第79話 安心、近くにいるから

 俺たちは昼食を挟み、再び店を見て回ることにした。


 昼食を食べ終えた俺はフードコートの机から立ち上がり、躊躇なく蒼乃の手を握った。


 一歩踏み出したからにはもう後戻りは出来ない。やれるとこまでやってやろう。


「……白太先輩の方から手を握ってくれる事がこんなにも嬉しいだなんて知りませんでした」

「ただ握ってるだけだろ。どっちから握ってるかってだけで手を繋いでる状況は今までとなんら変わりないぞ」

「そのはずなんですけどね……。やっぱりいつもより嬉しいです」


 やっと見られた蒼乃の安心するような柔らかい微笑みにほっと胸を撫で下ろす。

 しかし、躊躇なく手を握っておきながら俺の心の中にはまだ迷いがあった。これで本当に良いのか、これが正解なのかと。


 あーダメだ。俺はもう吹っ切れたんだろ、こんな事で悩むな。


 それから俺はさらに心のストッパーを外し、これまでのデートのように楽しく笑い合いながらショッピングデートを楽しんだ。


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、日が沈み、電灯が辺りを照らし始める。


「私、今日のデートが本当に楽しかったです。今までのデートの中で一番楽しかったかもしれません」 

「それはよかった。自分でも蒼乃に酷い事をしてるってのは分かってる。それでも蒼乃とは、こうやって笑い合っていたかったんだ」

「確かに、白太先輩は私を振り回す悪い子ですね」


 蒼乃は笑ってこそいるがこれが本心なのだろう。この状況では振り回されていると思って当然だ。

「本当に申し訳ない」

「でも、そう思ってもらえてるだけでも私は幸せものです。それに、白太先輩以上に私は悪い子かもしれません」

「――それはどういう?」

「私は白太先輩が緑川先輩に告白する場面を目撃してしまいました。だからお二方の気持ちも知っていますし、白太先輩からは手を引くべきだと言うことは重々承知しています」

「おう」

「でも、それでも私は白太先輩を諦めません‼︎」

「……え?」


 蒼乃の予想外の言葉に思わず疑問符を浮かべてしまう。


「諦めないってのはどういうことだ?」

「そのままの意味です。私は白太先輩を嫌いになれなかったのでもう何も気にせず白太先輩にアタックし続けます‼︎ そんな事をここで公言しちゃう私も、白太先輩と一緒で悪い子です」


 蒼乃は先ほどの俺と同様に吹っ切れたようで、清々しい表情を見せている。


「それでいいのか? 俺は緑彩先輩の事が好きって蒼乃の前で公言した男だぞ?」

「それでもです。さっき白太先輩が吹っ切れて私の手を握ってくれたように、私も吹っ切れて白太先輩の後を追い続けてやります‼︎ たとえ火の中水の中です‼︎」


 蒼乃は色々と吹っ切れた様子で鼻歌まじりで上機嫌に帰って行った。


 蒼乃にとって緑彩先輩の事が好きな俺を好きでい続けるのはマイナスにしかならないと分かっていながら、俺は蒼乃が自分から離れていかないことに喜びと妙な安心感を覚えてしまっていた。

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