ラブスティール〜渇望連鎖〜

天宮ユウキ

15年前、私が変わった理由について

彼女は最初はただの強盗だと思った。


あの日、私が家に帰ると家が荒らされた後だった。床や壁には血の跡が着いており、台所に着くとそこには強盗と思わしき女性が立っていた。

無表情で私の両親を殺した強盗は私を見つけると


「綺麗な娘・・・」


それだけを呟くと、近づいてきた。


「ひぃ!? 」


私は恐怖のあまり動けなかった。体が震えで固まってしまう。強盗は無表情のまま、両親を刺し殺したナイフを握りしめて近づいてくる。殺される、殺されてしまうんだ。


しかし強盗が、人1人分の距離まで縮めた時、無表情から喜びの感情が分かるくらいの顔つきになっているの気がついた。なんで? 来ないでよ。何がそんなに嬉しいの?


「震えてる体も、怯えてる顔も、素敵」


ナイフを持っていない方の手で震えている私の頬に手を添える。こわい。何考えているの? もしかして


「私を・・・犯す気、なんですか? 」

「ふふ、それも、いいかも」


この強盗は殺人や窃盗だけじゃなく性的暴行も加える気なの?


「でも、私は、こっち」


その瞬間、強盗の顔との距離が一気に縮まった。違う。私の唇にキスをしたのだ。私のファーストキスがこんな強盗に奪われてしまった。強盗の唇が柔らかく、不覚にもドキっとしてしまった。


「貴女の初めて、貰っちゃったね」

「いや・・・」

「・・・拒絶するの? ふーん」

「え? いや、初めてじゃないから・・・」


すると、強盗はまた無表情に戻り、ナイフを私の喉元に近づけた。


「ひっ!? 」

「つまらない。奪うものがないなんて。生かす価値が無い」

「やめて・・・」

「命を奪う方が」

「違うんです! その女の人にキスされたの、初めてだから・・・」

「なんだ、そういうこと。嬉しい」


強盗は私の喉元に突きつけたナイフを降ろし、表情が緩みだす。

私がホッと胸を撫で下ろすのと同時に今自分におかれている状況を確認した。私の両親は既に息を引き取ってしまい、家が強盗に荒らされた挙句、その強盗は私の目の前にいる。冷静に考えれば緊張感が抜けていいはずがなかった。

そんな緊張感を強盗は奪い尽くす。


「ねぇ」

「な、なんですか? 」

「私と逃げない? 」

「に、逃げる? 」


こんな状況下で私と逃げる? 一人で逃げるならともかく、なんで一緒に逃げないといけないのか。


「私、貴女とキスしたの。分かってる? 貴女に恋心を奪われた。だから私はキスで答えた。そして貴女は今日から私の恋人。愛を奪い合う仲。ふふ素敵ね」

「意味が分からない」


本当に言ってる意味が分からない。私に恋するのは勝手だけど、キスしたり、恋人扱いするのは正気じゃない。こんなの下手な犯罪者よりも狂気地味てる。


「殺される方が、よかった? 」


強盗が急にナイフで壁を切りつける。無表情のはずなのに殺意に満ちていて、本気で怒っているのだろうか。強盗がもう一度、壁を切りつけた所で私の瞳から涙が溢れる。最後はナイフを全力で壁に突き刺す。鈍い音と共に強盗の少し荒くなった呼吸音が、私の耳に届いた瞬間精神が悲鳴を上げて泣きじゃくってしまった。


「ごめんなさい・・・殺さないで」

「うん。落ち着いたね」

「許してください」

「大丈夫。泣いてる顔もかわいい。・・・怖かったね」


自分がやったことなのに、泣いてる私の頭をなでる。本当に理解ができない。だけど、いつ私が殺されるか分からない。彼女に従うしかなかった。


「一緒に逃げるから殺さないで」

「うん、殺さない。ねえ」

「うん? 」

「今日はここに泊まる」

「え? 逃げないの? 」

「逃げるのは明日。朝早くから逃げたら、見つからないから」

「そうなの? 」

「だからまず、カーテンで隠す」


私と強盗は家中のカーテンを閉め始める。とうとう私は強盗の共犯者になってしまった。素直に従えば殺されないからまだいいかもしれない。私がカーテンを閉め切ったところで強盗はナイフを洗い出していた。


「こうして証拠隠滅しないと、私は捕まる」


それにしても手際がよかった。もっとも殺害や住居侵入も巧妙ですぐに見つられないように工夫がされているのがカーテンを閉めている時に分かった。


「あの」

「どうしたの? 」

「もしかしてこういうことは、何度もしてた? 」

「そうよ」


強盗は恐ろしい程あっさりと答えた。私を恋人として見ているからであろうか。


「手際がいいし、何度もやってて指名手配とかされたりするの? 」

「一応、ポスターを見たけどまだされてない。ふふ、私の犯行手口を奪うのね。素敵」


強盗の言う、素敵の意味がまだ分からないが、余程犯行がうまいのか、彼女が犯人だと思われていないのかどっちかだと思った。私は強盗の証拠隠滅を見ようとした時、思わず彼女の肩に手を置いてしまった。


「ひゃ。私の見てて楽しい? それだと嬉しい。それに私の肩に手を置くなんて、許してるのね」

「あっごめん」

「ううん、平気。貴女に見られてるの、なんだかゾクゾクする。いいわ、面白い話してあげる」

「うん」


強盗と普通に話していること自体、おかしなことだけど、彼女の嬉しそうな顔を見るのは嫌じゃない。こんな顔が出来る彼女がなんで強盗なんてことをしているのか気になった。


「私ね、貴女くらいの年の時は・・・って、貴女中学生で、合ってる? 」

「は、はい・・・」

「私、同級生からいじめられていたの」

「ひどい・・・」

「そうね。いじめられていく内に、復讐したくて、いじめてた同級生の家に空き巣を始めたの」

「えっ? 」


犯罪者の心理というのはよく分からない。心がやられていく内にそういうことも平気で考えるようになったのかな?


「理解できない? 私、その同級生を見ていく内に、疑問に思ったの」

「そのいじめっ子の何に疑問を思ったの? 」

「その子、私のこと好きなんじゃないかって。告白して付き合いたい、けどできないから私をいじめる」

「そんな」

「彼女なりの愛の告白なんだと思ったら、いつの間にか彼女の家に空き巣を始めてた」

「えっ??? 」


また急に理解不能なことを言い出した。いじめを告白と受け取って、その答えを空き巣で返す。常人には理解できない。でも、そう言ってる彼女の笑顔は素敵で言い返す気力は出ない。


「だってそうじゃない。愛は奪うことだと彼女は教えてくれた。なら私も見習うべきだと。彼女は、空き巣がピンポイントで自分の部屋のみを狙ってることに怯えてた姿はかわいかった。私の愛の告白に答えてくれたんだって」


いや、違う。動機がストーカーと思ったからだと思う。でも、彼女の告白に答えないいじめっ子はひどい。いじめっ子は、彼女をいじめた後にキスくらいすれば良かったのに。


「・・・なんで今も空き巣や強盗してるの? 」

「彼女を殺した」


は?逃げたのか、あのいじめっ子。こんなにもかわいい彼女を差し置いて。


「何、キスしようとしたら嫌がられたの? 」

「違う」

「なんで? 」

「キスは殺した後にした」

「じゃあ何? 」


イラつく。

私よりも前にキスした女がいたことが嫌だ。彼女の初めてが私じゃないことが辛い。


「彼女に残った、奪ってないものが命だけだった」

「命・・・」

「ふふ、前の彼女に、イライラしたりするの貴女も素敵。貴女には、いっぱい奪うものがある」

「うっ、もしかして、私は命以外に奪われるものがあったからキスしたの? 」

「ううん。それはひ・と・め・ぼ・れ」


やだ。そんなこと言われるとすごく恥ずかしい。あのキスされたの彼女の柔らかな唇を思い出してしまう。もっと欲しい。彼女が欲しい。一緒に逃げたい。夜も一緒に添い遂げたい。

私は決心した。


「あっ、あのう・・・」

「どうしたの? 」

「今日の夜はここに、いるんですよね? 」

「うん」

「その、貴女と一緒に・・・」

「いいよ。貴女がその奪いたいもの、あげる」


私はこの夜、彼女の初めてのアレを奪った。多分、彼女もここまではしたことなかったのか、初々しかった。でもそれがよかった。彼女に愛の告白をできた。あの愚かないじめっ子とは違う。私は彼女の所有権を奪えた。

そのはずだった。


朝起きると彼女は変わらぬ様子で逃げる準備を始めている。けど、元気がなかった。夜は満足気だったのになぜ?


「元気がないよ? どうしたの? 疲れた? 」

「・・・ううん。貴女に気持ちよくしてもらって嬉しかった。だけど、怖いの」

「怖い? 」

「貴女に奪ってもらえるものが、ないの」

「奪えるものがない? 」

「そう。奪われるものがない私に、生きる価値はもうない」

「何言って」

「貴女を愛したい、愛されたい。なのにもう奪われるものがない」

「まだ私、奪い切れてないよ? 」

「あの女に奪われきって、もうない。それはあの女も同じだった」

「あっ」


彼女にとって、奪うものがあるからこそ、愛が成立している。じゃああの夜で私は彼女の最後を。


「ねぇ、貴女は、生きる意味を失った人がやることと言えば、分かる? 」

「・・・自殺? 」

「そうよ。だから私が死ねば、貴女は他の人を奪うチャンスができる。私といても、奪うものがない。なら私が生きてる意味がない」

「やだ、いやだ・・・」

「強情ね。分かったわ。・・・一緒に逃げましょう」

「うん! 」


彼女と愛の逃避行をして、これからの人生を過ごすんだ。私と彼女は荷物を積んで逃げる準備をした。


外を出るといつもと変わらぬ景色。しかし、犯罪者の彼女と一緒という点は違っている。添い遂げたので彼女に手を繋ぎたいと言った。彼女は追われる不安なのか、暗い顔、それでも私から見るとかわいい笑顔でいいよと答えてくれた。


人の多い通りに出て、私はいつ捕まるのか不安だった。彼女はなぜか真剣な表情だった。


「ねぇ、目を瞑って欲しい」

「えっ、何? 」


私が目を瞑っている間に、彼女が何かを私の手に握らせた。しかもそれに気がついた周囲がざわつき出した。


「えっ!? 何これ? 」

「ナイフ」

「えっ? 」


私の頭が回ってくれない。彼女がなぜ急にナイフを握らせたのか。


「私の最後を、奪って」


ようやく分かった。彼女が何をしたいのか。


「い、いやだ」

「ダメ」


私が抵抗すると分かっていたのか、彼女はナイフを握らせた私の手を掴んで自分に刺さるように突き刺した。勢いと当たりの悪さから彼女の口から血が勢い良く吐血される。さらに、私に押し倒されるように引っ張ったので一撃で死ぬ気なのは分かった。彼女は狼狽する私を嬉しそうに見ていた。


『私の最後を奪って、ありがとう』


口元のわずかな動きで判断は難しいがおそらくそう言いたかったのだろう。

彼女は死んだ。


私は殺人で捕まるはずだった。


それなのに。


そんな私に言い渡されたのは、ストックホルム症候群という診断と精神疾患、正当防衛というなんともふざけた言葉だった。違う。私は彼女に恋に落ちて、夜も添い遂げたと何度も言った。でも誰も信じてくれなかった。許せなかった。彼女の愛を否定されたのがこんなにも屈辱的だったなんて。




15年後。

とあるレストランで、私は待ち合わせをしていた。


「あの、すみません」

「はい? 」

「えっと、私が依頼した者なんですが」

「ああ、あなただったのね」

「はい! 」


私は、巷で有名なヤミ金融の取引先業者となっていた。お金が払えない女の人には、別のものを奪っていく変わった女として噂されていた。別のものというのが、愛のことである。ふざけているつもりはない。金が奪えないなら愛を奪う。普通のことである。

ただし


「ねぇ、お金が払えないなら私と夜を過ごすって分かってる? 」

「その、女の人は初めてですけど、だ、大丈夫、です」


こうやって払えない女の人に何度も要求している。もちろん私自身、何人もの女の人を抱いて済ませたことがある。結果的には、私以外の業者にやられて大変な目に遭ってるが、それもたまらない。気に入った女の人が奪われ尽くされるのは快感だ。

だけど、私は彼女みたいな女性に奪われたい。その渇望だけは満たされていない。誰が満たしてくれるのか。それだけが不安だ。いない彼女の空きと渇きを、私は未だ満たされていない。

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