13

「ええええっ!」


 ぼくはさらにびっくりする。


「分かるよ。だって翔太君、いつもあの子の事見てるんだもん」


「……」


 うう……バレバレか……中田先生に見抜かれるのはともかく、クラスメイトにまでそう言われてしまうのは……ちょっとショックだ……


「もし翔太君が今回のキャストを決めるとしたら、やっぱり『キャシー』は瑞貴にやらせたかった?」


「それはない」ぼくは即答する。「高科さんが演技をするなんて、考えられないよ。1年の時だってキャストじゃなくて、衣装係だったし。彼女がキャストだったら、それこそ棒読みどころか全く無表情でセリフをしゃべりそうだよ」


「でも、彼女のそういうところが、翔太君はいいんでしょ?」


「……」


 ぼくの顔が熱くなる。否定できなかった。確かに、ぼくは最初、彼女のそういうクールなところに惹かれていた。でも、だんだん彼女がいろんな表情を見せるようになって、そんな彼女もとても魅力的だ、と思うようになっていったのだ。


「でもさ、翔太君」


「え?」


「彼女のそういう鉄面皮なところも、彼女の演技かもしれないよ。実は意外に演技力、あったりしてね」


「ええっ……?」


 そんなふうに考えた事は、一度もなかった。でも……そんなこと、あり得るんだろうか。


「私ね、今は別にあの子と特に仲がいい、ってわけじゃないんだけど、それでもあの子のこと、嫌いじゃないんだ。あの子はね、冷たい仮面をかぶってるようだけど、中身はすごく優しくて、繊細で、お茶目な女の子なの」


 ああ。それ、最近なんとなく分かってきた。瀬川さんは続ける。


「ただ、優しすぎて傷つきやすいから、仮面をかぶって自分を守ってる。そんな子なのよ。翔太君、いい子を好きになった、と思うよ」


「ありがとう。でも……ぼくの気持ち……クラスのみんなも、気づいてるの……かな……」そう言うぼくの声は、だんだん低く小さくなっていった。


「ううん。そんな事ないよ。たぶん気づいてない人の方が多いと思う」


「そっか」


 少し、安心した。


「私はさ、翔太君の事……いつも見てたから……だから、君がいつも誰を見てるか、も……分かっちゃうんだよね……」


 そう言うと、瀬川さんは少し寂しげな顔になった。


「え?」


「あ、いや、なんでもない!」なぜか瀬川さんがあわてて立ち上がる。「ごめん、なんか随分時間食っちゃったね。教室に戻って練習しよ? 翔太君のアドバイス通り、『キャシー』に感情移入するようにして演ってみるよ」


「う、うん」


 駆けだした瀬川さんの後ろ姿を追いかけながら、ぼくは脳裏で彼女の言葉を反すうしていた。


 "私はさ、翔太君の事……いつも見てたから……"


 まさか……それって……


---


 ぼくと瀬川さんが教室に戻ると、みんなと中田先生が心配そうな顔で待っていた。が、ぼくらの顔を見ると、先生は一気に表情を緩める。


「あー良かった! その顔を見ると、ちゃんと仲直りできたみたいね」


「仲直り?」瀬川さんが、きょとん、とした顔に変わる。


「ええ。翔太君とケンカになって、瀬川さんが泣いて教室を飛び出した、って今さっき聞いたんだけど。それで翔太君が、謝って仲直りするために追いかけた、って」


「「ええっ?」」


 ぼくと瀬川さんの声が、ぴたりとシンクロした。思わずぼくらは顔を見合わせる。


「ええと……ケンカ、ってことじゃないです」と、ぼく。「ただちょっと……確かにぼくの言い方がきつかったみたいで……瀬川さんに悪いことしちゃったな、って……」


「ううん、違います」と、瀬川さん。「翔太君は何も悪くないんです。ただ、私が……上手く演技できない自分が不甲斐なくて、泣きたくなっちゃって教室を飛び出して……それで、心配した翔太君が、私を探しにきてくれたんです。だから……翔太君、いきなり飛び出して、ごめんなさい。探しに来てくれて、ありがとう」


 そう言って、瀬川さんがぼくに向かって頭を下げる。


「いや、ぼくの方こそ、言い方が悪かったよ。だから……ごめんなさい」


 ぼくも彼女に向かって頭を下げる。


「だから、翔太君は何も悪くないって……悪いのは私なんだから」


「いや、ぼくの方だよ」


「ううん、私」


「はーい! そこでストップ!」


 二人の謝り合戦を止めたのは、中田先生だった。


「その様子じゃ、本当に何の問題もなさそうね」


 先生の言葉に、その場の雰囲気が一気に和む。あの時、体育館の外でぼくを睨み付けていたマイとミカの二人も、今は表情を緩めていた。


「はい、それじゃ『キャシー』の演技指導やるからね。瀬川さん、準備はいい?」


「はい」


 ちょっとだけ、瀬川さんの顔が強ばった。


---


「まあまあいいわね。だけど、ちょっとセリフが棒読みかな」


 それが中田先生の評価だった。だけど、ぼくとしては、それまでの瀬川さんの演技とは天と地の差と言っていいくらい向上した、って感じだった。まず、表情が違う。それまで彼女はぎこちない顔でただ淡々とセリフを喋っていただけだったのが、今回はセリフに応じて表情をつけて演技していたのだ。


「あのね、瀬川さん。演技って言うのはね……」


「役になりきる、ってことですよね」瀬川さんが微笑みながら、中田先生の言葉を遮る。


「あら、分かってるんじゃないの」


「ついさっき、気づきました。これからもうちょっとシナリオを読み込んで、シーン毎に感情移入できるようにイメージトレーニングします。だから、今はこれが限界ですけど、今後はもっと良くなってくると思います」


「そう……それ、自分で気づいたの?」


「いえ……」そう言って、瀬川さんはぼくの方に振り返る。


「なるほど」先生は事情をすぐに理解したようだった。


「そこまで分かってるんなら、大丈夫ね。それじゃ今日は、ここまでにしましょう」


 先生の言葉に、みんなが帰り仕度を始める。


「あ、翔太君はちょっとだけ残ってて」ふと、先生がぼくを見つめる。「シナリオのことで一つ、確認しておきたいことがあるの」


「あ、はい」


 その時のぼくは、その後恐ろしい体験をすることになるとは、全く思いもしていなかった……


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