑わせたかったんだけど、美咲は混乱気味に目をキョロキョロさせるだけだった。それくらい別に平気なのに、心配性な子だ。


「ウチの学校ゆるいからヘーキだよ。一日、二日くらいじゃどうってことないって」


「……そういうものでしょうか」


 そういうもんだねぇ。と言っておいて安心させる。お留守番ばかりで美咲を退屈させたくない、ってのも確かにあるけど。

 明日の約束、本当は私がそうしたいからそうするだけだ。

 だって。


「どこに出かけよっか?」


「どこって言っても、この辺りあんまりわかりません」


「そうだった。じゃあお風呂上がってゆっくり教えてあげる」


 だって、お出かけの予定を決めるだけでこんなにワクワクしてしまう相手は、きっと美咲以外には居ないから。



  ***



 美咲とお風呂に入って、湯船の錬成も済ませた後。

 美咲はタオルで頭を乾かされながら、小さなほっぺたをプクっと膨らませている。約束どおりネコ耳は残したままだったのに、今日もまたご機嫌斜めだった。


「話を聞いてあげますクルミさん。今日はなにを混ぜたんですか」


「パーティーグッズのねぇ、コウモリの羽!」


 美咲の眉がさらに不機嫌そうな角度をとる。

 せめて雰囲気を和ませようと元気に答えたのに、逆効果だったみたい。


「なら言い訳を聞いてあげますクルミさん。どうしてそんなの混ぜたんですか?」


「ち、違うの美咲。ちゃんとシズ姉にアドバイスもらってさぁ……」


「静寝さん……静寝さんまで! なんなんですか、もぉ! 私の周りは! ちゃんとした人居ないんですかーー⁉」


「おお!」


 美咲が声に怒りを滲ませて立ち上がる

 同時に腰のあたりから服がめくれると、そこから……。


 悪魔を思わせる漆黒のコウモリ羽が現れて、気まずい空気をバサリと打った。

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