第30話 閑話、1文字違いなだけなのに

 修学旅行を終え、普段通りの学校生活がスタートした。


 修学旅行中、青木は俺に気を遣ってLINEの返信を控えてくれた。多すぎず、少なすぎずという丁度良い量の返信をくれた。


 そして今は、部活終わりに青木と2人で下校中だ。


 俺と玄人と紅梨は同じ中学校に通っていたので割と家が近く、一緒に登下校することが多い。


 しかし、今日は玄人と紫倉が2人で下校し、緑彩先輩と紅梨は用事があるということで2人で帰宅することになったのだ。


 玄人は今日の部活で紫倉と付き合っていることを報告していたが、緑彩先輩も紅梨も意外に驚いてはおらず、なんならもう知ってたけど? くらいの雰囲気だった。


 青木に関しては俺たちが修学旅行に行っていた間に紫倉から話を聞いていたようだ。


 俺、恋愛系の話とかやっぱ鈍いのかな……。


 帰り道では修学旅行の土産話など、何気なく会話をしていた俺たちだったが青木が急にこんなことを言い出した。


「白太先輩、いつにったら私のこと、蒼乃って呼んでくれるんですか?」

「……は? 何言い出してんだ急に。別に青木でも蒼乃でもどっちでもいいじゃないか。1文字違うだけなんだし」

「どっちでもいいっていうなら蒼乃って呼んでください‼︎」


 墓穴を掘ったか。どっちでもいいと言ってしまった。


 青木の指摘通り、どっちでもいいということは蒼乃とも呼べることになってしまう。


 痛いところをついてくるな……。


「……いや、青木の方が呼びやすい」

「えーなんでなんですか〜。1文字違うだけじゃないですか〜。青木でも蒼乃でも呼びやすさは変わりません」

「もう青木って呼ぶので慣れてるからさ。今から蒼乃に変えようと思うと大変なんだよ」

「1文字変えるだけですよ⁉︎ そんなに大変ですか……?」


 やめろ、目を潤ませて上目遣いでこっちを見るな。俺はそういうのに弱いんだ。


 ……でもめっちゃ可愛い。 


 ってそうじゃないだろ⁉︎ おい危ないぞ俺、今完全に青木のトラップに引っかかってただろ。


 しかし、可愛らしく小動物のような姿に弱いからと言って青木を簡単に下の名前で蒼乃と呼べるわけではない。


「分かったよ……。下の名前で呼べばいいんだろ」 


 はい負けた。弱すぎ俺。


「え、下の名前で呼んでくれるんですか?」

「ああ。しゃーなしだ」

「それじゃあさっそく呼んでください‼︎」

「バカ、用もないのにわざわさ呼ばなくてもいいだろ」

「え、呼んでくれないんですか……?」

「あーもう。……蒼乃」

「はい‼︎ 蒼乃です‼︎」


 俺が名前を呼んだ瞬間、満面の笑みで俺に抱きつこうとしてきた青木を片手でひらりとあしらって逃げ回る。


 こうして少しずつ、俺の気持ちは青木に傾いて行っている。


 こんなに可愛い女の子と、本当に好きじゃないのに付き合っているという罪悪感は少し薄れ安堵するのだった。

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