第97話 演技、間違いでもなんでもない
蒼乃を救出するシーンのあと、俺と蒼乃が仮の関係になってデートをするシーンや、緑彩先輩と仲良くする俺に対して蒼乃が嫉妬心を抱くシーンを難なくこなし順調に演技は進んでいった。
そしてついに「俺は緑彩先輩が好きだ」と蒼乃に伝えるシーンを迎えた。
演劇では蒼乃が俺に告白をしてくるのではなく、蒼乃と仮の関係になっている俺が自分から本当の気持ちを蒼乃に伝えることになっている。
俺はこの演技を予行演習だと考えており、文化祭後の本番のためにも失敗するわけにはいかない。
ここで失敗してしまえば俺の覚悟は消え去り、引き延ばしにしてしまう可能性が高い。
まあ演技とはいえ、1日で2度も蒼乃に別れを告げるのは酷だなと思うが……。
それでも、俺はここでけじめをつけなければならないのだ。
舞台は教室のセットへと移り変わり、教室のセットには俺と蒼乃の二人がいる。
「どうしたんですか? わざわざ教室に呼び出すなんて」
「蒼乃に伝えないといけないことがあって」
次のセリフで俺は蒼乃に別れを告げる。声も震えていないし、ここまでは順調。問題無く蒼乃に別れを告げることが出来そうだ。
「そうですか。私も丁度先輩に伝えたいことがあったんです」
――? 蒼乃が台本とは全く違うセリフを言っている。
ここは「伝えたいこと?」と俺に問いかけることになっているはずだ。
俺は思わず舞台袖で待機している他の部員の方を見やるが、緑彩先輩達も目を見合わせ驚くような表情を見せている。
それをみて、蒼乃のセリフが間違っていることを確信する。
しかし、その台詞の間違いが台本を忘れていたからなのかそれとも意図的なものなのかは分からない。
ただ、蒼乃は単純にセリフを忘れたのではなく「伝えたいことがある」と別のセリフを口にした。
このセリフから考えて、間違えたわけではなく何か意図があってそう言い放ったのだろう。
とにかく蒼乃のセリフに合わせてセリフを繋げる。
「あ、蒼乃も伝えたいことがあったのか」
「はい。大事なことです」
蒼乃は俺のアドリブに対して平然とした顔をして返答した。その表情からも蒼乃は意図してアドリブで演技をしていることが見て取れた。
間違えた、とか、忘れた、ということではない。
「その大事なことって?」
「白太先輩。私たちずっと仮の関係を続けてきましたよね」
「……そうだな」
「私はこの先に進みたいと思うし、同時に白太先輩に迷惑をかけたくないとも思っています」
俺はなされるがまま蒼乃の演技にうなづきながら相槌を打つことしかできない。
「先輩。今から言うことは演技でもなんでもありません」
「……?」
「私は白太先輩のことが大っ好きです。大大大大大っ好きです‼︎」
突然の蒼乃の告白に俺は黙り込むことしか出来ない。
これは演技なのか、演技じゃないのか。
分かり切った回答を、現実逃避のために何度も何度も繰り返し頭の中で考えていた。
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