おでかけガール×岩古座堂
冷えた水で真っ赤になった顔を洗い、ついでにさっぱりしたところで、クルミさんが「お出かけしよう」と提案してきた。
「どこにいくんですか?」
「んー、色々。美咲に必要なの揃えないと。とりあえず着るものは買わないとね。私のおさがりじゃダボダボだし、落ち着かないでしょ?」
言われて自分のカラダを見下ろす。
くたびれたTシャツは、子供のカラダには大きくて首周りはゆるく、肩からずり落ちていきそう。ショートパンツも、紐をギュッと引っ張ってようやく腰をつかむほど大きい。
どっちもクルミさんからかしてもらった服だ。でもとても外に出れる格好じゃないし、家の中で過ごすにしてもサイズが違いすぎて、言われたとおり全然落ち着けない。
これから生きていくなら、自分の服は欲しい。絶対に欲しいんだけど……。
「買ってくれるってことですよね。でも悪い気がします……」
頼みもしないのにゴーレムなんて作ったんだから服を買ってくれるのは当然。という気はしないでもない。けど、だからってそのまま好意に甘えるのは抵抗がある。もどかしい。
我ながら生きづらい性格で生まれてしまったみたいだ。どうせならもっと賢く、さっぱり割り切れる性格で生まれていれば、こんな状況でももうちょっと楽に暮らせるのに。
「心配するなってえ。テキトーにやっすいやつだけ買ってあげるから大丈夫だよ! ニシシ」
「やっすいヤツ言われると、それはそれで腹立ってきますね」
ゆるい高校生がまた屈託のない顔で笑う。
こっちは他に頼る先のない子供だぞ。もっと大事にしろ。
「じゃ早速いくぞー! ついてこーい!」
「ちょちょちょちょちょ。止まってください! ストーップ!」
ガシッと手をつかまれて玄関へ引っ張られた。
こっちは外に出れるような格好じゃないってお互い分かってるはずなのに、そのまま連れ出すつもりか? この人、行動が突発的すぎる。
「待ってます! 私家で待ってますから! このままじゃ外出れません!」
「あー、ははは。そうだったねぇ。じゃなにか他の服を探してこよっかぁ」
本当に頭から抜け落ちていたようだ。性格がせっかちだからなのか、天然だからなのか、判断つかない。
クルミさんは「ちょっと待ってて」とだけ言って、代わりの服を探しに自分の部屋へと戻っていく。
どうしても一緒に出かけたいみたいだ。身長差けっこうあるけど、私が着れるものなんてあるんだろうか……。
***
クルミさんのお家から出てしばらく歩くと、徐々に建物が増えて景色は街っぽくなっていく。住宅街を抜けて大きな道路に出たころには、大きなお店や全国チェーンの店とかががちらほら立ち並ぶような場所までこれた。
「最初はどこに行くんでしたっけ」
「古道具屋さんだよ。私の行きつけの場所。こっち」
言いながら、道路の一方を指差す。クルミさんの言う古道具屋さんは、私を作り出した『賢者の石』が売られていたお店とのことだ。私の身体についてまだ分からないことばかりだから相談にいく。石を売っているとこの店主なら、なにか知っていることがあるかもしれない。
「あんまり目立たなくて済みそうで、良かったです」
「そんな気にしなくても大丈夫だよ。それより手つないでほら」
長い袖をまくって、差し出された手をつかむ。
家を出る前、クルミさんにはパーカーをかしてもらっていた。
膝の上まで隠れるほど丈は長かったけど、むしろワンピース丈のパーカーっぽくなって、意外と違和感なく着れた。袖の長さは誤魔化せないから、手で袖口を掴んで持っておく必要はあったけど。ついでに髪は低い位置でおさげにまとめてもらって、クルミさんに可愛いと褒められた。一応この格好なら、外を出歩けないってほどじゃない。
クルミさんとつないだ手がわずかに振れるたび、余裕のある袖口から子供の細い手首が覗く。
上着をかりたことで、彼女と私の大きさの違いを直接比べられたような気がして、ちょっと恥ずかしくなった。
「ニシシ、なんか妹できたみたい。せっかくお出かけだし、美咲からなにかリクエストある? アイスでも食べよっか?」
「アイスっ……いや、いいです! それより新しいお洋服のが欲しいです」
「ちょっと反応したなぁ。じゃあ古道具屋さんの用事がすんだら、一回アイス食べにいこう」
欲しいなんて言ってないのに、道中の予定が増えてしまった……彼女なりに気を使ってくれたのだろうか? でも、この人ゆるいからただ自分が食べたかったようにも見えるし、よく分からない。少なくともこっちからワガママ言ってしまったわけじゃないんだから、気負う必要はないよな、ということにしておく。
クルミさんの冷たい手は、生まれたてで右も左もわからないゴーレムを真っ直ぐに引っ張っていく。
服を買おうと言われたときは、まだ後ろめたさがあったんだけど、クルミさんの態度がずっとゆるいせいで、なんだか遠慮するのも馬鹿らしくなってしまう。
「ふう……」
「あれ、もう疲れた?」
「いえ、なんだか力が抜けただけです」
「ふーん?」
ため息ついでに、足元へと視線を落とす。クルミさんはずっとハキハキ歩いているように見えるけど、実際のところ歩幅はそれほど大きくないことに気付いた。
私は人間じゃないから、学校も家もなくて、これからどう生きていけばいいのか正直さっぱりで。先のことを考え出すと、子供の頭じゃ何も良いことなんて思い付かない。きっと大人の脳みそがあったとしても、ゴーレムとして生まれてしまったら、不安なんていくらでも湧いてくるんだろう。
……なのに、このひとが迷いなく手を引いて、子供のペースにあわせて歩いているというだけで、どこか安心感なんて覚えてしまう私は、少し楽観的すぎるだろうか。
***
大きな通りから外れてすぐ。ごちゃごちゃと色んなお店が並ぶ、中規模な区画の中。そこに古道具屋さん、『
両端に取っ手のついた扉は、どっちを掴んで開ければいいかもハッキリしない。クルミさんは慣れた様子で右の取っ手を掴み開けて、店の中へと入っていく。
「あらー。クルミちゃんいらっしゃーい」
「シズ姉ぇ! ちょっとぶりぃ!」
「ちょっとぶりー。クルミちゃんは相変わらず元気だねー」
「シズ姉が静かすぎるんだよ」
奥のカウンターで座っていた、シズ姉と呼ばれた女性が挨拶を返す。
古い家具やインテリアなどが並べられた店内は、外からみた印象と比べ意外に広かった。ごちゃごちゃと多様なお店が集まる区画の中に、こんなスペースがあったなんて。どこか、隠れ家に入り込んだような気分になる。
「あれー。クルミちゃん、その子どちらさん?」
「そうそう、まず紹介しとくね。美咲、このひとが店主の、
「静寝さん……んと、はじめまして」
「はーい。はじめまして美咲ちゃん」
まったりと挨拶をくれたお店の店主、静寝さんは、どこか不思議な雰囲気の女性だった。
鼻筋の通った顔立ち。でもウェーブがかった長めの髪が顔の輪郭にかかってどこか気だるげ。眠たそうな目をしているけれど、瞳の奥には静かな輝きがある。
それに高校生であるクルミさんの両親の友達だって聞いてたのに、イメージよりずっと若い。三十歳前後に見える。
気だるげで眠たそうな顔をしているのに、その若さや瞳の輝きからは、溢れるばかりのエネルギーを感じる。
まったりしていて、でも力強い。だから不思議な雰囲気があるだろうか。
「んー。なんだか美咲ちゃん、不思議な感じするねー。どこの子かな?」
「え? えーっと、どこの子っていうか……」
なぜかむこうからも不思議に思われてたみたいだ。
それよりも、「どこの子か」と聞かれたら返事に困る。ゴーレムなんだけど、どう言ったらいいんだろう。
「美咲はうちの子だよ。私の妹!」
「へっ?」
思わず変な声出た。ナチュラルに妹として紹介したなこのひと……。
「妹かー。いや、クルミちゃんとこは付き合い長いけど、妹いたのは初耳だよー。どこから来たのかな。どこで出会ったのかな。フフ、なんだか今日はいい予感がするよー。不思議だねー」
眠たげな目がまっすぐ私を捉える。なにか観察されてるような気がして、緊張する。でも今度は顔を赤くしちゃいけない。また恥ずかしい目にあわないよう、へ―ジョーシン。平常心。
「し、静寝さん? えーっと」
「あんまり気にしなくていいよ美咲。シズ姉はいい人だけど、見たとおり変わったひとだから!」
「元気よくいうよねー。でも今は、君らのほうがよっぽど変わってるよー。ねえクルミちゃん聞いていいかな? この子、美咲ちゃんの瞳は綺麗すぎる。このビー玉みたいな瞳は、気になるねー。なにか相談したいことあるんじゃない?」
相変わらずまったりとした口調だけど、そのセリフはさすがに引っかかった。
静寝さんは、私の瞳がビー玉でできているのに気付いている?
そのことはまだ言っていないのに。まだ会って、数分なのに。このひとには今、なにが見えているんだろう。
「シズ姉は鋭いよねぇ。まぁだから今日も相談したくて来たんだけどさ、聞いてもらっていい?」
「もちろんいいよー。昔からよくクルミちゃんのお話聞いてるでしょー」
「今日のはかーなーりー変わってるんだよ。んじゃおいで美咲。こっち座ろ」
「――はい」
クルミさんに勧められるまま、私たちはカウンターに用意された椅子に腰掛ける。静寝さんも向かいに座ってまったりと構えた。きっと彼女らは、いつもこうやってお喋りしているんだろう。
「んじゃあシズ姉。この子、美咲のことなんだけどさぁ――」
そしていつものゆるい調子で、特に重要なことでもないみたいに。クルミさんはこれまでのことを静寝さんに話しはじめた。
***
「フフフ。今回はすっごいねー、ゴーレムちゃんかー。いや賢者の石はたしかに売ってるけどさ、本物だったんだねー」
「いやビックリしたよぉ! ねぇ、美咲も起きた時ビックリしたでしょ?」
「はい。起きたときはクルミさんに大声出されてびっくりしました」
クルミさんと違って、今も静寝さんは落ち着いてるけど。
静寝さんは話をしているあいだも、まったく動揺する様子はなかったし、信じられないという態度も見せなかった。この人、ビックリすることあるんだろうか。
「とりあえず話は分かったよー。じゃあよっぽど困ってるよねおふたりさん。お姉さんがバッチリ助けてあげよー。とりあえずどうして欲しいのかな?」
「えっとねぇ。聞きたいことも、お願いしたいこともいっぱいあるかな。食事はどうすればいいのかとか、どうやって動いてんかとか、そもそも土でできたカラダが急に崩れたりしないのか、とか。あとぉ」
一度にそんな喋ったら困らせるだけだろうに、クルミさんときたら……ん?
「ちょっと待ってください! 今、カラダが崩れるって言いました?」
「ん? うん。いやでも、もしかしたらって話で――」
「どういうことですか! 私はそんなの聞いてないです!」」
聞き捨てならない言葉に思わず食いかかった。カラダが崩れるなんて。
生まれた事の有り難みさえ私にはまだ分からないけど。むしろ、何も知らないからこそ、死んでしまうのは恐ろしい。
「いや、そう決まったわけじゃないよ。見たところ意外に安定してるし。でも、ひょっとしたら危ないかもと思って」
「それにしたって話が急すぎますよ! 私はそんな心配ないと、てっきりクルミさんがキッチリ作ってくれてるんだと思って――」
パン、と静寝さんが両手を叩いて、騒がしい子供ふたりを静める。高い音にちょっとびっくりして、私もクルミさんも彼女のほうに目をむけた。
「はい落ち着いて。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ、ふたりとも」
静寝さんの口調だけは相変わらずまったりとしたものだったけれど、雰囲気は、さっきまでと違っていた。
昔なじみであるクルミさんの願いを聞いたからだろうか。
今の彼女は、眠たげな目の奥にさらに強い輝きを宿している。ウェーブのかかる気だるげな髪をかきあげれば、息をのむほど造形の良い顔が露わになった。思ったより高い背丈が椅子から立ち上がると、スッとこちらに手を差し伸べ、私たちの不安をかき消すように。
まったりとしていた声色に、ひとつ芯を通らせた。
「心配しなくても、大丈夫。美咲ちゃんの安全も、どうやって暮せばいいかも全部どうにかしてあげる。せっかくゴーレムちゃんなんて面白い子に会えたんだもん、遊びに来てもらわなくちゃワタシが困るわ。賢者の石に土塊のカラダ、それにとってもキレイなビー玉の瞳。ワタシはね、そういう不思議は大好きよ。これがあるから、岩古座堂は不思議なものばっかり集めてるんだもの。それに他ならぬクルミちゃんのお願い、ワタシが見捨てるわけがない。あなた達ふたりが心配なく暮らせるようにしてあげる。あなた達ふたりが、もっと世界に不思議を紡げるように。そしてたっくさん遊んだら、どんな素敵なことに出会えたか、ワタシにこっそりお話してね」
静寝さんは、私たちを助けてくれる、とハッキリそう言い切ると。眠たげな目をさらに薄めて、まるで、カワイイ妹たちを見守るように、ニッコリと柔らかな微笑みを見せた。
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