6

 ダメだ。症状が全く変わらない。ハンダクラックの問題でもなかったらしい。


 さすがにぼくも頭を抱えた。これはもう……降参するしかないのか……


 ぼくは高科さんの顔を思い出す。今はもう毎日彼女の家に行ってシナリオ作成をするのが当たり前になってしまっているのだが、彼女はいつも、「アンプ、直った?」と聞いてくるのだ。


 ぼくも嘘はつきたくないので、いつも正直に「ごめん、まだなんだ……」と応えることしかできなかった。その度に彼女は……いつものように無表情……のように見えて、やっぱり少しだけ顔を曇らせるのだ。


 早く直してやりたい。だけど……どうしても原因がわからない……


 ぼくはもう、半分あきらめかけていた。やっぱり、無理なのか……


 悔しかった。これじゃ、高科さんのお父さんも納得させられないじゃないか……


 ……と、思いかけて、気づく。


 よく考えたら、そもそもなんで高科さんのお父さんを納得させなきゃならないんだ?


 ……。


 ま、いいや。深く考えない事にしよう。


 それにしても。


 ほんと、父さんってすごいよなあ。尊敬せずにはいられない。回路図もないのに、よくもまあ直せるもんだよな……


 そうだ。回路図なしに、父さんはどうやって直しているんだろう。


 たぶん、配線と基板のパターンをたどっているんだ。ひょっとしたら、それをしながら自分で回路図を作っているのかもしれない。


 それ、ぼくもやってみるか。


 ぼくはスピーカー端子から配線をたどっていった。


 意外だった。


 てっきりパワートランジスタの出力が端子に直接つながっているものだと思ってた。説明書に描いてあるブロックダイヤグラム(全体のおおざっぱな回路図)を見てもそうなっている。

 だけど……本当はそうじゃないんだ。スピーカー端子とパワートランジスタの間に、パワーアンプ基板に付けられた一つの部品があった。これは……電磁リレー……?

 リレーは基本的に電磁石で動く機械的なスイッチだ。だけどそんなもの……何のために?


 ……ああっ!


 わかった。これ、プロテクトのためのものだ。電源投入直後にスピーカー端子とパワートランジスタを切り離しているのが、これなんだ。確かにプロテクトが外れた瞬間、カチッという音が聞こえる。それはこのリレーのスイッチが接続された音だったんだ。


 その時だった。


 ぼくの脳裏に閃きが走る。


 もしかして、そのスイッチの接点が接触不良になっているんじゃないか?


 ぼくはリレーの透明なカバーを外し、スイッチの接点を見た。思った通り、随分黒く汚れている。たまっていたホコリが入って焼き付いたのかもしれない。早速ぼくは消毒用のアルコールを含ませた紙で接点を軽くこすってみた。だけど、あんまり綺麗になった気がしない。それでも、これで状況が変化すれば……


 電源を入れて、CDプレイヤーに入ったままのゲームサントラCDを再生する。


 ダメだ。相変わらず音が出ない。


 これでもダメだったのか……


 がっくりしたぼくがやけくそでボリュームを一気に上げた、その時だった。


「!」


 いきなり、スピーカーからゲームのBGMが爆音で飛び出した! 慌ててぼくはボリュームを絞る。


「うそ……」


 直った! やっぱりリレーの問題だったんだ!


「やったぁ!」


 思わずぼくは右の拳を大きく真上に突き上げる。やった……やったんだ。ついにぼくは、一人でアンプを修理する事ができたんだ……


 時計を見ると、もう0時を回っている。しまった……こんな時間に爆音を鳴らしてしまった……近所迷惑だったかも……


---


 それから何度か試してみたのだが、やっぱりボリュームを絞った状態だと全然聞こえなくなってしまう。ある程度ボリュームを上げないと音が出ないのだ。たぶんこれは、まだリレーの接点の接触が悪いからだろう。そう思ったぼくは、次の日、目の細かいサンドペーパーを買ってきてリレーの接点を綺麗に磨いてみた。そうしたら……小さいボリュームでもちゃんと音が出るようになった! 良かった……これで完璧に修理できた……


「え、ほんとに? 翔太君一人で直したの?」


 教室で会うなり、ぼくは高科さんにアンプの修理が完了した事を告げた。みるみる彼女の目がまん丸になる。


「まあね。結構悩んだけど、実は意外に簡単だった。ハンダごても要らなかったくらい」


「すごいなあ……ほんとに修理できちゃうなんて……翔太君、ほんとにすごいよ」


「えへへ……もっと褒めて」


「調子に乗るな」


 こんなツッコミも、以前の彼女ならまず考えられないことだった。


「というわけで、今日は家によってから母さんの車で行くね。アンプも一緒に」


「え……そんな、悪いよ、わざわざ持ってきてもらうの……明日ならお父さんが車で迎えに行けるのに」


「でも、なるべく早くレコード聴きたいんだろ? それに、ぼくの母さんも、ぼくが何度か夕食ごちそうになっているから、高科さんのお母さんにお礼がしたいんだって」


「そ、そう……」


 心なしか、高科さんは恥ずかしそうだった。


---


「……本当に君だけの力で直したのかい?」


 結局、高科さんのお父さんは早く帰ってきた。彼女の部屋にアンプを戻し、ちゃんとレコードが再生できるのを確認した後で、お父さんは疑り深そうにぼくを見ていた。


「そうです」ぼくは胸を張って応える。


「何が悪かったのか、分かりやすく説明してくれるかな?」


 ……キタ。


 勝負を仕掛けてきたな。ぼくが自分で直していなければ、ちゃんと説明できるはずがない。高科さんのお父さんはそう思っているのだろう。だが、おあいにく様。これは本当にぼくだけの力で直したのだ。


 スラスラとぼくは説明した。プロテクト回路のこと。その回路ではリレーが重要な役割を果たしていること。それでそのリレーの接点が接触不良になっていたこと。そして、その接点を磨いたら直った、ということ……


 途中、高科さんのお父さんは何度もぼくの話を遮って質問してきたけど、その都度ぼくはちゃんと分かりやすく応えた……と思う。決して専門用語を使って煙に巻いたりはしなかった。


「……」


 とうとう高科さんのお父さんは腕組みをしたまま黙り込んでしまった。ぼくは確信した。


 この勝負、ぼくの勝ちだ。


「ねえ、本当にそれだけなの?」


 高科さんだった。


「え……どういう意味?」


「何だか、前より音が良くなっている気がするんだけど」


「え、そうなの?」


 もちろんぼくは前がどんな音だったか知らない。だから前よりも良くなっているかどうかも分からない。


「うん。なんていうか、低音も高音も前よりも良く出るようになってるみたい。歪みっぽい感じもなくなってるし」


 さすが、天才ピアニストは耳の出来も違うらしい。


「やっぱり接触不良が直ったからじゃないかな。あと、実は結構ハンダ付けやり直してるところ多いんだよね。それもあるかも」


「そっか……ずいぶん気合い入れて、直してくれたんだね。ありがとう」


 そう言って、高科さんが、ニッコリと笑った。


「!」


 やばい……めちゃかわいい……


 一瞬、胸が締め付けられるような感じがした。これ、もしかして……「胸キュン」ってヤツ?


 いつもの無表情な彼女もキリッとしてていいんだけど、笑顔もこんなにかわいかったんだ……なんかもう、ぼく、メロメロになりそうだよ……


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