青に舞う黄と白

望戸

青に舞う黄と白

 小型の飛行艇は年代モノだが、動作には特に問題ない。レーダーは最新式のものに積み替えてあるから、こんな見通しの悪い雲の中でも安心して目的地を目指すことができる。オートパイロットに全てを任せて、俺は操縦席で欠伸をする。

「白ウルウ草の花びら、四年分でしたよね」

 副操縦席に座る相方は、タブレット型の端末を指で操作している。画面に表示しているのは、今回の依頼内容のようだ。

「それってつまり、どれくらいの量を希望されてるんでしょうか」

「ありったけたくさん、って意味だろ。あのおっさん、金だけは腐るほどあるんだから」

 依頼を寄越してきた魔法材料問屋は、業界内の立ち位置こそ中堅ではあるが、その業績は目覚ましい。中堅に甘んじているのも、上位に座する年寄り連中がその席を譲らないからというだけの理由だ、というのがもっぱらの噂だ。当然金回りもよく、俺たちのような貧乏トレジャーハンターにはありがたい顧客である。

「四年に一度しか咲かない、幻の花って言われてるんですよね」

「普通のウルウ草なら毎年見るけどな」

「あれはどこにでもある高山植物ですから。でも白ウルウ草はレアですよ。問屋ギルドの取り扱い品の中でもSSランクの品です」

「SSランク? Sランクよりも上があるのか? 初耳だぜ」

 魔法材料問屋のギルドは取扱商品の目録を毎年作っているが、そのカタログに載っているのはSランクまでだ。ええっと、と相方は画面を動かし、

「ちなみに他には、深海に棲む伝説の大海蛇の鱗とか、前史時代から消えずに燃え続けている篝火とかがラインナップになってます」

 げっ、と俺は顔をしかめた。どれも存在自体が疑わしいような品物ばかりだ。

「つまり眉唾モンってことか」

 見つかれば儲け物、くらいの気持ちで問屋側は発注したのだろうが、こちらとしては見つからなければ大損だ。何せ燃料費は持ち出しだし、報酬は出来高制の完全後払いである。ならばそんな受注をしなければいい、と言われてしまえばぐうの音も出ないが、俺はどうにもそんな依頼ばかり押し付けられているきらいがある。

「そろそろ着きますよ」

 目的地は天を衝くような峰々に囲まれている。山脈が円を描く様にぐるりと輪を作った、その中心にぽっかりと口をあけた窪地なのだ。辺りの山はどれも険しく、プロの登山家でない俺たちとしては、上空からアタックするのが一番の早道だ。

 視界がぱっと明るくなった。雲を抜けるのだ。

 急にクリアになったフロントウィンドウを覗き込むと、眼下に黄色い花畑が広がっている。ここが目的地、ウルウ草の花畑だ。

 花を散らさないよう、飛行艇は上空に待機。一人用のジェットパックを背負って、俺はほぼ垂直な岩壁の傍にそっと降下した。

 見渡す限り、小さな黄色い花がそこかしこに群れ咲いている。実にのどかな光景だ。仕事でなければひとまず昼寝としゃれ込みたいところだが、さすがにそうも言ってはいられない。

「しかし、本当にあるのかね、白いウルウ草なんて」

 ウルウ草自体がかなり小さな植物なのだ。広い花畑を掻き分けながら探すことを思えば、時間は一秒でも惜しい。そのうえ実在するかもわからないとなれば、モチベーションは下がる一方である。

 やれやれ、と思いながらかがみこんだ時、耳にはめた通信栓から相方の声がした。

『何かいます。気をつけて』

 少し離れた花群れが揺れている。風による動きではない。

 しゃがんだ体勢のまま、俺は静かに様子を窺う。

 白い、小さな鼻先が、花々の中からぬっと突き出された。しばらくふんふんと周囲のにおいをかいでから、その鼻の持ち主は警戒するように姿を現した。片手で抱えられそうな大きさの、四足歩行の生き物だ。白い体表はすべすべと滑らかで、ふさふさとした尻尾を持っている。長く大きな耳を背骨に沿って後ろへ流している。一見ウサギのようだが、よく見るとどうにも違う動物のようだ。

 飛行艇から拡大映像を確認したのか、相方の声が聞こえてくる。

『Aランク指定のテンクウウサギモドキです。捕獲したいところですが、今は白ウルウ草が優先ですね』

 Aランクの商材を逃すのは惜しいが、こいつを抱えながら白ウルウ草を探すのは確かに現実的じゃない。さっさと自分の獲物を探すほうが理に適っている。大体、ウサギの仲間というやつは植物を食べるものと相場が決まっているのだ。せっかく白ウルウ草を見つけても、食べられてしまっては元も子もない。

 俺の予想通り、このテンクウウサギモドキも食事のために花畑へやってきたようだった。立ち止まって何かしていると思ったら、手近に生えていたウルウ草を食んでいる。

 俺もさっさと仕事にかからなければ、と思ったときだった。

 黄色い花の見すぎで、目がおかしくなったのか。いや、いくら目をこすっても、眼前の光景は戻らない。

 雪のように白かったテンクウウサギモドキの身体に、じんわりと、色が染み出している――ウルウ草の黄色を溶かしだしたような、淡いレモンイエローだ。土や花粉の汚れではない証拠に、色変わりは全身に均一に広がっている。数十秒の後には、鼻先から房のような尻尾まで、全てが太陽のような色に染まってしまった。

 それだけではない。ぴったりと背に伏せられていた耳が、身体を覆うようにぐんと広がる。翼を得たかのようなその姿は、最早ウサギの親類とは呼べない。大きすぎる妖精か、あるいは小さすぎる竜の子とでも言おうか。

 果たして、相方の震える声が、通信栓を通じて耳に流れ込んでくる。

『ウリュウ、です……SSランクの……四年に一度、どこからともなく現れては飛び去っていくという……』

 ばさりと羽が空を打つ大きな音がした。どこにそんなに隠れていたのか、見渡す限りのウルウ草の合間から、何十匹ものウリュウが飛び出した。

 目の前のウリュウも大きな後ろ足でぐっとジャンプしたかと思うと、すぐに生えたばかりのの翼で風をはらみ、はるか上空へ浮かび上がる。小型の雲のように上空を旋回しているウリュウたちを、俺は呆然と見上げる。

 青空に浮かぶウリュウたちから、白いきらきらしたものが降ってくる。何気なく捕まえて、握った手を開く。

「あ」

 手のひらに乗っていたのは、すっかり色の抜けて白くなったウルウ草の花びらだ。

「白いウルウ草……?」

 四年に一度現れるウリュウと、四年に一度咲く白ウルウ草。

 ウリュウがウルウ草の食して生長したテンクウウサギモドキであることは、今見たとおりだ。このとき、テンクウウサギモドキの白い身体は、ウルウ草の色を写し取ったかのように黄色く染まった。

 つまり、テンクウウサギモドキが欲していたのは、ウルウ草そのものではなく、ウルウ草に含まれる色素だけだったのではないだろうか。

 四年に一度、テンクウウサギモドキがウリュウになるときに、彼らはウルウ草の色素を取り込む。その際、ウルウ草の花自体は必要ではないので、一度飲み込んだ後、色素だけを奪って体外に放出する。それが今降って来た、この花びらだろう。

 つまり白ウルウ草とは、テンクウウサギモドキの食事カスのことだったのだ。

「なーんて、都合のいい話があるもんかね」

 自分で自分にツッコミ。しかし、白いウルウ草の花びらがここにあることは確かな事実であり、事実がどうであろうと、納品さえしてしまえばこっちのものだ。

 花びらは軽く、少し息を拭きかけただけでもふわりと舞い上がる。早く拾い集めなければいけないが、俺はしばし舞い遊ぶ竜と白い花吹雪に見とれる。いつもはうるさいくらいに雄弁な相方も、さっきから何もしゃべらない。飛行船の中からは、きっとウリュウたちの姿が間近に見えているはずだ。

 しばらく空中で遊んだ後、ウリュウの群れは東の空へ向かって飛び去っていった。きっと、新しい住処へ向かうのだろう。俺と相方は、その背中を見送る。いい物を見せてもらった。これだから、この仕事はやめられないのだ。

 最後の竜も見えなくなって、周囲には散らばった白い花びらだけが残された。黄色いウルウ草を覆い隠すように降った花びらは、確かに白い花が咲いているようにも見える。

 ウリュウたちのいなくなった空は途端に静けさを取り戻して、さっきまでの光景が嘘のようだ。雲ひとつない晴れ間に、吹き降ろすような強風が吹き込む。山肌を滑り降りてきた突風に、白と黄色の花びらがぶわっと舞う。

『早く集めてください、飛ばされますよ!』

 はっとしたように怒鳴る相方の声に、俺も我に返る。麻袋を片手に、舞い上がる花びらを慌てて追いかけ始めたのだった。

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