第95話 平常、ショックを受けない心
幕が上がるとそこには大勢のお客さんが座っていた。
観客が少なかったらどうしようかという俺の不安は杞憂に終わったようだ。
よくよく考えてみれば文芸部が誇る美女が出演する演劇を大勢の生徒が見にくるのはなんら不思議なことではない。
最初はクリスマスパーティのシーン。蒼乃と紫倉が入部する以前の話なので舞台にはそれ以外の部員が揃っている。
「今年も一年お疲れ様でしたぁ‼︎」
「まだクリスマスですから。お疲れ様でしたは少し早いですよ」
このストーリーが俺たちの話を描くものだからと言って、流石に半年以上も前の会話の内容を覚えているなんてあり得ない。
なので、台本を作った玄人が考えたそれっぽいセリフを並べていく。
2分ほど他愛もない会話をした後で、クリスマスという1年で最も浮かれた日に紅梨が俺を奈落の底に陥れたセリフを口にした。
「緑彩先輩は好きな人いるんですよね」
このセリフを聞くだけで蕁麻疹が出そうになる。この言葉を聞いた瞬間目の前が真っ暗になったのを今でも色濃く覚えている。
自分の好きな人に好きな人がいた、なんて話はよくあることかもしれないが、あまりにも衝撃的なセリフだった。
しかし、結果的には紅梨のこのセリフがなければ俺は今こうして緑彩先輩と両思いになることは出来なかったのかも知れないと考えると幾分か気持ちは楽になる。
緑彩先輩が言うにはこの時すでに俺のことが好きだったらしいが、それが本当かどうかも怪しい。
緑彩先輩の言っていることが本当なのだとすれば俺はこの時点で緑彩先輩と両思いだったのだ。
「ちょ、何言ってるのよ紅梨⁉︎」
俺はこのセリフに目を見開き驚く様な演技を見せる。
「でもいますよね?」
「……まあないというと嘘になるけど」
そして舞台は暗転し、俺にスポットライトが当たって心の中の焦りを口にする。
「緑彩先輩に好きな人がいるなんて聞いてないぞ!? 緑彩先輩ほど美人で可愛い人が好きな人に告白をして振られる訳がない。それなら想いを伝えるのは今しかないじゃないか!!」
そして舞台は明転し元の演技に戻る。
「緑彩先輩、好きです。付き合ってください‼︎」
演技とはいえ、緑彩先輩に想いを伝えるとなると他の演技より熱が入る。
「白太、お前まじか」
玄人は驚きを口にし、緑彩先輩と紅梨は口を開け驚く演技を見せる。
そして、緑彩先輩が俺の告白に対する返事のセリフを言うために口を開いた。
「そ、そんな。私と白太君が付き合えるわけないじゃない」
「付き合えるわけがない」と言うこの言葉が俺を奈落の底に突き落としたんだ。
演技とはいえ流石にショックを受けるだろうと思い、これは演技、これは演技、と自分に言い聞かせようとして気がついた。
あれ、俺意外とショック受けてないな、と。
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