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「それで君は……瑞貴の……何なのかな?」
高科さんのお父さんの車の中。運転席のお父さんはとても穏やかに、だけど、謎のプレッシャーを感じさせながら、助手席のぼくに問いかけた。かっこいい低音の声。40代くらいかな? でもあまり年齢を感じさせない、かなりのイケメンだ。たぶん高科さんはこの人に似たんだと思う。
で、この人、顔は笑ってはいるんだけど……なんだろう、なんか、すごく怖い……
「え、ええと……クラスメイトです。今回、演劇のシナリオ担当になったんで、映像を見ながら一緒にストーリーを考えています」
「なるほど。『雨に唄えば』だったね。あれはいい映画だ。あれをベースにシナリオを作るのかな?」
「そうですね」
後ろの右の席には高科さんが座っていて、その横にはサンスイのアンプが置かれている。彼女のお父さんがどこからか探して持ってきた、アンプの説明書も一緒だ。
ぼくが一人で歩いて持って帰るには重い、ということで、わざわざぼくの家まで車で送ってくれることになったのだ。別に高科さんまで来る必要はなかったんだけど、なぜかついてきた。
「あ、そこです。ありがとうございました」
車はぼくの家の玄関で停まった。ぼくは後ろのドアを開けてアンプを取り出す。高科さんがちらりとぼくを見た。無表情。だが、目が「がんばってね」と言っているようだった。ぼくはうなずいてみせる。
「それじゃ、アンプは確かに預けたからね」と、お父さん。「見せてもらおうかな。君の修理の腕とやらを……」
なんか、どっかで聞いたことのあるセリフだな……だけどこの人が言うと、なぜかすごくハマってる気がする。
というか、ぼく、どうもこの人に挑戦されてるような……
そうか。ひょっとして、娘にふさわしい男かどうか、父親として見極めようとしているのかも……いや、高科さんとは全然そんな関係ではないのだが……今のところは……
だけど、この勝負、やっぱり逃げるわけにはいかない。男として。
絶対、ぼくだけの力で直してやる。
「わかりました。絶対に直してみせます。今日はどうも、ありがとうございました」
そう言って、ぼくはドアを閉める。車はそのまま出発し、角を曲がってすぐに見えなくなった。
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……ダメだ。
全然分からない。
自分の部屋で、早速預かってきたアンプを前にしたぼくは、途方に暮れていた。
このアンプ、サンスイAU-α507は、いわゆるプリメインまたはインテグレーテッドと呼ばれるタイプのアンプだ。プリアンプ(レコードプレイヤーをつなぐフォノイコライザーやトーンコントロールなどの機能の部分。コントロールアンプとも呼ぶ)とパワーアンプ(スピーカーを駆動する部分。メインアンプとも呼ぶ)の両方が一つのケースに収められている。ぼくの父さんは同じサンスイのAU-D907X DECADEっていうプリメインアンプがお気に入りで、電源もまともに入らない格安のジャンク品を自分で一から修理して、自分の部屋で使っている。
さすがに父さんのアンプよりも新しい製品だからか、このα507の状態はそこまでひどくはない。電源は普通に入るようだ。最初はランプが点滅するが、5秒くらい経つと点きっぱなしになる。ってことは、プロテクト(電源を入れてから一定時間アンプの回路を出力端子から切り離し、電源投入時のポップノイズが出るのを防ぐ機能)が外れるのは間違いないようだ。それなのに……どうして音が出ないんだろう。
このアンプは、スピーカーAとスピーカーBという、2組のスピーカーがつなげられる端子がある。だけど、そのどちらからも全く音が出ないのだ。右も左も。スピーカーだけでなく、ヘッドフォン端子も同じだった。
でも、プリアンプの部分は問題なく動くようだ。ぼくのCDプレイヤーの出力をサンスイのアンプのフォノ入力につなぎ、ライン出力をうちのアンプにつないでCDを再生すると、ちゃんと音が出る。もちろんイコライザーを通すので低音が強調された変な音になるけど。ってことは、パワーアンプの部分の問題か……
うーん。だけど、ボリュームを上げてもノイズも聞こえない、って言うのは……どういうことなんだろう。パワートランジスタが死んじゃったのかなぁ。でもそれくらいの故障になると普通は電源も入らない、って昔父さんが言ってたような……
「お、なんだお前、アンプ買ってきたのか?」
噂を……したわけじゃないけど、父さんだった。部屋の開けっ放しのドアから、ずかずか入ってくる。
「ほう。α507か。安物だな。ジャンクで2~3千円ってところだろ。なんでそんなのわざわざ買ってきたんだ?」
「買ってきたんじゃないよ。これは、友達の家のヤツ。壊れたんだって。だから、直せるかな、と思って預かってきた」
「ふーん。果たしてお前がちゃんと直せるもんかねえ。ま、でも507くらいの安物なら、お前にピッタリかもな」
「安物って言わないでよ。そりゃ父さんの907に比べたら安物かもしれないけどさ。これ、友達のおじいちゃんの形見なんだから」
とたんに父さんの表情が険しくなる。
「……悪かった」
いきなり、父さんがぼくに頭を下げた。
「形見の品なら、安物なんて言っちゃいけないよな。どれ、どういう症状なんだ?」
「教えない。これはぼくが一人で直すつもりなんだから」
「あ、そう。それなら、せいぜい頑張る事だな」
父さんはそう言って手を振ると、部屋から出ていってしまった。
しまった……変な意地張らないで、素直に助けを求めれば良かったかも……
いやいや。ぼくは思い直す。最初に決めたとおり、できるところまで一人で頑張ってみよう。
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三日後。
故障の原因は、未だに不明だった。
とうとうぼくはアンプを分解し始めた。ケースの中に結構ホコリがたまっていたので、それらを全て掃除してみたが、状況は変わらない。パワーアンプに電源がちゃんと来てないのか、と思ってテスタで調べてみたけど、正しい値の電圧がかかっていた。時間が経つとどのパワートランジスタも暖かくなるので、やっぱり死んでるわけじゃなさそう。ボリュームが壊れてるのかと思って、これもテスタで抵抗値をチェックしたけど、大丈夫だった。
あーあ。
"絶対に直してみせます" なんて、大見得切らなきゃ良かった……
ぼくの力なんて、この程度なのか……やっぱり父さんに頼るしかないのか……
だけど、それはやっぱり嫌だった。ネットで情報を収集する、ってことも考えられるけど、それもできればやりたくない。
自力だけで直さないと、なんだか負けたような気がしてならないのだ。高科さんのお父さんに……そして、父さんにも……
でも、こうして自分で修理に挑戦してみると、あらためて父さんってすごいな、と思う。今までアンプやスピーカーやCDプレイヤーを数限りなく直してきた。それを見るたび、いつかぼくもこんな風にいろんな物を修理できる人になりたい、って思ったものだ。しかも、父さんはいつも簡単そうに修理している。だけど、ぼくにとっては全然簡単なことじゃないんだもんな……
こんなとき、父さんならどうするだろう……
ぼくがそう考えた時だった。
「!」
突然ぼくの脳裏に、父さんの言葉が蘇る。
"古いアンプはな、ハンダクラックと言って、ハンダが劣化していてヒビが入っている事が多いんだ。だからハンダを温め直してやるだけで、直っちゃったりする事も多いんだよ"
……それかもしれない!
ぼくはとりあえず、問題のパワーアンプの基盤だけ、一通りハンダ付けをやり直すことにした。
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