やりすぎJK×猫耳ガール


 美咲はゴーレム。カラダはつちくれ。瞳はビー玉でできている。


 お出かけを終えてしばらく休憩し、食事まで済ませたら外はすっかり夜になっていた。


 シズ姉にアドバイスされたとおり、美咲をお風呂に入れる準備をする。

 バスタブには湯を張っておく。賢者の石と一緒に放りこむ材料は、何がいいだろう。


 まずは最初に美咲を作り出したときと同じ、ホームセンターで購入した土。そして筋肉や脂肪などを作るための鶏肉。野菜は栄養としての役割というより、体内のバランスを整えるのに必要なはずだ。


 食事はもう済ませてあるんけだど、錬成に突っ込んて栄養を得たらもっと効率よく人間に近づくんじゃないかと予想。我ながらよく考えている。


 あとなにが必要だろう。

 私は医者とか目指してないし、そもそも生物の教科が、ていうか勉強が苦手なので、人体についてはおおよそ常識的な範囲でしか知らない。

 でも美咲が万が一にも崩壊しないよう、出来る限りのことはしたいからな。


 シズ姉は、色々混ぜてみるのも良いと言っていた。カラダが丈夫になるんだとか。

 なにか丁度いいものはないかなと部屋の押入れを探す。すると、ずっと前のハロウィンで使った猫耳カチューシャが出てきた。去年友達と行ったなぁ。私も友達も恥ずかしさを捨てきれなくて派手にすることはできなかったけど、普段絶対しない変装はそれだけで夜を面白くしてくれた。


 ……よし。

 どうせ試さなくちゃ分からないなら。どうせ失敗してもまたお風呂に入るだけで直せるんなら……せっかくだし。


 ビー玉のときのように、可愛くなれそうな材料を選んでもいいよね?


  ***


 錬成が終わり、お風呂から上がったあとも美咲の不満はおさまらなかった。


 美咲をソファに座らせて濡れた髪の毛を乾かしてやる。他人の頭を拭くっていうのは難しいんだなと思った。


「クルミさん……あなたはまた。今度はなにをしたんですか」

「ゴメンゴメン! どうしても見てみたくてさぁ。でもカワイイよ?」

「カワイイとかじゃなくて――勝手に姉さん好みに改造されたら、困るんですよ!」


 思いきり怒鳴られてしまった。びっくりして手を引っ込めたその時――。


 タオルのずり落ちた頭から、ネコ耳がピョコンと立ち上がった。




 美咲の頭に生えた耳は髪の毛とおなじ真っ黒な色をしている。外側だけじゃなく、耳の内側から伸びる細い毛まで再現されているのは意外だった。

 しかも美咲の尾てい骨からは、おまけのように尻尾まで生えている。猫耳っ子、密かに憧れてた存在が目の前にいる。耳そのものも大きくなっていて、撫で心地がとっても良さそう。

 猫好きの血が騒いでしまう。


「ねえ美咲。撫でてみていい?」

「……ヤです!」


 当たり前だけど、美咲はまだすこぶる不機嫌だ。

 尻尾がウニャウニャと左右に揺れて、手を近づけると三角の耳がうざったそうにピンっと跳ねる。その反応も猫によく見られるもので、一層興味をそそられる。

 うむむ、なんとか触れないかな。


「でも、シズ姉だって言ってたでしょ。カラダを早く丈夫にするために色々混ぜるのは良いことだって。本当に効果があるのか確かめないと、でしょ?」

「……んんんん」


 美咲が悩ましげにうなりながら眉をひそめる。

 ソファの上で体育座りして足元に尻尾を巻きつける様は、本当に猫ちゃんみたいだ。


「……分かりました。すぐ済ませてくださいね」

「もっちろーん! できるだけ痛くないように撫でるから、我慢してね」

「我慢って……本当に優しめに触ってくださいよ」

「大丈夫。よく猫ちゃん撫でてるから我ながら上手だし、むしろ気持ちいいくらいだと思うよ」


 ヘッ。と美咲が嘲るような笑みを見せた。うわぁ憎たらしい顔、私が悪いんだけど。

 でも耳がピンと立っててカワイイ。こっちしか得してなくて申し訳なくなる。

 とりあえず許可をもらえたので膝の上に美咲を乗せて、ナデナデの準備を進める。


「最初に言っときますけど、自分で撫でるの上手だとか言っちゃう人ってのは正直信用ならないです。どうせ適当にグリグリやって楽しむだけでしょう? 第一、クルミさんがこれまで撫でてきた猫だって本当に喜んでたかどうか分かったもんじゃありません。そもそも人間に猫の気持ちが分かるんでしょうか? クルミさんには分からないでしょうけど、仮にも猫耳を生やした今の私ならなんとなく猫の気持ちが分かります。敏感な耳を意味もなく撫でられるなんて、想像するだけで御免願いたいくらいです。ただでさえこちらの準備が整っていないのに、たかが人間側の気まぐれで遊ばれたくらいで猫が喜ぶわけンニャアァァァァ……」

「こしょこしょこしょー」


 なにか色々言ってたけど、いざ撫でたらすごく気持ちよさそうな声をあげた。わあ。毛がフワフワしてすっごく撫で心地良い。夢みたい。

 猫を撫でるときは耳そのものよりも周囲の頭皮を撫でたほうが喜ばれるものだけど、どうやら美咲も同じのようだ。


 まずは耳の裏側あたりを攻めてやる。黒い髪の毛の中へと指先を埋めて、最初だけ軽く爪を立てて掻いた。なんだかんだ言ってた美咲も悪い気はしないみたいで、目が蕩けてくのが、すごくカワイイ。

 今度は、皮膚を傷付けないよう爪を立てるのをやめる。指の腹で頭をクシュクシュとマッサージするように指をしならせる。

 柔らかな毛が、指と指の谷間を滑る。こちらが撫でている側なのに、くすぐったくて自然と口元がほころんでしまう。


 そういえば猫がこれで喜ぶのって、ただ痒いだけだからなのだろうか。それとも――どんな感じなのか気になって、美咲はどうなのか、聞きたくなって。とにかく夢中で続けていると。


 不意に、美咲の背筋がゾクリと震えた。


「ふぅッ――」


 吐息が、熱のこもったものへと変わる。

 サァッと。美咲を撫でている手の血流が、涼しい余韻を残して去っていった。


 いくら猫をよく撫でてコツを掴んでいるとはいえ、こうはならないはずだけど。

 もしかしたら、耳の感覚が敏感にできすぎてしまったのかもしれない。

 想定してた反応とかなり違いっていてビックリする。思わずナデナデの動きを止めた。


「美咲……?」

「んん。もう終わるんですか?」


 平気かどうかを聞きたかったんだけど、それを尋ねるより前に美咲から返事がきた。言葉だけじゃなく、私の手に、グリグリと頭をこすりつける形で。

 猫が甘えるときの仕草と同じだ。もっとやれとねだっている。


 変な反応をしていた気がするけど、どうやら嫌そうにはしていないし、普通に喜んでいるだけみたいだ。じゃあ美咲が願っているとおりに続きをしてあげたって大丈夫だろう。多分。

 今度は耳よりも内側の頭をマッサージしていく。ここも猫が嬉しがる場所だ。


「んッんん、んー」


 美咲はゴロゴロと喉を鳴らすかわりに、甘えるような声を上げた。

 相変わらず気持ちいいみたいで、それ自体は良いんだけど――そんなおかしな反応されると、まるで私がイケナイ事をしているんじゃないかっていう気がしてくるから困る。

 続けていいのかと不安にもなる。程々で終わらせておこうと考えて力を緩めていくけれど、美咲がこちらの意図に気付いてまた頭をグリグリと擦りつけてくるから、やめるにやめられない。


 撫ですぎて髪の毛がボサボサになってしまっているのが気になった。せっかく真っ直ぐで良い髪なのに、このままじゃもったいない。空いた手で乱れた毛をなおしてやると、元からついている方の、人間の耳がチラリと覗いた。

 腫れてしまったように真っ赤な、小ぶりでカワイイ形の耳だった。ほんの少し目を奪われる。


「まだしたほうがいい? 美咲」

「もう、ちょっと……お願いします」

「おっけ」

「あッ! そっ――こ」


 猫耳の穴をクシクシとお掃除してやると、幅の狭い肩がビクリと跳ねた。お掃除と言ったって耳穴にゴミが溜まっていたわけじゃないけど、こうして撫でられるとやっぱり気持ちいいみたいだ。

 複雑に入り組む耳介の中を指先が滑るたび、美咲はなにかを堪えるようにビクビクと反応しながら、カラダを縮めていく。

 それでも押さえきれないという風に漏れ出す声は、子犬が甘えるときに出すクゥンという切ない音に近い。そのまま放り出したら可哀想にさえ思えて、この子が満足するまで優しくしてあげたい気分にさせる。


「んん。クルミさん」


 私の名前を呼びながら、丸めたカラダをこちらへと預けてきた。

 そろそろ何かのラインを超えてしまいそうなダメな予感がするのに、もう自分でも止められなさそうで、本格的に困る。


「美咲、体勢変えよう。膝枕するよ」

「あの、まだ続きを」

「大丈夫だから。ほら、こうやって」


 美咲のカラダを誘導して、膝の上に横たわらせた。

 この体勢なら、人と猫の耳の穴、どちらも奥までハッキリ見えて、ナデナデがさらにやりやすくなる。

 全体が真っ赤になってしまった美咲の顔は、私のお腹側に向けられた。誰かに見られたらかなり恥ずかしい表情をしているけれど、美咲のほうはもう隠す余裕もないみたいだ。

 薄っすらと開かれた目からビー玉の瞳が覗く。水がこぼれてしまいそうなほど潤みをたたえた瞳は、期待に満ちた視線をこちらへと飛ばして、私の胸を貫いた。

 ほんの少し、ゾクッとする。



 耳のてっぺんに立つ毛先を、焦らすような、ささやかな触りかたで撫でる。美咲がくすぐったそうに身をよじらせるのが面白くて、もっとその反応を見たい、と意地悪な感情が生まれて、自分でも無意識に唇を舐めた。

 舌なめずりを美咲に思いっきり見られて、マズったと思ったけれど。美咲はむしろそれを真似するみたいに、続きを催促するみたいに。ちっちゃな舌で上唇を舐めた。


「なアァァァ」

「やっぱこっちも気持ちいいんだねぇ」


 それまで堪えていた声がいよいよ猫っぽいものへ変わる。

 右手で耳をやわく揉みしだきながら、左手で撫でたのは予想外に生えてきたおしりの尻尾。その付け根あたりをスリスリしてあげる。


 ピンッ、と。それまで自然な形で垂らされていた尻尾が真っ直ぐ立ちあがった。美咲はウズウズと身を震わせながら胎児のポーズに縮こまる。


「ずーっと敬語だったから、しっかりした子だなぁと思ってたんだけど。意外と甘えん坊っぽいところもあるんだねぇ」

「これ、は。クルミさんが猫耳つけるから」

「そうだったね。でも私は甘えられるの嬉しいよ」


 ずっと敬語だったってだけじゃなく、美咲は生まれてすぐから遠慮がちな性格だったみたいだし、たいして私は姉として正直力不足で、自信はあまり無かったんだけど。だからこそ、こんなに素直な姿で甘えてくれるのが本当に嬉しい。


 ポンポン、と尻尾の付け根あたりを優しく叩いてやると、美咲が興奮気味に目を見開いた。潤んだビー玉の瞳がキラリと光を反射して、命の輝きを感じさせる。


「ちょっとお尻が遠いからさぁ。もうすこしずれてもらっていい?」

「……はい」

「あ、そこ丁度いい。上手だねぇ」


 膝枕の姿勢から、美咲は私のお腹へと顔を埋めるように身をひねる。

 ピンとした尻尾は誰かが引っ張ってるみたいに真上へと伸び、美咲のお尻もそれにつられて少し浮き上がっていた。


「ンンーーッ、ンッんッ」


 相変わらず猫っぽい声を出しているけれど、私のお腹に顔を埋めているせいで今はくぐもって聞こえる。

 美咲の口から漏れる細かい振動がお腹の奥へと響いてきて、くすぐったいような、むず痒いような感覚を覚えた。

 耳への刺激も同時に行ってやると、振動はさらに強くなって私の奥を揺さぶる。手じゃ届かないところのむず痒さが加速して、なんだかこっちまで耳が熱くなってきた。


 美咲の反応を見ながら一番うれしそうなポイントを探す。背中も撫でてみたけど、やっぱり見た目にも猫の特徴が出てしまっている尻尾や耳周辺のほうが、それも、よりたくさんの箇所を同時にやるほうが良いみたいだ。


 両手で美咲の頭を抱えるように、両耳を一度にまんべんなく撫でた。

 力を少しずつ強くしていくと、美咲がギュッと腰に抱きついてきた。手を休めることなく執拗に繰り返すと、猫っぽい声が徐々に激しさを増す。

 美咲はなにかを我慢するように、私の背中がちょっと痛くなるくらい爪をたてる。これも猫とおんなじ仕草だ。

 つまり、もっとしてほしいって事。



 この子が最高に喜ぶところは、耳の付け根と尻尾の付け根。

 トントンと尻尾のあたりを叩きながら、耳あたりに軽く爪を立てて掻く。

 美咲がみせる反応や、私の背中に立てられた爪の強さ。それぞれを参考にしながら撫でる加減を調整して、美咲をもっと心地いいところまで連れて行ってやる。


 もっとこの子が素直になるように。もっと私に甘えるように。

 そうやって、必死に美咲の気持ちいいところを探って、繰り返し撫で付けてると。


「んァッ! あッあッぁ」


 ビクンッ、と。美咲が大きく反応して腰を浮かせた。

 驚きながらも、それまで単純作業を繰り返していた手は止まらなかった。

 尻尾の付け根を叩くたびに、美咲は全身をビクビクとこわばらせながら腰の高さを上げる。


 なにが起きているのか分からなくて、でもそれは美咲もおんなじだったんだろう。大変なことになっているのに、自分でもおねだりがやめられないというようにグリグリと私のお腹に頭を擦りつけてくる。


「ンンッ――」


 声を上げて、美咲がひときわ大きく身を仰け反らせた。熱いため息がお腹のあたりでくぐもって、その後、クタッと美咲の全身から力が抜けた。

 汗ばんだ頬に乱れてしまった黒髪が何本か張り付き、昼間の幼さからは想像できない、雰囲気の違う表情が覗く。小さな唇からは、溜まってしまった熱を吐きだそうとか細い吐息が繰り返された。



 これ多分マズイ。多分なんかやってしまった。

 この子の甘える様子があまりに嬉しくて、また突っ走りグセが出てしまった。


「あの、美咲?」

「んんー」


 心配して声をかけてみたけど、美咲の返事はただ気だるげでまったりしたものだった。

 疲れてしまったらしい。結構な反応だったし、当たり前か。


 こんどは刺激しないよう、ゆっくりと頭を撫でる。美咲はただの膝枕へと体勢を変えて、眠たげな目でこちらを見上げてきた。


「んーっとぉ。とりあえず眠くっなちゃっただけかな?」

「……はい。ねうい、です」


 呂律がまわってない。ちゃんと返事を言いなおす余裕もないみたいだ。

 試しに頬を揉んでみる。「むぃ」と間抜けな声を出すだけで、やっぱり抵抗する気配もなかった。


「ちょっと早いけど、もう部屋に行って寝ようかぁ、立てる?」

「むりです」


 さっきの余韻が残っているのか、また甘えるように私の服をつまむ。

 そうされるとまた暴走しちゃいそうだから怖いんだけど……私がちゃんと我慢すればいいのか。

 というか今のはやりすぎだ。暴走する前にちゃんと我慢しろよと、遅れて反省する。


「抱っこしなきゃダメか。私、美咲もてるかなぁ」

「がんばってくらさい」


 自分じゃもう一切起きる気はないみたいだ。このくらいの子の眠気ってすごいもんなぁ。


 さすがに縦で抱えられるほどの身長差はないから、お姫様抱っこでなんとか持ち上げた。

 美咲は持ちやすいようカラダを丸めて、私にしがみついてくる。

 あんまり力には自信ないし、子供とはいえ重たい、重たいけど……。




 私の身勝手で生み出した、私のゴーレムちゃん。

 この子が私を頼ってくれるなら、お姫様抱っこくらいはまだまだ軽い。

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