ふらふら男子とふりふり女子

宇枝一夫

四度目の二月二十九日

 来てしまった……。

 うるう年の二月二十九日。

 僕、漆山うるしやま俊夫としおは、心躍らせていた。

 自分でもどうしようもないんだ。この胸の高鳴りは。

 なぜって?

 四年に一度、やってくるんだよ。僕の誕生日と


『女子に告白したくなるびょう(仮名)』が……。


 四歳の時は、よく覚えていない。

 八歳の時は確か、一緒に集団登校していた子……だと思う。

 十二歳の時は、スイミングクラブで一番かわいい子だった。

 もちろん、すべて玉砕だ。


 でもね、なぜか三月一日以降、その子のことなんか、路傍の石みたいに気にしなくなる。

 てか、告白したことは覚えているんだけど、その後どうしたか、あんまり記憶にないんだ。

 おそらくトラウマになるからと、脳の安全装置が働いて記憶を消してくれたのかな?


 細菌かウイルスのせいか知らないけど、失敗することなんて微塵も考えていない。

 そう、僕の気分は最高潮さ。

 最悪の結果になることを確信しながらね……。

 我ながら、器用な精神だと思う。


 えっ!? 相手は誰だって?


 同じ高校の文芸部の女子、更衣きさらぎ弥生やよい……さん。


 ボブカットの黒髪に、ほんのり優しそうな目元。

 隠れファンは多数いる……のかな?

 高校に入学し、彼女と同じクラスになり、僕は何気なく文芸部に入部し、後ほど彼女が入部してきた。

 新入部員は僕たち二人。

 ごく普通に部室で会話し、クラスでもごく普通に、テストの範囲から部活のこととかを話していた。

 部室の戸締まりの後、自転車置き場まで一緒に歩いたことも数知れず。

 それでも、何の感情もわかなかった。


 何よりクラスには、男子の人気を二分するクールビューティーのさつきさんと、妹のようにかわいい下槻しもつきさんがいたからだ。

 来年の二月二十九日になったら、あの二人のどちらかに告白するんだろうな……。


 ……そんなことを考えていたときがありました。


 翌年、一月四日。

 文芸部員総出で高校近くの神社へ初詣に行った。

 三年の先輩方はそれぞれ彼氏、彼女を引き連れ、二年男子の関口先輩と女子の大野先輩は……どう見ても距離が近すぎるよね。

 チッ! このリア充共め。

 最近気がついたけど、彼氏のいる子には、告白感情が湧き上がってこないみたいだ。


 そして現れた如月弥生さん。

『着物!』 


 先輩女子達も彼氏の前だからと、気合い入れておしゃれしていたが、古式ゆかしき着物にはかなわない……と思う。

 アイボリー? クリーム色? に梅の花をちりばめ、髪飾りには鶴をあしらえた稲穂かんざし!

 うん、僕的には完璧だ! 

 思わず眼鏡をくいっとあげて、凝視してしまうほどだ。

 そして気づいてしまった。

 二月二十九日、この子に……告白するんだと。


― ※ ―


 もうすぐだよね。

 四年に一度の

 私の誕生日である

 二月二十九日が……。

 この日だけは、どうしようもない感情が、私の奥底から湧き上がってくるの。

 この日だけは、男子がゴ○ブリかゲ○ゲジみたいに思えてくるの。

 もっとも、今のところ、ある男子のみだけどね


 これはもう、一種の病気だね。

 あえて名付けると


『二月二十九日に告白してきた男子を、思いっきり振ってしまう病(仮名)』


 もっと正確にいうと、


『四年に一度、二月二十九日に告白してくるであろう、

”漆山俊夫君を”、

 言語的、物理的に振ってしまう病(仮名)』


 ひどいこと言っている。

 まったく、どんなウイルスがこんな病気を発病させるんだよ~。

 それにさ~漆山君もさぁ~、いい加減、気がつかないのかな?

 私、貴方を振りまくった女なんだよ。


 なのにさ~。なんで初めて会ったように接してくるのかな~?

 私、告白してきた貴方を口だけでなく、“物理的”にも、ひどいコトしたんだよ。


 四歳の時はあまり覚えていないけど、男の子に何かした記憶はある。

 八歳の誕生日の時には、ランドセルで何度もぶったたいた。

 十二歳の誕生日の時には、プールに突き落として、ビート板を投げつけたり……。

 今思い出すと、血の気が引いてくるね。

 よく死ななかったな~って、乾いた笑いしかでないよ。


 ……ひどい女。


 そして今度の二月二十九日……。

 私は、彼に何をしちゃうんだろう……。

 

 悩んで悩んで頭の中がパンクしそうな二月某日。

 日本中を揺るがした(?)重大ニュースが、総理大臣より発表された!

『働き方改革を教職員にも適用するため、二月二十九日は全国の小中高校を臨時休校とする!』

 よかったぁ~。

 少なくとも、漆山君に対してひどいことをしなくてすみそうだ。

 先生方、ゆっくり休んでくださいね。


 卒業式も終わり、部室には二年男子の関口先輩と、女子の大野先輩、そして漆山君と私だけになった。


「なんか、静かになっちゃいましたね……」

 私はお決まりの台詞を呟いた。

 心の余裕ってヤツかな。

 もし二月二十九日に漆山君が私に告白してきて、それを私が盛大に振ったら、彼は部活をやめるどころか、”生命的に”学校を退学するかもしれない。


 ナイス英断! ナイス総理!

 有権者になったら投票してあげるからね!


「来年は、新入生が入部するといいですね」

 漆原君もお決まりの台詞を呟いた。

 よし! いつもの漆山君だ。


 でもまさか当日、家まで乗り込んでこないよね?

 名簿があるから住所は知っているだろうけど、マンションはセキュリティーがあるから容易には……。

 最悪、インターホン越しに風邪をひいたって言えば、諦めて帰ってくれるだろう。

 なんか、ストーカー呼ばわりしてごめんね。


 ん? 関口先輩?

「そうだな。部活紹介の草稿もそろそろ考えないと……君たち、二月二十九日は暇か? どうせこの日は休校だし、ファミレスかハンバーガー屋で一緒に草稿を考えようと思うんだが?」

「「えっ!?」」

 私と漆山君がハモった。


「ほかの日は、ダメですか?」

 漆山君もナイス!


「それなんだが、もうすぐ期末テストだし、春休みは俺も大野さんも予備校の講習に行くんだ」

「なぁにぃ~君たち。ひょっとしておデート?」

 大野先輩、アンタは近所のおばちゃんか!

「「いやいやいやいやいや」」

 二回もハモったよ。


「じゃあ決まりだな。場所はおってSNSで連絡するから」

「は……はい」

 この世の終わりみたいな声を出す私。

 いっそ世界が終わってくれ~!   


― ※ ―


 二月二十九日、十時。某ハンバーガー屋、二階席の一番端の席。

 向かい合わせに座る二人の男女が、うつむきながら脂汗を流していた。


(これ以上如月さんに近づいたら……口を開くな! お口チャック! 耐えろ! 耐えるんだ敏夫ぉぉぉぉ!)


(お願い漆山君! 何もしゃべらないで! 一言でも貴方の声を聞くと……とりあえずジュースを氷ごとぶっかけて、トレーで投げつけ、いや、より確実に叩いた方が……ってなにを! ……この椅子をぶん投げるのも“アリ”だよね……ってちがぁぁぁう!)


 ――集合時間の十五分前――


「……まだみんな来ていないな」

 一人席に着いた漆山の携帯が鳴った。

「関口……ゲホ……だ。すまんうるし……ゲホッ……山。どうやら風邪をひいたゲホッ! みたいだ(略)」

「わかりました。お大事にしてください」


 ――集合時間の十分前―― 


 如月がトレーをもって階段を上がってくる。

「お疲れ様~。あれ? 漆山君一人?」

「関口先輩から電話があって、風邪をひいたみたい。すごいガラガラ声だったよ」

「そ、そう。今、流行はやっているからね~。あれ? 私も電話……大野先輩? はい、如月です」


『ごめん弥生ちゃん。”弟”が風邪を引いたみたいでさ~今からお見舞……病院へ行かないといけないんだ~。て、適当に大野君と“話して”解散していいよ』

「あ、はい。わかりました。失礼します」


「大野先輩?」

「うん、弟さんが風邪を引いたから、“お見舞い”に行くんだって」

 如月はわざと毒のある口調で話した。 

「はぁ? ま、まぁ、なんとなく、理解できたけどね」

「うん……」 


 それが二人の最後の会話だった。


 漆山が

(さすがに間が持たない! でも女子を前にしてスマホをいじるのもなんか失礼だし、如月さんもスマホいじらないし……)


と思えば如月は

(ダメよ弥生! 今スマホに手を掛けたら! もしスマホを手に取った瞬間、漆山君が告白してきたら、メジャーリーガー並の速さで、漆山君の顔面にスマホを叩きつけるわ! これ機種変したばかりなのよ!)


 如月が改めて自分の過去に問う。

(そもそも……なんで漆山君は私に告白してくるんだろう……)


 そして、ある回答が導き出された。

(もしかして、そんなにも私のことを……)


 如月の胸中にある決断が沸き起こる。

(やってみるか、なんか言われっぱなしはしゃくにさわるし、いざとなったら冗談で済ませばいいし~)


『漆山君!』

「は、はい!」

『貴方が好きなんです! 付き合ってください!』

「ひゃ、ひゃい! よここんでほつきはいさせてひただきます!」


 災い転じて……少なくとも二人には福ならぬ、春がやってきたのであった。

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ふらふら男子とふりふり女子 宇枝一夫 @kazuoueda

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