第52話 読書、砂浜での奇行

 緑彩先輩の別荘に到着した俺たちは都会に初めてやって来た田舎民の様にその建物を見上げた。


「な、なんですかこれ……」

「別荘に決まってるじゃない。合宿するために別荘に来たんだから当たり前でしょ?」


 緑彩先輩は当たり前だと言うが、いくら別荘だからといえそのサイズは規格外。


 高層ビルほどの高さがあるわけでは無いが、大きなホテル全体が緑川家の所有物だという。


 今日はそれを貸切にしてくれたようだ。


 緑彩先輩が、別荘の中でバレーでもやりましょうか、と言い出した時は何を言っているのかと思ったが、これならできるぞワンチャン。


「当たり前って一体……」


 俺の横で蒼乃は口を大きく開け、呆然としている。蒼乃以外の部員も綺麗に横並びになり全員が同じ反応を見せている。


 これが庶民の当たり前の反応だ。


「別荘とは言ったけど、ここは実際旅館として営業もしてるし正確には別荘では無いわね。まぁ細かい事は放っておいて、とりあえず荷物を置いて早速いきましょう」

「え、行くってどこに行くんですか? 予定では部屋の中で小説を読む予定では?」

「ふっ。よくぞ聞いてくれたわね白太くん。せっかく海が目の前にある旅館に来ておいて、部屋の中で本を読むなんてもったいないでしょ?」


 緑彩先輩の言い分は分からなくもない。わざわざ別荘まで来たというのに、部屋の中で小説を読むだけと言うのは風情に欠ける。


 だが、それは今日の合宿に来る前から分かっていたことだ。

 そう思うのであれば最初から、部屋以外の場所で本を読むという予定を立てればいい。


 なぜ先輩は部屋の中で本を読むという予定を立てたのか。


「そりゃそうですけど。じゃあどこで読むんですか?」

「決まってるじゃない。砂浜よ‼︎」

「……砂浜⁉︎ 外で読むんですか⁉︎ 暑いじゃないですか‼︎」


 砂浜で本を読むという行為に何の意味があると言うのか。


 日差しが照りつける夏空の下で本を読むなど愚行に他ならない。クーラーが効いており冷えた部屋の中でグダグダしながらの読書を期待していたため、一気にテンションが下がる。


 緑彩先輩は時々突飛な発想をするからなぁ。


「大丈夫よ。人数分のビーチパラソルは準備してあるわ」


 準備に抜かりがないな……。


 みんなは本を外で読むことに対して不満はないのか?


「お肌に悪い……」


 ボソッとした声で紅梨が緑彩先輩の案に反対の意思を見せる。


「大丈夫よ。日焼け止めは大量に用意しておいたわ」


 準備に抜かりがないな……。


 次に反対の意思を見せたのは紫倉。


「どうせなら水着で行きたかったな……」

「大丈夫よ、水着は全員分用意しておいたわ」


 準備に抜かりがないな……、って流石に準備しすぎじゃない?


 緑彩先輩がどれだけ周到に準備をして、ビーチパラソルの影の下で本が読めるとはいえ気温が高いことに変わりはない。

 心底外に行きたくないが、合宿の場を提供してくれた緑彩先輩の提案を断れはずもなく、俺たちは緑彩先輩に指定された部屋に荷物を置き、砂浜へと集合した。


 待てよ、緑彩先輩、さっき水着を用意したって言ったか⁉︎

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