Take Free

みなも書房

come true (『夢-Traum-』by源 仙)

 未来のぼく  

                            三年二組 胡桃木将志

 ぼくの将来の夢は、公務員です。公務員には二種類あり、国家と地方とありますが、僕の場合は、地元に密着した働き方ができる、地方公務員になりたいです。市役所や区役所で働き、地域住民の社会貢献をしたいです。

 公務員の利点はいくつかあります。例えば、一つ目に、安定しているということが挙げられます。(中略)だから、ぼくは将来、公務員になって、地域と、家族のために頑張って働きたいと思います。


【具体的に書けていて非常に良いですね。夢の実現に向けて頑張りましょう。先生も、応援しています】



「三樹先生ー! 三樹先生いますかー!」

 声がする。

 喧騒、とまではいかないけれど、そこそこ人の出入りがあって騒がしい室内で、その声はよく通る。それもそのはず。職業柄、むしろ声が通らなくては困る人種なのだから。

 放課後の職員室。部活動の指導などでいない者もいるが、ほとんどの教員がおのおの机につき、仕事をこなす残業タイム。僕も日課である学級日誌コメントを書いていた。呼ばれた声に反応して手を止め、席を立つと、電話の元へ。四台ある内線電話のうち、一番遠いものだったので、小走りで。

「はい、なんでしょう」

「事務から内線です」

 受話器を渡されて礼を言う。相手の見当は大体ついているので、羽織ったジャージのポケットからメモ帳とボールペンを取り出しつつ、近くの椅子に座って電話に出た。

「はい、お電話替わりました、三樹です」

『胡桃木さんの保護者から外線です。お願いします』

 ガチャ、と音がして切り替わる。

「もしもし、お電話替わりました、三樹です。お世話になっております」

『いつも息子がお世話になっております、胡桃木将志の母です』

「連絡ありがとうございます。それで、本日はどうされましたか」

 相手に顔が見える訳でもないが、出来るだけにこやかに話を切り出すと、胡桃木さんは言葉を選びながら事情を話してくれた。

 学校からかかってくる電話に良い話はあまりないが、逆もまた然りである。胡桃木さんのテンション的にあんまり嬉しい話ではなさそうだ。将志は確か、今日は欠席になっていたはず。何か家庭で問題でもあったのだろうか。

 相槌を打ち、メモを取りながら話を聞く。曰く、今日の欠席は【体調不良】としていたが、実際は違ったらしい。

『熱などあるかと思いまして、部屋に入ったら……あの子、ゲームしてたんです。で、何で学校行かないの、って聞いても、眠いとかなんとか言って聞かなくて……すみません』

「成る程、そういうことですか」

『あの、先生からも言ってやってください。どうせ怠けているだけですから、先生に叱っていただきたいんです』

 叱ってやってときましたかー。

 受話器を持ち直しつつ、空いた手で頬を掻く。うーん。

 生徒の規範意識を高めるのが教員の仕事であり、生徒指導でもあるが、流石に電話越しで叱れ、と言われても難しい。顔が見えないからやりにくいのだ。いや、顔が見えた所であまり叱りたくはない。生徒を叱りたい教員なんていないだろう。指導するにはそれだけエネルギーが必要なのだ。どれくらい叱って良いのか、どんな言葉で語らなければいけないのか、など気を遣うことは沢山ある。近年では子供を叱れない親が増えてきたと言われているが、ご家庭でやれることはご家庭でやって欲しい、というのが本音である。

『今、将志に替わりますね』

 話が早すぎる。胡桃木さんはこちらの返事も聞かぬまま、保留ボタンを押してしまった。流れるエリーゼのためにby電子音。前置詞byで合ってるかはともかく、ピコピコ音を聞きながら、何を言えば良いのか頭の中で言葉をざっと並べる。将志の言い分もあると思うので、パターン分けだけして決めておかないのがコツだ。偏見や決めつけで話をすることは絶対にやってはいけないので、まずは状況確認だ。

『もしもし、』けだるそうな不機嫌な声。将志だ。

「もしもし、三樹だけど。将志か?」

『センセ、何?』

 対面していたら半眼で怪訝な顔をしていそうだ。脳内将志で補完。うん、何? って切り出し方は失礼だな。あとタメ口止めなさい。

「いやさ、お前、今日体調不良で休みだっただろ。心配してたんだ。具合はどうだ?」

『具合……? 別に、普通』

「普通かぁ、そうか。じゃあ、明日は学校これそうか?」

『あぁ、まぁ……』

 ごにょごにょと、声未満の息が受話器をくすぐり、くぐもった音がする。学校に来る、という言葉がどうやらキーワードらしい。手持ち無沙汰から回していたボールペンで【学校来たがっていない?】とメモ。もう一押しだな、と言葉を選んで口にする。

「今日は早く寝て、体調管理しろよ。明日は元気な姿見せてくれ」

『……センセ、別にオレ、めっちゃ体調不良とか、そういうんじゃないんで』

「ん? どういうことだ?」

『朝起きれないんす。今日も起きたの十一時とか』

「十一時、」かかった。内心で小さくガッツポーズしつつ、言葉はいたって冷静に「ちょっと遅すぎやしないか。お前、何時に寝てるんだ」

『えっと……四時、とか?』

 遅すぎだろ。夜っていうか朝だし。

「そんな時間まで何してるんだ」

『どーが見てたんす、どーが』

 【動画の見過ぎで夜更かし。朝起きれない】っと。中高生の間で流行っている動画配信のことだろう。ゲーム実況とか、生放送とか。僕も決して知らない訳ではない、むしろよく知っているので、延々と見ていたくなる気持ちは分からんでもない。ただ、節度と時間を守って見るのが嗜みというもの。きちんと理解を示した上で、指導しなくては。

「面白いのは分かるけど、ちゃんと時間決めなきゃダメだぞ。学校来れなくなると困るぞ」

『困るのはセンセーでしょ。別にオレは楽しいから良い』

「友達と喋るのも楽しいだろ。それに、学校来て勉強しないと、困るのはお前だって。公務員になるんだろ」

『…………』

 ボフボフボフ、というノイズが聞こえた。受話器に溜息をついたらしい。

『センセ、ホントにそう思ってるの?』心底呆れた声で、『あれは、オレのホントの夢じゃない。オレは、ホントはゲーム実況者になりたいんだ』

 【公務員→ゲーム実況者】

『公務員は、母さんが勝手に言ってるヤツ。安定したショクギョーだから、とか言ってさ。良い大学行って、公務員になれーって。でも、オレはゲーム実況者になりたい』

「ゲーム実況者、ね。でもあれ、ゲームめっちゃ得意じゃなきゃいけないんじゃないのか?」

『下手でビビりの方が動画としてはバえるし面白いんだ。確かに、上手くてスゲーテク見せる実況もあるけど、ホラゲー実況とかはむしろ、ヘタクソの方がバズッてる』

 確かに、ホラーゲーム実況は絶叫してなんぼだからな。上手すぎて迫りくる敵から速攻で逃げるより、何度も何度もゲームオーバーになっている方がウケそうだ……と、冷静に分析している場合ではない。

「設備とか、お金が必要だろう。それに、企画力って言うのか? どんなゲームをやるとか、どんな話をするとか、そういう発想力も必要になる。編集作業も自分たちでやってるから、知識も技術も勉強しなくちゃいけない。遊んでばかりいる様に見えて、実際にはいろんなことを考えながらやっているから、実は実況者の人達っていうのは、頭が良いんだぞ」

『…………』

「それに、いざ始めても、人気が出るまでに凄く時間がかかったり、人気が出ても次から次へといろんなことをしなくちゃいけないから大変だ、って聞いたことがあるな。ただ楽しいだけじゃないらしい」

『センセーはさ、だから止めとけ、ってオレに言いたいの?』

「え?」

『そんなの、オレだって分かってるよ。でも、何するにも大変なことはたくさんあんじゃん』

 別に、実況者じゃなくたって、夢を叶えるのは大変じゃん。

『大人はそうやって、真っ向からオレたちを否定するんだ。オレたちの味方だ、とか応援する、とか言うクセに、正論ばっか言って! 母さんも、センセーも。将来の夢がなければないで困った顔するクセにさっ!』

 そう言って、電話が切れた。

 慌ててリダイヤルしようかとも思ったが、フォローする言葉が見つからず、受話器を握ったまま、固まってしまった。

 あーあ。

 きっと、明日も欠席だ。



 落ち込んでいても仕方がないので、業務に戻ることにした。

 学級日誌のコメントを書き終え、うーん、とそのまま伸びをし、僕は背もたれに倒れた。柔らかくないクッションが傾いて軋んだ音がする。デスク用の回る椅子はぼろいので、強くもたれ過ぎると折れるかもしれない。首を左右に伸ばしてひとしきり休憩すると、身体を起こして次の作業。ノート点検で検印をぺったんぺったん……。

 教員になって四年。慣れたもので、多少のことではへこたれなくなった。以前は、何かあるたびに平然を装いながらも心の中で大反省会だったが、今は引きずらなくなった。いや勿論、反省会もするけど。他の業務に集中できるくらい、気持ちの切り替えが出来るようになった。

 感情が動きにくくなっただけかもしれないけど。

 でも、色々なことに慣れたのは事実で、手際よくこなせるようになった、という実感はある。始めは苦手だった家庭への連絡も余裕でこなせるようになったし、生徒とも適切な距離感で喋れるようになった。以前は距離をはかり損ねて友達のようになってしまったり、逆によそよそしかったりしたが……担任としての威厳を保ちつつ、信頼関係を築けるようになった点を褒めてあげたい。偉いぞ自分。

 さて、しかしどれだけ仕事に慣れても、厄介な生徒……というか、どう指導したら良いか分からない生徒というのはいるもので、先述の胡桃木のようなタイプは少し苦手だった。

 中学生だもの。反抗期は仕方ない。仕方ない、が、センシティブに上げ足をとってくる反抗期はハッキリ言って面倒くさい。自分がどうだったか……なんてもう覚えていないが、流石に胡桃木のようではなかったと、思う。

 大人が嫌いとか、大人の言うことに何でも反抗したくなる年頃だ。それは分かってる。

 考えながら、飲みさしで冷めたコーヒーを一口含む。左右に書類が積んであるので、作業スペースは真ん中だけ。子供たちのノートにこぼさないように隅に設定したマグカップ置き場に、消しカスがたまっているのを見つけて、ちまちまとまとめる。ペタペタと塊にして、足元のダストボックスにポイ。気付いた時に綺麗にしないと、次から次へと仕事が溜まるのでおちおち片付けている暇もない。

(まーでも、ちょっと僕の言い方も悪かったなー)

 頭ごなしに喋り過ぎてしまった、とも思う。決めつけで喋ってはいけないとあれほど心に決めていたのに。

 どうしても、リスクを考えてしまうのだ。大人だから。

 子供たちは、いい意味で無知だ。自由な発想で夢を思い描く。それはこの仕事をやって嫌というほど思い知った。どんなに無謀なことでも、面白い、興味があると思えばやってみやがるし、やってしまう。将来の夢で人気が急浮上しているのは動画配信者やゲーム実況者、そして声優などのサブカル関係。彼らは誠に簡単に、単純に、純粋に、ただ面白そうだから、という理由だけで何となく将来の目標に設定する。

 しかし、僕ら大人はそれがどれだけ大変か知っている。夢を叶えることが、夢を叶えるために努力することが、並々ならないことを身を以て知っている。

 そして、努力の有無にかかわらず叶わない夢があるということも知っている。知識で、実体験で、知っているのだ。

 だから、我が子には、自分の関わる子供たちには、苦労や絶望を味わって欲しくないから――自分が、かつての子供だったからこそ、苦言を呈してしまうのだ。

 そんなこと知らない子供たちには、残酷な現実を突きつけることしか出来ないのだ。

(親の心子知らず、か……けど、正論振りかざす僕らも、性質が悪いよなぁ)

 特に、僕の場合、よっぽど性質が悪い。

 だって、僕は無茶苦茶努力して、夢を――叶えてしまったから。

 その苦労をする覚悟があるのかと、問わざるをえないのだ。

 ちなみに、僕自身は、教員しか仕事を知らない。

 両親が教員でその仕事ぶりを見てきて、知っている職業の少ない中で「自分は将来、教員になるのだ」と決めてしまった。自分で進路を選択したようで、実は選択肢が限られていて、選ぶ余地すらなかった、という見方も出来る。しかも、かなり早い段階――保育園児の頃から夢を決めてしまったので、それ以外のことはあまり考えずに、「これが自分の夢だ」と思って生きてきたのだ。教員である両親が選択してきた進路を辿れば教員になれると信じ、ある意味で「親の引いたレール」の上を走っていた。

 しかもありがたいことに努力の甲斐あって念願の教員になれてしまったので、脱線することなく、無事に夢を叶えたサクセスストーリーしか持っていない。道中、多少の失敗と挫折はあったけれど、最後は円満ハッピーエンド。頑張れば夢は叶う。綺麗事のような言葉か辛い現実を示す正論しか出てこず、胡桃木を苛立たせるのも仕方がないのだ。

(ただ、夢を叶えて、それで、何だって言うんだ)

 むしろ、大変なのはその先だろ、と独り言ちる。難しいことを考えている時は機械的な作業が進むもので、一クラス分検印を押し終えたので、次は小テストの採点。スタンプを赤ペンに持ち替え、チャッチャッチャッ、と規則的なリズムを刻む。

(夢を叶えることは、目標であり目的ゴールじゃない。その先で、どうするかが大事なんだ。それを僕は、彼らに教えてやらなくちゃいけない)

 教えてやらなくちゃいけないのに。

 実は、僕自身が、そのことをちゃんとは理解していない。

 つまり。

 教員として働きつつも、時々、思うのだ――自分は、何をしているのだろう、と。

 教員になることはずっと夢だった。こういう子供を育てたい、あんな授業をしてみたい……理想の教員像と自分の力量のギャップに凹みながらも努力するのは楽しいし、何より、自分のなりたい職業に就けたかなり幸運な人間として働いていることは非常に喜ばしいこと――のはず、なのだ。

 それなのに。

 時々ふと、不安になる。

 自分はこのままで良いのだろうか。

 自分は、この先、四十年この仕事をやっていく。長く続けていきたいけれど、このまま、ただ忙殺されながら日常を消費し、仕事をこなしていくだけで良いのだろうか。

 仕事に慣れてしまったら、ルーチンになってしまったら、僕は何も考えずただ教育機関の一歯車として働くだけの、機械に成り下がらないだろうか――

 夢を叶えたその先で、僕は迷ってしまったのだ。

 例えるならば、懸命に上ってきた険しい山の頂上に辿り着いて、さぞいい景色が広がっているだろうと期待していたら……平坦な荒野がどこまでも続いているだけで、何もなくて戸惑っているような。

 贅沢な悩みだ。自分は恵まれている。そのことは、勿論分かってる。それでもなお、この悩みは僕をずっと侵食してやまない。 

 夢を叶えられる人間の少ない世の中で、自分の意思を貫き通し、実現させることは素晴らしいことだ、と称賛されている。だからこそ、夢を叶えるまでのプロセスと、叶えた瞬間の達成感までが大事なのであり、叶えた夢のその先がどうなるかは不問。実際にはその先にも人生は続いており、むしろその後の方が圧倒的に長いケースが多いのにもかかわらず、誰も語らないし興味を抱かない。サクセスストーリーは大団円で終わり、泥臭いかもしれない後日譚は描かれない。だから、どんな本を読んでも僕のような悩みの解決策は載っていないし、そもそも、こんな悩みを持つ人間は非常に少ないのかもしれない。

 夢を叶えられただけで十分、満足しろと言われているような。

 夢を叶えたことに何となく満足できていない自分がいけないことのような。

 そう言った類の不安を抱えて、僕は子供たちに「将来の夢」を持ちましょう、なんて白々しく言うのだ。その先で自分が何をしたら良いのかも、分かっていないくせに。

 無責任だ、って笑っちゃうよね。



 時間が経つのも忘れて、黙々と作業をしていたら八時を回っていたらしく、管理職に追い立てられるようにして学校を出た僕は、帰宅すると適当に家事をこなして眠りについた。帰宅してからは慌ただしく、眠りにつくまでに自分のことをするプライベートな時間は少ない。限られた時間の中でテレビを見、趣味に興じ、ストレス解消して眠る。

 そんなつまらなくも平和な毎日が、あと四十年。

 休日も部活だなんだで出かけるので、結婚できるか、などの先の見通しも立たないまま、ぼんやりと将来が不安だ。覚悟はしていたつもりだが、その覚悟は足りなかったと昔の自分に一発喝を入れてやりたくなる。

 布団の中でスマホをいじり、SNSや動画配信をチェックする。日付変更線を跨いだにもかかわらず、SNSでは大学の後輩連中が〆切だなんだとにわかに色めき立った発言を連発。いやいや、そんな暇があるなら原稿書けよ、とツッコミを入れておく。

(大学時代は、忙しくてももっと充実してた気がするな……)

 溜息が一つ。寝返りを打って手を伸ばし、スマホをベッドの端に置くと、布団をかぶり直して眼を閉じる。

 大学では趣味が高じて小説を書くサークルに入り、バリバリ編集長なんぞをやっていた。当時は半年に一度〆切が迫ってくるので、そのたびに、書けないだなんだと文句を言いながら机に向かっていた。授業も無遅刻無欠席、成績優秀で通っていたから学業との両立も正直しんどかったが、若さゆえのバイタリティーか何とかなっていたのだ。

 編集長だったから自分の原稿だけではなく、他人の原稿の進捗も気にしてスケジュールを管理し、校正原稿を他人の五倍は読んで、書いた。勿論、自分の原稿も他人の五倍ぐらいの分量があるので、睡眠時間を削ってでも書いた。それくらい書くのが楽しかったから、というのもある。

 忙しくても充実していて、想像の世界はどんどん広がって、言葉はとめどなく溢れてきて……。色々な世界に触れれば触れるほど、自分の作品の幅が広がるからと言って、同時並行で小説を何本も読み、ゲームも、アニメも、色んな趣味をこなして小説の糧とした。

(あの頃の自分はどこに行ったんだろーな。今の自分は、別人なんだろうか)

 だとすれば、あの自分は何だったんだ。

 今は、見る影もなく縮こまってしまった。就職してから、一本も……一行も、小説を書いていなかった。ネタになりそうな面白体験も、しんどい体験も、それこそ大学時代に比べれば日常茶飯だというのに。

 それでも、半絶筆状態だ。

 理由は勿論分かっている。

 時間がないのだ。あと、心の余裕も、気力も、ない。

 趣味は小説だけではない。ソシャゲの周回も、SNSの巡回も、アニメの視聴、リアルの付き合い……色々なやりたいこと、やらなくちゃいけないことが僕にはあった。しかし、時間が足りず、同時進行出来ない趣味たちは、どんどん積まれていく。それらは優先順位をつけられて、処理能力を超えた趣味は後回し。簡単だったり単純だったり、同時並行で複数処理が可能なものから片付けられて、エネルギーが必要なものは一番最後。大抵、後者は時間がかかり、前者は短時間で済むからデイリーかウィークリーで更新されて……。

 結果、創作活動のような産みの苦しみがあり、時間がかかるような作業から精神的にも手が遠のき、ただただ与えられた娯楽を享受するだけで良い趣味に溺れる消費者に成り下がってしまった。

 別に、消費者が悪い訳ではない。ただ、僕達は生産者だった。物語を、世界を構築し、人々を楽しませるエンターテイナーとしての誇りを持った生産者だった、はずなのだ。

 それが、今は一消費者に甘んじて、そこから抜け出せない。

 兎に角、消費者は楽だ。

 ただ、公式から与えられる娯楽を享受し、その世界観を楽しむだけで良いのだから。そこに何も苦労はなく、あえて言うなら馬鹿でも出来る。

 生産者はそうもいかない。ひたすら苦しい。娯楽に満ちたこの世界で感覚の肥えた消費者たちを楽しませるために、いかに面白くするかでいつも頭を悩ませ、〆切に終われ、「本当に面白いのか?」という自問自答を続けながら、不安と共に作品を作り続けなければいけない。アイディアの井戸を掘り続け、水が出なくなったら次の土地ジャンルへ……。いつ枯渇するか分からないのに、延々と絞り出し続けるのだ。調子が良ければそんなこともないが、勿論、大抵は精神的にも体力的にも余裕がなければ直ぐに行き詰って苦しくなる。

 そんなだから、仕事をするようになると、僕はすぐに書けなくなってしまった。

 疲れて帰ってきて、書こうという気が起きない。というか、生きるのに精一杯で、産み出すことにまで体力を割けないというのが事実だ。消費者として、与えられた娯楽で心を癒し、明日に向けて体力を回復するため眠りに落ちるのでいっぱいいっぱい。

 こんなつもりはなかったけれど、それが今の自分、と受け入れてすらいる。

 つまらない人間だと、笑うがいいさ。

 鼻で笑う。



 と――そこで世界が暗転する。



 意識を取り戻すと、僕は真っ暗な空間に立っていた。

 どこまでも、見渡す限り真っ黒な空間。そこに、僕は独りきり。

 明かりなんてどこにもないのに、僕の体を見下ろすことは出来た。見慣れた寝間着姿。裸足でも寒くない。布団はない。記憶はちゃんとしている。さっき布団に入ってネガティブ反省会真っ最中だったはず。

「ここは……?」

「ねぇ」

 首を傾げていると、突然、後ろから声がかかった。慌てて振り返ると、そこには――少女が立っていた。

「ねぇ、貴方」

 睫毛の長い、可愛い子だと思った。見た目は中学生かそれ以下くらいで、整った顔立ちと長い手足の少女。モデルか何かをやっているみたいな、落ち着いた立ち振る舞い。身につけたタンポポ色のワンピースもとても似合っている。

 少女は表情を変えず、近寄って小首を傾げた。

「貴方は、何がやりたいの?」

「え?」

 突然の質問に、不意を突かれた。

「やりたいこと、何?」

 やりたいこと。反芻しても、理解が追いつかない。

 訳も分からず二の句が告げないでいると、

「見失ったの?」

 更に近付いてきた。背伸びをして、顔を覗き込む。ほとんどゼロ距離で、吐息がぶつかりそうだ。幸い、スレンダーな体らしく接触はなかったが、これはまずい。職業的にまずい。

 少女と独身教員が急接近。これで間違いを起こせば確実に懲戒免職だ。ちょっとでも身じろぎしようもんなら体に触れてしまうし、少しでも屈めば顔と顔が重なってしまう。うわ、なんか緊張してきた。意識すればするほどドギマギして、変な汗が背中をつたう。

 だが、僕の焦りとは裏腹に、少女の瞳は真っ直ぐだ。純粋に、彼女は問うた。

「自分が、何をしたかったか。何をしたいのか。これから、何をすればいいのか」

 ただ、とつとつと。

「分からないなら、探しに行けば良い」

 淡々と、笑った。

「思い出して。貴方の、やりたかったこと。やりたいこと。まだ、貴方は道半ばなのだから」



 再び――暗転。



 気が付くと、今度の僕は寝間着姿ではなかった。

 それどころか、むしろ割とちゃんとした格好をしていた。ネクタイこそ絞めていないものの、ワイシャツにスラックス。クールビズ社会人スタイルだ。珍しい。職場でも、普段は割と面倒くさがってジャージで過ごすこともあるのに。

 教員という職業は比較的服装についてラフなのだ。だから、小綺麗に社会人らしい格好をしていると落ち着かない。

 落ち着かないと言えば、今いる場所も落ち着かない。

 僕は、廊下のど真ん中に突っ立っていた。

 時間割表がかかれた大きな黒板、「入室のルール」が書かれた貼り紙、四角く切り取られたすりガラスの窓と、しまりの悪い引き戸……遠くに喧騒が聞こえる、放課後の職員室前。僕は背後の職員玄関から差し込む夕日を浴びて、長い影を落としていた。

 え、ていうか、ここ職場じゃないぞ。

 本校の職員室は二階にあるので、背後に職員玄関はない。しかし、全く身に覚えがないかと言えば、むしろ既視感が凄い。職員室脇のショーケースに入ったトロフィー群団とか、長机に置かれたチェック済み課題ノートの山とか。なんだか懐かしさを感じた。

 他にもヒントはないものか、とキョロキョロ辺りを見渡すと、廊下の先――恐らく職員室の反対側の扉がある辺り――に、生徒が一人いることに気が付いた。おぉ、生徒がいれば制服で学校が推測できるぞ。

 女子ならな!

 残念ながら生徒は男子だった。真っ黒の学ランに、野暮ったい天パの頭。どう見ても平凡な男子中学生であった。

 近所の中学校をざっと脳内で羅列してみるものの、むしろブレザーの学校が思いつかない。僕は内心で頭を抱えた。カッターシャツではなく学ランを着ているので、とりあえず今は冬服期間であるということしか分からなかった。

(他にヒントはないか…………ん?)

 トロフィー。

 気になって、ショーケースに寄る。ガラスに指紋をつけないように、しかしへばりつくように中を見ると、様々なトロフィーが並んでいた。運動部の優勝カップや文化部の優秀賞の楯、運動会でしかお目にかからない優勝旗なんかもあった。

(部活動が盛んな学校なんだな……じゃなくて)

 勿論、優勝旗には校章と学校名が入っている。緋色の布に金字で刺繍されているその文字は、どう見ても――僕の母校だった。

(え、ていうか、ていうかだぞ)

 それよりも、もっと凄いことに僕は気付いてしまった。母校であることも勿論ビックリだが、もっと衝撃的なこと。

 それは、

(何で全部平成なんだ!)

 トロフィーや楯には赤く縁どられた白い「垂れ」がついている。そこには、○○年優勝、など受賞した時の文字が書かれるのが普通だが、どのトロフィーを見ても、どの楯を見ても、垂れに書かれているのは平成。四月始まりだから平成三十一年度であるはずなのに、学校現場は令和に変わった途端令和元年度を主張してきた。だから、五月以降の大会で受賞したものは全て令和で記載されているはずなのに。

 しかも、よく見ると全て平成は平成でも古い平成……丁度、僕が中学生だったころの平成が書いてあるではないか。

 つまり、あれか。

(タイムスリップかー!!)

 まさかのタイムリープだった。

 自分の作品でタイムリープSFは何度か書いたことがあるが、まさか自分が体験するとは夢にも思っていなかった。自覚するや否や、謎の高揚感に包まれ心臓がドキドキしてきた。

(ってことは、もしかして、この世界に僕がいる……?)

 先程の戸惑いとは一変。俄然ワクワクしてきた。というか、気が付けば芋づる式にいろんなことが見えてくるわけで、既視感のあるこの中学校は、僕の母校だ。この職員室も、この廊下も、見慣れていて当たり前。三年間無遅刻無欠席で教育実習までさせていただいた懐かしき母校だった。

「先生さようなら!」

「え、あ、ハイ、さようなら」

 と、懐古に震える僕の横を、一人の少年が走り抜けていった。不審な大人に対しても元気よく挨拶。挨拶教育が行き届いている証拠だ。危機管理はまるでなっていないが。

 大きな黒いリュックを背負った少年が駆けていくのを、僕は遠い目で見送った。教科書でパンパンになって重たいリュック。懐かしい。僕もあんな感じだっただろうか。教員として、普段子供たちに接しているため、別に珍しい光景でもないのに、タイムスリップ、という状況があるだけで妙に感慨深くなるから不思議だ。

 部活帰りだろうか。少年は職員室前の長い廊下を通りすぎ、向こう側にある昇降口へ向かっているのだろう。僕は暢気にそう思った。

 しかし、

「ミキー、何してんの? 帰ろうぜー」

「あ、えっと、職員室に用事があってさ、先帰ってよ」

「そっか、んじゃまた明日―!」

「またー」

 あまりのことに僕は耳を疑った。

 まだ職員室前に先程の学ランくんがいたという事実にもビックリだが。彼の名前は『ミキ』だという。名前や渾名だとするならば女っぽ過ぎる。中学生男子ならそんな女っぽい渾名をつけられた日にはいじめを疑う。ミキちゃんと呼ばれることを誰よりも嫌った僕の経験談だ。ということは、『ミキ』が彼の苗字であることは体験的に推測できる。

 ということは、おい、ちょっと待てよ。まさか。

 あの、動物園のパンダのようにウロウロと躊躇いがちに職員室を覗く少年こそ――若かりし頃の、まだ夢を叶えることが素晴らしいと信じて疑わなかった僕だった。

「え、ていうか早く職員室入れよ。用事があるんだろ」

 あまりの衝撃に、自分に出会えた喜びも忘れて思わずマジレスする僕だった。

 そして凡ミス。

「え、あ、……先生?」

 呟いたつもりだった今の一言が、意外と大きかったのか廊下に響き、中学生僕に気付かれた。大人になった自分の姿に気付かず、教員だと思ったようだが。

 気付かないもんかね。そんなに。

 確かに鏡はあまり見ない方だけれど、そこまで自分に頓着しない方ではないと思っていた。しかし、眼前の少年は未来の自分だとつゆも思わず、ただ緊張した面持ちで視線をキョロキョロ……落ち着かない様子でこちらに駆け寄ってきた。

 近付いてきたので確かめるために注視する。大きめの黒縁眼鏡、伏目がちで自信がなさそうななよっとした顔。うん。間違いなく僕だ。卒アルとかで見たことある。高校時代に急成長をとげたためこの頃の僕の背は低く、結果として背の高めな女子と喋る感じで見下ろす。

「先生、今、お時間宜しいでしょうか?」

「ん、どした?」

 つい、癖で応答してしまう。出来るだけ明るく、気楽な感じで返事をすると、少年はほっとした表情だ。

「……あの、少し相談があるのですけれど」

「相談?」

「進路について、なんです」

「進路相談か」マジか。自分の進路相談を自分にするのかお前は。「僕で良いのかな? 担任の先生とかの方が……あ、呼ぼうか?」

 三年何組だっけ、と言いかけて職員室を開けようとした手を、僕はつかんで止めた。

「いえ、先生が良いです。牧先生も色々話は聞いてもらってますが……今日は、別の先生の意見も、聞きたいので」

 全然知らない先生の方が、好都合です。

 いっぱいいっぱいな表情で言うので、「お、おう」と若干狼狽しつつ、了承する。

 頭の中では、厳しくも優しい、敬愛する恩師の顔を思い浮かべながら。



 ひとまず、空き教室で話を聞くことにした僕は、僕を引き連れて適当な教室に移動した。

 担任がいるにもかかわらず全く関係のない別の教員に進路相談を持ち掛けているという状況は、まるで担任を信頼していないみたいでバツの悪い気持ちになるからだろう、移動する旨を伝えると少年は素直についてきた。教員サイドからすれば、色んな教員がいるので、セカンドオピニオン的に様々な価値観を持つ教員から話を聞くことはむしろ推奨できるのだが、特に僕のようなタイプはなんとなく裏切ったような申し訳なさが先に立つのだ。恋人に浮気現場を押さえられた、じゃないけど、牧先生には出来るだけ知られたくないだろう。中学生の気持ちなんて自分のことのようによく分かる。いや自分なんだけど。

 ともあれ、教員の僕としても、中学の僕が生きる世界で、どの面下げて牧先生に会えば良いのかも分からず……お互いの利害が一致した今、僕らは懐かしい教室で向かい合って座った。うっすら深緑の塗料が剥げた黒板も、後ろの掲示板に貼られたクラス目標も何もかも皆懐かしい。

 感慨深く深呼吸する僕とは対照的に、中学生の僕はまだ緊張していて、ピリピリとした空気を漂わせていた。自分相手に緊張て。我ながら複雑な気持ちだ。

 ずっとそのままでいる訳にもいかない。まぁ、ここは教員としての腕の見せ所だ。

「それで、相談って何かな?」

「あ、えっと、何から話したら良いかな」僕らを挟む机の下で彼は手をあれこれ動かして「あー」とか「うー」とか唸る。考える時の癖だ。指がピアノを弾くように虚空で動き、そして、「僕は、教員になりたいんです」

 単刀直入に、きた。というか、予想通りの答えだった。

「昔からの夢で、僕は、学校の先生になりたいんです」

 知ってるよ、と言いそうになって飲み込み、適当に相槌を入れる。どもらなかったのでセーフ。

「両親が学校の先生なのと、僕自身も、人に教えるのが好きなので……学校の先生、良いな、って思ってるんです」

 うんうん。

「で、そのために、行きたい高校も決めて、一生懸命勉強してるんですけど」

 人当たりも良さそうだし、教員は良い仕事だ。良いんじゃないか?

「でも、最近、別のことも楽しいな、って思えてきて」

「それは?」

「え?」

 食い気味のリアクションに、僕は僕を驚かせてしまった。

 しかし、それ以上に驚いたのはこの僕だ。だって、この相談は記憶にない。身に覚えがない。ある訳がない。

 僕が、僕こそが中学生の僕のことを最も知っているというのに。その僕が、知らないことがあるなんて。

 教員以外の将来の夢があるなんて、全く予想外だ。

「笑わないでくれますか」

「勿論」

 僕は恥ずかしそうに言うが、僕はそんなこと気にならないくらい興味津々だ。何だ。何が聞けるんだ。

 もしかして、僕が見失ったやりたいことは、これか? あの曖昧な不安を解消する答えは――

「……僕は、ライトノベル作家もどうかな、って思うんです」

「…………!」

 きっかり三秒間、僕は眼を見開いて僕を見た。そして、

「ラノベ作家、かぁ……そうか」

 妙に納得した。

 僕が小説を書き始めたのは丁度この頃……中学三年の夏。それまでもト書きのような物語を紡いでいたが、初めてきちんとした小説として作品を書き上げたのは確か、このちょっと前の話だ。当時の僕は、ライトノベルを暇さえあれば読んでいた。それこそ、年に五百はくだらないくらいに。それくらい、小説の世界に魅せられていて、また自分で小説を書くことも楽しんでいた。だから、一時の気の迷いとして、作家になりたい、と思っても不思議ではないし――そんなことを思った時代もあったっけ、くらいの納得だった。

 だが、これは今の僕が見失ったやりたいことではない。何故なら、僕は比較的早い段階で無理だと思い、未練もないくらい綺麗さっぱりと諦めているからだ。

 作家になること目指してそれ一本で頑張るよりも、教員になる方が明らかに可能性が高いと思ったから。

 だから、僕は小説は趣味にすることにした。趣味と仕事は同じにしない方が良いとも聞いたし。

 そんなわけで、意を決して話をしてくれた僕をそっちのけで、僕があれこれ思い出していると、

「やっぱり、先生もそういう反応なんですね」

 リアクションが難色を示しているようにとれたらしく、僕はあからさまに拗ねた顔になった。

「大人はいつもそうです。僕達の夢を評価する時、常にリスクが先にくる」

 机に肘をついて顎をのせ、そっぽを向く。

「『自由に夢を思い描きなさい』『将来の夢や目標を立てなさい』……そうやって、未来に期待をさせようとして、漠然とキレイゴトを並べるくせに、いざ本当にやりたいことを言うと、『大変だよ?』って言うんです。『その大変さを、お前は分かっているのか?』って。沢山理由をつけて、変えさせようとするんです。無難な、確実な内容に」

 それは、

「それは大人達の都合であって、大人達が決めつけた僕らの未来なんです。僕達には可能性があると言いながら、僕達がチャレンジする機会すら狭めて……可能だったかもしれない未来を奪うんです」

 中学生の僕の、教員である僕への反抗だった。


「それの、何が自由なんですか」


 金属バットでぶん殴られたくらいの衝撃が、僕を襲った。胡桃木のことを思い出す。あいつは、こういうことが言いたかったのか。僕も、かつてはそう思っていたのか。

 なまじ、リスクマネジメントが出来るせいで、大人達は、子供から自由な発想を奪っている。レールを敷いて、がんじがらめに言葉で縛って、それが幸せなのだと導く。

「分かっているんです。ラノベ業界は今、大変だって。アマチュアとプロの境界線が曖昧になっている今、決して安定した職業ではない……その先は、どこまでも茨の道だって」

 分かっているんですけど、でも。

 そう言って、少年はうつむいてしまった。

 沈黙。

 差し込む夕日が赤い。窓のサッシが落とす影を見て、あまり時間が経っていないのに、何だか長時間彼と話しているような感覚になった。頭の中では、何と声をかけようか考えているが、自分のことなばっかりに、何とも言えず、お得意の綺麗事もまた、出てこなかった。

 だって、僕は教員になってしまった。

 眼前の少年の未来は、決まっているのだ。それを、どう伝えたらいい?

「ラノベ作家が難しいなら、難しいことが分かっているのなら、」見切り発車に口を動かす。ええいままよ、なるようになれ!「別に、ラノベ作家に固執することは、ないんじゃないかな」

 僕は驚いて顔を上げた。眼を丸くして僕を見る。食いついた、という手ごたえを持って、深く考えるよりも先に言葉を紡いでいく。

「アマチュアとプロの境界が曖昧になっているなら、尚更、ラノベ作家に固執する必要はない……うん、むしろ、アマチュアで良いんじゃないのかな」

「じゃあ、先生は、何で、書くのを止めたんですか」

 横槍の質問に、今度は僕が眼を丸くする番だった。

 何故――君がそれを問うんだ。

「小説を書くのは楽しいはずです。なんで、忘れちゃったんですか」

 彼は、それまでの態度とは一変して、はっきりとした口調で尋ねた。それは、明らかに僕を自分の未来の姿だと認識しているらしく。

 いつから?

 始めから?

 平静を装っても狼狽える僕は手がよく動く。その姿を見て、中学生のクセに、ふっ、と彼は笑った。

「だって、僕は楽しいんです」

 大人の僕を追い詰めるように。僕の眼を真っ直ぐ見つめる彼は、僕の知らない表情をしていた。

「僕は小説を書くのが楽しい。それなのに、先生は小説を書かなくなってしまった。何故ですか。作家になることが難しいからですか? 先生になる夢の方が、作家よりも大事だったからですか」

 つまり、僕はリスクを考えすぎて、作家になる夢を捨ててしまった、と。

 僕は、教員になるために、作家にならなかった。だけど、本当はそのことを後悔している?

 だから教員になってからずっと、モヤモヤしていたのか?

「思い出してください。僕は、本当に諦めたんですか?」

 その言葉に、何かを返そうとした。しかし、声は出てこないまま、後ろに引っ張られる様にして意識が遠のき、



 そして――暗転。



 次の瞬間、僕はまた、職員室の前に立っていた。今度もスーツ姿で、教員らしい格好で。

「うわー……」

 またしても時間移動&空間移動。物凄いタイミングでタイムワープだ。SFものにアリガチな展開。僕が作者でもあのタイミングで場面転換させる。でも、当人になった今、堪ったもんじゃない。

(中学生の僕は何かすっごい大事なことを言ってたぞ、今!)

 明らかに僕が未来の自分と認識して、しかも僕が「やりたいこと」を忘れてしまったことに怒っている様子だった。でなければあそこまで思わせぶりに問い詰めたりしない。あれは、絶対に僕の「モヤモヤ」の原因や、少女に尋ねられた「やりたいこと」を知っていた。

(あのまま会話していたら分かったかもしれないのに、ここであえて時間を動かすということは、またしても何かが起こるってことだろ!)

 メタ読みが過ぎるが、実のところ、その予想は大体あっているらしい。廊下の先、職員室の反対側の扉の前。明らかに、どう職員室に入ったらいいのか考えあぐねている青年が、そこにいた。

 僕だ。

 黒縁眼鏡はそのままに、天パを丁寧に撫でつけた姿はあの中学生が成長した姿そのもの。糊のきいたリクルートスーツの僕は、ノックをしようと握った拳を宙に留めて迷っていた。大方、脳内では「失礼します」と言って入室すべきかについて自分会議を開いているのだろう。僕もそうだったからよく分かる。中学時代の癖が抜けないので、ノック→失礼しますが定石だが、教育実習生として出入りするのは教員扱いとして、ノックなし→失礼しますで良いのだろうか……と考えているのだ。

 馬鹿野郎、教育実習生は教員未満の学生風情なのだから、ここは大人しく敬意を払ってノック→失礼しますが当然の行いだろ!

「どうかしましたか?」現場で教育実習生を受け入れるようになって分かったツッコミをぶちかましたくなる衝動を堪えて、出来るだけ優しく声をかけた。「教育実習生ですよね、職員室に用事ですか?」

「あ、えと、あ、いえ」

 ジャケットの胸元につけられた名札で『三樹』と確認するまでもない。狼狽え方がまさに僕だ。情けない大学生の僕。

「ちょっと、教師の仕事について、誰かから話が聞きたくて、ですね」

「教師の仕事について?」

「はい、皆さん、どんな気持ちで仕事しているのか、聞いてみたかったんですけど。でも、やっぱり忙しそうだし、声かけるの悪いな、と思いまして」

 成る程、僕の言いそうな言い訳だ。いや、半分くらいは職員室への入室を躊躇っていた理由かも知れないが、半分は確実に職員室に入るのが緊張するからだ。つまり僕は、中学生から大学生に年をとっても全く変わらない小心者だということだ。自分で言ってて悲しくなった。

 脳内自己分析を表情に出さないよう、いつもの薄笑いで対応していると、大学生の僕は何か閃いた顔をして、

「先生、今、お時間宜しいでしょうか」

 おや、この展開、既視感デジャヴかな。



 案の定というか、天丼というか……やはり僕らは連れ立って、空き教室に移動した。

 向かい合って座り、単刀直入に曰く、

「……教員という仕事は、楽しいですか」

 とのことだった。真面目にもバインダーにメモ用紙を挟んで、ボールペンを片手にインタビューする僕に、教員として、何を言ったら良いものか。顎に手をあて、しばし考え込んだ。

 教員になりたい人口は減りつつある、と言われている。理由は色々で、キーワードは少子化・ブラック・不祥事だ。でも、僕はそれでも教員になりたいと思っていたので、関係なかった。少子化で教員の数が減らされつつあるとか、AIや塾に仕事をとられつつあるとか言われても、学校の先生にしか出来ない生徒へのアプローチというものがあると思っていたし、不祥事を起こす教員なんてほんのごく一部だ。自分がきちんと、真っ当に職務をこなせば良いだけの話。それはどんな職業だって同じことなので、教員を特別視して指すことではない。世間から矢面に立たされやすいので目立つが、ブラックとかいうのも、何も教員だけじゃないだろう。学校の先生、というのは身近にいる職業人で、誰でも良く知っているからこそ、特筆されやすいのだ。

 だから、僕はその旨を伝えた。その上で、「楽しいですよ」とそのやりがいを、具体例を交えて話して聞かせた。

 大学生の僕は、こちらが何か言う度、重要そうなことをメモしながら話を聞いていた。笑ったり、真剣な顔をしたりして、実に話し甲斐のある学生だった。

 ひとしきり話し終えた後、彼に、何故質問しようと思ったのか尋ねた。

「僕は、教員になりたい。でも、教員になったら、僕が僕でなくなってしまうんじゃないか――そういう不安も、あるんです」

 「変な話なんですけどね」という僕は、まさに僕が抱えている悩みを言いあてたので、ドキリ、と心臓がはねた。

「僕は、教員しか仕事を知りません。そういう意味で、不完全です。一方で、子供達は様々な目標を持っていますよね。そんな子供たちを、僕は本当の意味で教え、導くことが出来るのかな、って思うんです」

「というのは?」

「努力すれば夢は叶う、って、言ってやるだけなら簡単です。でも、皆がそうな訳じゃない。そもそも夢を持たない子や、努力しても能力が追い付かない子……いろんな子がいます。その子たちの気持ちを、僕はきっと理解できない。共感的に話がしたいのに、どこか理解が抜けたまま、上っ面な指導しか出来ないのかな、と思うのです」

 憂う表情で、僕はまだ見ぬ生徒を思い浮かべている。青臭い、純粋な本音。それは四年たった僕でも、まだ解決していない。いやむしろ、四年たったからこそ、僕は。

「『頑張れ』『夢を叶えよう』『将来のために今は努力だ』……そんな美しい嘘ばかり並べて、子供達を導くふりをして、無責任に放り出す教員だけは、絶対になりたくない。そんなの、僕は嫌だ」

 同一人物の言葉とは思えないくらい、遠いこと、他人事のようにこの言葉を聞いた。

 罪悪感の様な、どこか後ろ暗い気持ちで僕を眺める。

 ごめんな、大学生の僕。そうやって悩んだ時代もあるけれど、今の僕はそうも言ってられないんだ。仕事をしていると、どうしても綺麗なままではいられない。自分の理想論を殺してでも、なりふり構わず眼の前の人間に対して、発言しなくてはいけない。しかも公務員である教員は全体の奉仕者なので、たった一人の生徒のために他の生徒をほったらかすことも出来ない。全体に全力を注ぐことを要求されているので、一人の生徒を全力で指導していると身が持たないのだ。だから、時々どうしても、その場しのぎとして綺麗事を使うことがある。

 そういう行為が、この頃の自分は嫌だった。懐かしい。今の僕には言えないことだ。

 そして、勿論それが無理だということも、この僕は知っていた。

「だけど、時間はきっと待ってくれないし、忙しい毎日を過ごす中で……三年周期で生徒が入れ替わるルーチンに慣れきってしまったら、そんなことも分からなくなってしまうのかもしれない。生徒のことも、自分のなりたかった教員像も見えなくなったまま、白々しいことを平気で言えるようになるのかもしれない。僕は、それが怖いんです」

 心が痛くて手をあてた。ちくちくと、針のむしろが僕をさす。無言の僕をどう思っているのかは知らないが、幸い、彼はこちらを見ないまま、視線を落として語るので、気まずい表情を見られずに済んだ。自分に、汚れた自分を見られたくなかった。

「それから、もう一つ」

 もう一つ?

 思わず身を乗り出して、オウム返ししてしまう。僕は人差し指を立て、こちらの眼を見て言った。

「僕は、忙しさにかまけて、もう一つの夢を追うことを止めてしまわないか、心配なんです」

「もう一つの夢?」

「忘れちゃったんですか?」

「え、」

「三樹先生、貴方は、僕の夢を忘れたのか?」

 そこにいるのは、不安を抱く教育実習生ではなかった。僕を、明らかに自分だと認識していて、その上で僕を責めた。

「僕は表現することを止められない。その楽しさを僕は知っている。それなのに、忙しさに殺されて、僕はいつから自分を見失ったんだ」

 見透かしたような、厳しい口調で僕を問い詰める。

「作家の夢は――失われてないのに!」

 アマチュアでも良い。小説が趣味で、書き続ければ良いものを。

 僕は、自ら筆を止め、思考を止め、

 夢のその先を――失った。

「物書きであることを止めた僕は、本当に僕か?」

「他人が構築した世界をただ見ているだけで満足か?」

「そんな自分が子供たちに、夢を抱けと……ぬけぬけと、よく言えるな!」

 弾丸で飛んでくる問いかけの数々に、答えることも出来ぬまま、僕の意識は後ろに引っ張られる。



 ――暗転。



「お帰りなさい」

 また、ここに戻ってきた、と思った。

「やりたいことは、見つかった?」

 一番最初にいた空間。真っ暗で、先が見えない。どこまでも闇が続く世界。

 僕の心象風景そのものだ。お先真っ暗、ということだろう。

 少女は、無垢な瞳で僕を見上げる。無表情なまま、その視線を突き刺して、問う。

「やりたかったこと。叶えたい夢。実現させたい未来は、何だった?」

「思い出したよ、僕は」

 観念した、とばかりに両手を上げて、僕は答える。


「僕は、教員をやりながらも、作家になる夢を諦めたくはなかったんだ」


 少女の眼が細くなる。口が弓なりに曲がって、満足げだ。

 正解、ということか。

「中学生の僕が作家を諦めたのは、教員になることが先だと思ったから。作家は、教員になってからでも出来る。教員になってしまえば、金を稼いで、安定した生活を手に入れてからでも、遅くはないと思ったから」

 でも、僕は忘れてしまった。

 忙しくて、仕事に追われて、日々をやり過ごしていく中で――作家になるという大事な夢を、忘れてしまったのだ。

 働き過ぎで心を亡くしたから?

「忙しさを言い訳にするな!」

 声を聞いて、心臓が飛び出るかと思った。

 僕だ――僕の、声だった。

 少女の声は、それまでと違う、僕自身の声に変わっていた。

「ずっと僕は自分に言いたかったんだ。言えなくて、モヤモヤして、そうして蓋をしてしまった!」

 言うのと同時に、彼女は僕を突き飛ばし、踵を返して走っていく。途中で姿がキリンに変わり、全速力で駆けていく。

 突然の衝撃に態勢が立て直せない。バランスを崩してそのまま尻もちをついた。黒い地面に両手をつく。固くて冷たい。不安を掻き立てる闇。寒々しい未来を暗示している様で、背筋が震えた。

 呆気に取られて立ち上がれず、そのままの態勢でぼんやりと虚空を見つめていると、闇の中に小さな光が生まれる。よく目を凝らすと、光はキリンの形をしていて、こちらへ駆けてくる。拒絶したような素振りをしておいて、戻ってきたのか。凄い勢いで、何かをその背に乗せて。

「先生!」

 キリンの背から飛び降りたのは、中学生の僕と、大学生の僕だった。どちらも先程出会った時のまま、しかし、明らかに事情を知った風な顔をして手を差し出した。手を取ると引っ張り上げられて、僕は立ち上がる。

「君たちは……」

「僕です、三樹です。三樹先生」

 どうして君たちが、と言いかけたが、大学生の僕が睨みで言葉を制した。それで、ようやく気が付いた。少女と、中学生の僕と、大学生の僕は、グルだ。全部、怠惰な僕を……忙しさを言い訳に逃げる僕を、叱咤するための。

 中学生の僕は真っ直ぐな優しい口調で、

「先生はいつも忙しい。でも、『忙しい』を言い訳にしないでくださいよ。僕たちはいつだって原稿のため、〆切に終われて『忙しい』でしょうが。でも、その原稿に終われる『忙しさ』が好きでどうしようもないから、次の〆切を求めて原稿書いて、止められないんじゃないですか」

 大学生の僕は見透かした厳しい口調で、

「仕事を言い訳にするな。それだって僕が欲しかった夢だ。僕が叶えたかった未来だ。働き過ぎで、忙しすぎることを貴方は望んでいたはずだ。だって分かっていただろう。両親が忙しいと文句を言いながら、楽しそうに仕事をする姿に憧れていたんだから」

 真剣に僕を見つめて、真面目に怒るのだ。僕よりも若い二人が、くたびれた僕を指導する。

「やりがいを求めてその夢を手に入れたんだ。文句はないはずだろう」

 忘れたのは僕の損失で。

 書かなかったのは僕の過失だ。

 僕は教員になりたかった。そして同時に、作家にもなりたかった。プロになることを僕ははじめから望んでいなかった。でも、物書きであることは止めるつもりもなかったのに。

 色んなことに言い訳をして、物書きを諦めることすらも、良しとして。

「僕は……こんな僕は、物書きですらない!」

 情けなくて、涙が出た。忙しくても小説を書く人間はごまんといる。サークルの先輩だって、SNSでしょっちゅう短編を公開し、SNSに上げている。働いてるのに賞に応募したりして、活動的だなーと流し見ていたのは誰だ。

 僕だ。

 こんな僕が、作家になるには、物書きに戻るには、どうしたら良いんだ。

 答えは、単純。

「書け」

「書きましょう、それしかないです」

 鼻をすすり、頬を拭う僕に、二人はそれぞれ、ハンカチを差し出した。受け取って涙を拭き、鼻をかんだら大学生の方にどつかれた。良いだろどうせ僕なんだから、と返すと、中学生に苦笑され、成人男性二人としてはきまりが悪い。だが、そのやりとりも実に僕らしかった。

「今まで書かなかった分、書けなかった分、ちゃんと機会を作って書けばいいんです。〆切さえあれば僕らは書けます。どれだけ忙しくても、どんなに大変でも――今までが、そうだったように」

 中学生の僕は、まだそんなに書いたこともないクセに、何でもないこととして言った。〆切さえあれば書ける。それは、高校・大学と小説を本格的に書くようになってからの、僕の合言葉だ。

 それを分かっている大学生の僕が、口の端を上げて不敵に笑った。

「教員と作家……どっちも叶えた未来を見せてよ、先生」

「僕達を導いてくれるんでしょう、先生」


「「夢を叶えたその先に、何があるか、教えてよ、先生」」


 やられた。

 同時に言うのはズルい。だってその演出は、僕が一番グッときてしまう。

 物書きとしても――教員としても。期待を寄せてこちらを見ているシチュエーションで、頑張ろうと思わない僕ではない。

 我ながら悔しさすら覚える激励に、感極まってまたちょっと泣いた。涙もろいなぁ、と中学生に背中をさすってもらった。

「僕達は自分が頑張ってきた結果が貴方でとても嬉しかった。長年努力した甲斐があったんだ、って嬉しかったんです。だから、先生も頑張って――僕らもう一つの夢を忘れないで、叶えてください」

「ありがとう」

 震えそうになりながら、やっとの思いでまずは感謝を。情けない姿をたくさん見せたから、ちょっとだけ大人らしく、格好をつけようと思った。

 僕は、彼らの先生なのだから。

「現状に満足して、一番躊躇っていたのが自分だったなんて恥ずかしいね。君らの方がよっぽど――努力して、夢を叶えようとしている君らは立派だ」

「自分に何を言ってんだよ、先生。その結果が貴方だろう」

 大学生の僕に半眼で背中を叩かれた。結構力が強くてジンジンする。でも、その痛みすら心地良い。

「そうだね。自画自賛が過ぎた」

 照れくさくて頭を掻いた。目の前の二人には、何を言ってもブーメラン。全てが自分に返ってくる。

 だとすれば、二人の夢を叶えるのも、僕次第だということだ。

 ならば、言うことはたった一つ。

「先を生きる者として、僕が君たちの夢を導こう」

 約束するよ。

「いつだって努力してきた。これからも、そうするだけだもんな」

 夢を叶えるためには、並々ならぬ努力が必要。そして、それを貫こうとする信念も。大変なこともあるかもしれない。辛くて、止めたいこともあるかもしれない。

 でも、それが何だって言うんだ。

 僕は、教員になるために頑張ってきた。頑張ってきた彼らがいて、夢を叶えた僕がいる。それが結果だ。それが全てだ。

 頑張った軌跡がそこにある。

 頑張った結果がここにいる。

 だったら、僕達は、これからも頑張って夢に近付くくらいなんてことはない。今まで通りやるだけなのだ。

 僕は、この自分探しの夢路で、それに気が付かせてもらったのだ!

 二人は、満足そうに、嬉しそうに頷く。僕も、頷いて、そして一歩を踏み出した。

 充電期間はもう終わり。長い夢見から覚めて、動き出す時は近い。

 周囲が眩しいくらいの光に包まれる。世界がホワイトアウトして、意識が遠のいていく。

 でも、不安はなく、希望に満ちていた。



 さぁ――僕らの未来が待っている。

 未知ではあるが、輝かしくもないが、

 それでも楽しい――夢の続きが。



 眼が覚めるや否や、僕は携帯を掴んだ。

 いつもはあれだけ目覚めが悪く、低血圧でしんどいのに。そんなことはものともせずに、無我夢中で、画面をタップ。ショートメールを開きかけて、まどろっこしくなって通話に変更。一、二、三回目のコールで出た友人に、唾を飛ばして話出す。

「僕だ、元気か?」

 今何時だと思ってんだ、とかの文句にうん、うん、と相槌を打つ。でも、中学からの付き合いなだけに、なんだかんだ言いつつも僕のテンションを察し、話を聞いてくれた。

「なぁ、お前、時間的に余裕あるか?」

 こちらもつい、嬉しくなって話出す。どうせこいつも同じ穴の狢。どうしようもなく〆切に追われたがりだった僕の類友。

「なかったら作れバーカ。忙しいのはこっちだって同じさ」

 だから、きっと大丈夫。

「書こうぜ、小説。なんていうか、やっぱり、諦めきれないんだよ」

 心地いいくらい、身体の奥底が熱い。鼓動は速く、ワクワクが止まらない。

 何が出来るだろう。何をしたいだろう。

「サークル立ち上げて、即売会で売ってさ……一緒にやろうぜ、前みたいにさ」

 楽しいことが出来る。気の置けない仲間と、楽しいことを。

 そう、それはつまり――



「――小説を書いて、沢山の人に読んで欲しいんだ」



 僕の新しい夢は、ここから始まる。


 


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