第58話 別人、肝試しの前と後

 肝試しは特に大きな問題も起こる事無く順調に進んでいた。紅梨が俺にしがみついて離れない事以外は……。


「何回も同じ事聞いて申し訳ないんだけどさ、最後までこのままでいるつもり?」

「仕方ないでしょ。怖いんだから」


 怖くないと言い張っていた肝試し前とは打って変わって別人の様になり完全に開き直っている紅梨。

 最初は強気で心強いと思っていた紅梨が、今は怯えて震えている。

 初めて見る紅梨の弱気な姿に、夜道を歩く事に若干の恐怖を感じていた俺の心は安らぎ思わず笑みが溢れる。


「あ、笑ったでしょ」

「あぁ。笑った」

「笑い事じゃないんだけど」

「俺からしたら笑い事だよ。こんなに怯えきった紅梨は見た事ないしな」


 紅梨は、むぅっと頬を膨らませ俺を睨む。その目には涙が浮かんでおり、睨まれている気がしない。


 そして肝試しも残り100メートルでゴールというところまで来たところで紅梨が急に俺の名前を呼んだ。


「……白太」

「ん? どうした? また何か物音でも……」

「ちょっとこっち来て」

「――え?」


 どこへ連れていかれるのか、質問する間も与えられないまま紅梨は急に俺の手を取り走り出した。


「え、ちょっと、紅梨さん⁉︎ どこに連れて行くんですかぁ‼︎」


 走り出した紅梨はどこに行くのか尋ねても無言のまま、俺はただひたすら引っ張られるしかなかった。


 しばらくして、息を切らした様子の紅梨は急に立ち止まる。


「ほんとどうしたんだ? さっきまであんなに怖がってたのに山奥に向かって走りだして」

「……」


 何を聞いても黙り込む紅梨の考えは全く読めず、今も俺に背を向けてこちらを見ようとしていない。


 ……ん? よく見たら紅梨、もしかして震えてる?


「紅梨? どうした? 大丈夫か?」

「大丈夫。ちょっと息が切れただけ」

「なんで急にこんなところまで俺を連れてきたんだ?」


 そう質問すると紅梨はゆっくりと歩き出し、俺は紅梨の後ろをついて歩く。すると、鬱蒼とした木々が無くなり開けた場所に出た。


「この景色が見たかったの」


 そう言って紅梨が指差す方を見ると、崖になっていて海が見渡せる。

 海は月明かりでほんのり照らされ、街明かりが邪魔をすることが無く、星々は生き生きと輝いていた。


「うぉっ、なんだこれ。めっちゃ綺麗だな」

「でしょ? 町中だと中々見られない景色だよね」

「よくこんな場所知ってたな」

「うん。さっき緑彩先輩に教えてもらったの」

「なるほどな。こりゃすげぇ」


 緑彩先輩と見た夜景とは違う、自然が織りなす繊細な光の集合体は俺の心を奪った。


 それと同時に、この景色を蒼乃に見せてやりたいなぁという感情が芽生えた。


 ……ん? なぜ蒼乃に見せてやりたいと思ったんだ? 聞こえなかったとはいえ俺は緑彩先輩に告白したばかりだし、蒼乃にこの景色を見せてやりたいと思う理由が無い。


 これは親心みたいなもんなのだろう。蒼乃は俺の事が好きで慕ってくれている後輩で妹の様な存在だから、この景色を見せてやりたいって思うんだ。


「白太と一緒に見られてよかった」

「え、俺と?」

「うん。好きな人と見る景色はどんな景色でも最高になるってもんでしょ?」

「……え?」


 紅梨が放った唐突な言葉に、俺は言葉を失った。

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