第51話 「一番後ろの客の首根っこひっ掴んで、『おらおらおらこっち向け!!』って感じ」

 新しいヴォーカルはカナイ君、と言う。

 仮名のカナイ君、ということらしい。最初聞いた時には金井君とか金居君とかの字が頭に浮かんだのだが、なかなか珍しい名だ。

 一方ベースの子はマキノ君という。こっちは浮かんだ通り、牧野くんらしい。私の故郷にはよくあった名前だが、出てきたのは違う地方らしい。

 二人ともどっちかというと、ロック少年の必須条件のように痩せているほうではあるのだが、カナイ君のほうがまだ伸びそうな雰囲気はある。腕の細さが、まだまだいける、と言いたげだ。

 整っているほうだとは思うのだが、かと言って、強烈に目立つという顔でもない。まあ普通の高校生のガキ、という感じだ。実際、スタジオに来ても、マキノ君と一緒にはしゃいでいるあたりは、ほんっとうに高校生なのだなあ、と思わずにはいられない。

 高校生。

 私が、そして兄貴やオズさんが当の昔に通り過ぎてきた時間。

 兄貴は学校に行った時間は少なかっただろうが、それでも一応高校生という時間を過ごしてきた。教室で休み時間や放課後に騒ぐ男子の姿。笑い声。無闇な食欲。そんなものが一気に思い出させる。


 そう、彼等は実に欠食児童のようだった。


 何だかなあ、と思いつつ、私は今までより頻繁に差し入れに行くようになっていた。ただし、代々のヴォーカルの時のように、ケーキとか持ってくことはしない。彼等には、何と言ってもスナック菓子だ。コンビニやスーパーで安く沢山買えるものだ。悔しいことに、そんなものを実にぼりぼりぼりぼりやっていながら、カナイ君もマキノ君もまるで太るということとは無縁のようだった。

 マキノ君など、それこそ華奢なのに、何処にそんな量入ってしまうのだろう、というくらいよく食べる。しかし聞くところによると、彼は地方出で、マンションに一人暮らしなのだという。とすると、栄養が偏っている可能性はある。せっかくこの子は猫を思い出させる可愛らしさを持っているのだから、お肌が荒れるようなことになるのは嬉しくないのだが。

 そして彼等は、と言えば、「ケンショーの出来のいい妹」と、やっぱり私のことを認識したようだ。それはそうだ。彼等には、それ以上の顔を見せたくはなかった。外面だ。

 さて。そのカナイ君マキノ君がどんなヴォーカリストなのか、ベーシストなのか、私が知るまでにはもう少し時間が必要だった。兄貴もオズさんも知ってはいるようだったが、説明はできないようだった。


「兄貴の好みなんでしょ?」


 ううん、とスタジオの時間待ちのオズさんは眉を寄せた。ジャニーズ顔が微妙に歪む。隣の椅子に掛けて、私は問いかける。夕暮れの光が、廊下の窓からざっと射し込んでいる。日に日にその時間は遅くなってきている。


「確かにそうなのかもしれないけど…… でもいつものとはちょっと違うんだよなあ」

「違う、の?」


 どういうところが、と私はオズさんを問いつめる。


「俺はあまり言葉では説明が上手くできないからなあ……」

「上手くなくたっていいわよ」

「うーん…… そうだなあ……」


 彼はふわっとした髪をかき回した。


「何かなあ…… ほら、今までのウチのヴォーカルって、わりと感情的だけど、ふわふわしてたじゃない」

「ふわふわ?」

「めぐみにしても何か俺としては、あいつの声聞きながら叩いてると、ちょっと頭くらっとしたんだよなあ」

「頭くらっと?」


 それは何となく危ないような。


「のよりちゃんにしても、ハコザキにしても、割とそういうふわふわ感はあったな。……まあ、めぐみがその中では群を抜いてたんだけどね」

「カナイ君は違うの?」

「違うな」


 オズさんは断言した。


「だから…… 声質としては、似てるって言えば似てるのかもしれないけれど、全然ふわふわじゃないんだよな。どっちかというと、がーっと」


 オズさんは腕を上げ、それをすっと前に突きだした。


「がーっと?」


 私は問い返す。何処かでその言い方を聞いたことがあるような気がする。


「何って言うか…… 声は似てる。だけど、何か、……そうだな、例えば、ステージを見てない客がフロアの後ろに居るとするだろ?」

「うん」

「その一番後ろの客の首根っこひっ掴んで、『おらおらおらこっち向け!!』って感じ」

「げ。それ凄くない?」

「だから、凄いんだってば。面と向かっていうのは恥ずかしいけれど、俺からしても結構強烈だったもんなあ。まあでも、めぐみが居なくなった時の、あの日のステージの時には助かったけどな」

「そうなの?」

「うん。あいつが消えてから、すぐにライヴ予定は入ってたんだ。それがカナイとマキノの居たバンドのSSエスエスも出るイベントでね。うちは仕方ないから、トーク・ライヴみたいなことにしてしまったけれど、SS目当ての客もかなり多かったおかげで、助かった。その時には俺も始めて聞いたんだけど」

「へえ」

「でもそれが、SS最後のステージになってしまったんだよなあ。結局」

「最後?」

「ケンショーの奴、その時のカナイ見て、バンドに入れよう、っていきなり俺に言ったんだぜ? めぐみ消えて、まだ一日二日ってとこでだよ」

「すっごい、兄貴らしいよね」

「全くだよな」


 私達は苦笑した。


「ま、実際俺は奴がカナイを手に入れられるとは、思ってなかったよ」

「そうなの?」


 ああ、とオズさんは膝の上に肘を置く。


「今までの奴ってみんな、ケンショーの押しには結局負けただろ? でもカナイってそういう奴じゃないんだよな。……正直、今見てて、奴のほうが、ケンショーを振り回してる。俺にはそう見えるんだけど」


 ううむ。

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