観察JK×ビー玉ガール
美咲とお話しをしながらもジッと観察してみたけど、特になんの異変も起こらなかった。
錬成できたのはたまたまだったから、急に体が崩れて土に帰ったりするんじゃないかと警戒してたし、覚悟もしてたのだけど。どうやら安定して人間を保っているようだ。
美咲が、ココアのカップを両手でしっかりと包み、アゴ先を高めにあげてコクコクと中身を飲み干していく。
なにその仕草、かわいい……じゃなくて。
今は平気そうでも油断はできない。
成功は予想外だったけど、せっかく生まれてきのだ。間違えても死なせないようにしなければ。
この子がいつまでも人間らしさを保てるように。何が必要かを知らなくちゃいけない。
なるべく間近で、細かく、多くの仕草を観察しなきゃ。
***
クルミさんの話によれば、この体は全部、土でできているらしい。試しにお肌をスリスリしてみる。
うん。土とは到底思えないくらい滑らかだ。
「けっこう人間っぽくできちゃうもんなんですね」
「ふふふ、気付いたね。実はちゃんと人体ができるように、土以外にもいっーぱい材料を探してさぁ、それらを混ぜてあるんだぁ」
創造主様が得意げに腕を組んでふんぞり返ってる。彼女に従うゴーレムとして、おだてたほうがいいんだろうか……でも、別に忠誠心が湧いてくるわけでもなく、尊敬するところもまだ見つけてないからなぁ。
うん、やらなくていいか。
そんなことより、今他にもいっぱい材料を混ぜたと言った?
「まさか、賢者の石に並ぶような材料が他にもあるんですか?」
だとしたら、そっちのほうが驚きだ。
「美咲ちゃん、いや美咲には知る権利がある。あなたの体が何でできているか教えてあげよう! じゃまずはこれー、ちょっとまってね」
クルミさんが、どこからかビニール袋を取り出してガサガサまさぐりはじめた。賢者の石という伝説級の一品。それと同等のものがいっぱいあって、しかもそれらで私の体は作られている?
だとしたらすごいことだ。どんなアイテムが出てくるかワクワクしてきた。
「これがあなたの骨を作った……カルシウムよ!」
「あ、それ知ってます。コンビニにあるサプリです」
伝説級からコンビニ級にグレードが下がった。あれ、大丈夫かな。冗談だよね。人体を作るものですよ?
「まって! お肌をピチピチにするコラーゲンもあるよ!」
「分かります、それ同じ棚に並んでるやつです」
まって! ていうからちょっと待ったのに、見せられたのは似たようなサプリだった。そもそも骨や肌を作るからって、カルシウムとかコラーゲンで出来るだろうか? 絶対間違えてる気がする。
「そしてこれが……! これはチョコレート」
「ついでに買ったんですね」
きっと食べたくなったんだろう。自分用のおやつも、ついでに用意したんだ。サプリを探すのに飽きて。
盛り上がっていた期待が急激にしぼんでいく。うぅ、私の体はサプリでできている……。
「ていうか、人体なんてただでさえ大変なもの作るのに、なに近場のお店で済まそうとしてるんですか。ちゃんと私の体をつくるもの探してくれてました?」
「探したよ! 探した探した! まってて、今度のは大事なやつだから」
クルミさんが今度はテーブルの下に手をのばす。新しく引っ張り出したのは、またしてもビニール袋だ。
どうしよう、ダメな予感しかしない。
「これが美咲の太ももを作るために買った、鶏のもも肉」
「思いっきり食材に寄ってきましたね」
育てて食べるつもりだろうか。この人と一緒にすごすのはヤバい気がしてきた。カニバリズムされるかもしれない。まぁ私はゴーレムだから、土食うことになると思うけど。
「美咲の胸は、鶏むね肉!」
「だからスーパーでついでに買っただけじゃないですか! 夕飯の買い出ししてたんでしょ⁉」
夕食用にはなんのお肉を買ったんだろう。なんなら隣に並んでそうだ。この人さては、探すというよりは目についたもの適当に買ってるな?
「ゴメンゴメン。でもスーパーだけじゃないんだよ。実はちゃんと考えて、遠くにも探しに行ったんだから」
クルミさんが自信ありげに胸をはる。
あ、良かった。さすがに今までのは冗談だったみたいだ。どれくらい遠くへ探しに行ったかは知らないけど、真剣に考えてくれてたなら、まだ次の素材に希望がもてる。
「せっかくだからクイズ形式にしよう。美咲のその髪の毛、なにを素にしたと思う?」
「髪の毛ですか? うーん……」
自分の髪の毛をいじってみる。黒髪で、鎖骨が隠れるくらいの長さ。とても真っ直ぐで、切りそろえられた毛先。やけに整っている、という感じだけどなんだろう。
これまでのテキトーなパターンから予想すると……。
「エクステとかですか?」
「あー、残念! 正解はねぇ」
いそいそとまたテーブルの下に手を伸ばした。出てきたのは、市松人形?
「人形の髪の毛、むしって頭に植えといた」
「なんてことしてんですか!」
ただでさえホラーな話がつきまとう人形なのに、毛をむしるなんて。絶対バチがあたる。
いや、むしられた髪の毛は私の頭から生えてるわけで、じゃあ呪いが降りかかるとしたら私のほう?
「ほら、エクステじゃ髪型固定されそうじゃん? やっぱ伸びたほうがいいよね。この市松人形、髪の毛伸びるらしいから」
「もう絶対呪われてるじゃないですか!」
手遅れだった。すでに私の髪の毛は呪われている。
禿げあがった市松人形がこちらを睨みつける。恨めしげな表情に思えるのは気のせいだろうか……うぅ、すごく怖い。夜中とかに髪の毛とりかえしにきたらどうしよう……。
「呪われるなんて、そんな怖がらなくても大丈夫だよー。ちゃんと焼いといてあげるから」
「お焚き上げって言ってくださいよ。ただ焼いたらよけい呪われそうじゃないですか」
もっと気遣ってあげてほしいのに。人形は、所詮ただの作り物だと割り切れるひとなのかもしれないな。私はこんなに怖いの苦手なのに。
いや、たとえ霊魂を信じない人でもこんな恐ろしいことそうそうしない。クルミさんは平気なんだろうか?
――まぁ、平気なんだろう。
きっと怖いもの知らずなひとだからこそ、ゴーレムなんて作ろうと思ったんだ。
「それにしても、よくそんな大雑把な素材で私の体作れましたね。錬金術って万能すぎませんか?」
「私は大したことしてないんだけどねぇ。お風呂にお湯ためて、土と賢者の石を一緒に混ぜただけー。全部石の力のおかげかも」
「じゃあクルミさん、なにもしてないじゃないですか。創造主なのに……」
なんて頼りない。てっきりすごい力の持ち主かと思ったのに、ただただ石のおかげだったなんて。本当に創造主と呼んでいいんだろうか。
「んーでもさ。美咲の錬成で一個だけ、私がうまいこと作れたところあるよ」
「……どこですか?」
「それ――」
どこか答える前に、クルミさんがテーブルに身を乗りだしてきた。
上目使いでジィーっと私の顔を覗き込み、なにかを観察している。
えっと、突然なんだろう? よく分かんないけど、なんとなく動いちゃダメな気がする。
さっきまでのお喋り声がなくなって、リビングが急に静かになった……しかも、クルミさんがなかなか目線をそらしてくれないから、よけいに緊張感が増す。
何秒かは我慢できたけど、睨まれすぎて逃げ出したくなってきた。
目玉だけがキョロキョロと泳ぐ。クルミさんは何をそんなにみてるんだろう、どうしたらいいのか分からなくなる。
「……上手くできたのはその、キレイな瞳。ほら、本とかでよく『ビー玉のような目』って表現が出たりするからさ。私それ好きだったから、美咲を作るときにビー玉も混ぜてみたんだよね」
「そういう表現があることは、いちおう知ってますけど……」
「うん。予想以上に、よくできた」
ということは、私の目はビー玉でできているってことだろうか。
どんな瞳なのか気になって、ほとんど無意識にまぶたをさする。そうやって触れても見れるわけがないことに、遅れて気付いた。
「自分で確認してごらん。正直感動するよ」
「……どうも」
クルミさんが手鏡を貸してくれた。はじめて自分の顔をみる。
私の顔はクルミさんと違って、あどけなさのまったく隠し切れてない子供そのものだった。
市松人形と同じ、真っ直ぐな黒い髪。でも梳いた後のように軽く、野暮ったさはそれほどなくてホッとする。
クリクリとした目つきの奥にある、ダークブラウンの瞳は――自分で言うのはあれだけど。でもクルミさんの言うとおり、ビー玉のように綺麗だった。
滑らかな球体の表面に、自分の姿がハッキリ映る。
鏡と瞳のあいだを何度も光が反射して、どこまでも吸い込まれそうなほど透きとおっていた。
たしかに。ちょっと見惚れてしまうような目だった。
「もっかい私にもみせて」
「んえっ」
不意に冷たい手が重なって、体が固まる。
クルミさんは、お互いの視線を遮っていた鏡をどかし、さっきよりも顔の距離を近付けてきた。
静かな表情をしているときの、大人らしい雰囲気をしているときのクルミさんが間近に迫る。また会話がなくなって静かになったせいか、意識はクルミさんへと集中した。
無音がつづくと耳は細かい音まで拾いはじめる。スゥ、スゥ、という音がどこからか聞こえてきた。
自然と音源のほうへと目が向く。見ると、クルミさんが薄い唇からかすかな呼吸音を漏らしている。
ビー玉の瞳が釘付けにされた。
なんだか肩のあたりがウズウズする。意識しすぎだというのは自分でも分かっているけど、彼女がジッとこの瞳を観察しているから、目をそらすのはちょっとできない。
落ち着くためにひとつ深呼吸する。なるべくゆっくりはき出された空気は、クルミさんの顔へとあたってしまった。すると彼女は目線を変えないまま、反射のように私の吐息を吸いこんでいく。
彼女の中をめぐって、吐息がこちらへ返されてきた。ほんの少し温くなった空気を無意識に吸い込む。
スゥ、スゥ、と。何度も交換して――吸い込むものがすっかり温くなっていることに気づき、お互いがふと目を覚ました瞬間。
クルミさんの瞳に、真っ赤な子供の顔が映し出された。
「くく、クルミさんもういいですよね」
「あっ。もうちょい――」
返事を聞く前に手鏡を突き返した。観察を中断させる。
別に、クルミさんに対してなにか思ったわけじゃない。
だってあんなのしょうがない。間近で凝視されてしまえばだれだってああなる。だからこれはごく当たり前の反応だし、だからぜんぜん違う。ただ緊張して勝手に顔が赤くなってしまっただけで……。
あの顔、絶対みられてた。
「あれ? 美咲どこいくのー」
いたたまれなくなって席を立った。どこかの部屋に隠れたかったけど、家の構造なんてお風呂場以外知らないから、自然とそちらへ足が向く。
ひたひたと冷たいタイルを踏みしめ、バスタブのフチに手を添えてしゃがみこんだ。しばらく目をつぶって、深呼吸を繰り返す。
なんか、大声出して発散したい。
けどそんなおかしな行動できないし。とにかく落ち着く方法がなくて、縮こまったままモジモジと体をゆさぶった。
なんとなく、いまだに水で満たされたままの水槽を覗き込んでみると、水面には、さっきよりもっと情けない赤ら顔が映し出されていて。
「ぁぁわゎゎゎ……」
思わず、冷めきった水で顔を叩いた。
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