第50話 兄貴の新しいヴォーカリスト

 言い忘れたが、兄貴の新しいヴォーカリストとは既に顔を合わせていた。彼が出ていく少し前のことだ。私は、と言えば、久しぶりに同居人が居る状態に、少し浮かれていたに違いない。

 私は兄貴が予約している、というスタジオに、スーパーで買った缶ジュースと箱スナック菓子を一杯に抱えて行った。

 正直、どんな子なのか、非常に気になっていたのだ。オズさん情報では、何とそれは現役高校生だ、ということだったから。

 そして出会い頭にぶつかった。何だよ、という目で一瞬少年は私を見た。


「あ、新しい子達?」

「あ、ケンショーさんの妹さん?」


 ケンショー「さん」。そうかそういう存在なのか、と私は改めて思った。と言っても、一回り違うのだ。敬意あって当然ってとこか。

 私はとりあえず先制攻撃を打ち出した。


「あの馬鹿にさんなんて付けなくてもいいわよ! 不肖の兄貴、生きてる!? オズさんお久しぶり! ねえねえ君達、少年達よ、甘いもの平気?」


 私は一気に言い放った。


「み、美咲ちゃん、いつもにも増して元気だね」


 オズさんは冷や汗混じりで私に笑顔を向けた。引きつっているってば。そして不肖の兄、はいつものことだと平然としている。


「俺は平気」


 腕組みをしたヴォーカルの彼は、すぱっと言った。


「俺は好きですよ」


 こっちがベース、というのがやや驚きだった。どっちかというと、今までの兄貴のシュミからしたら、こっちがヴォーカルではないかと思ったくらいだ。


「本当! ねえ、じゃあ練習の後、暇?」


 二人は顔を三秒ほど見合わせ、うなづいた。


「実はこの先のホテルで……」

「それは駄目っすよ!」


 間髪入れずにヴォーカルの少年は口を挟んだ。私はすかさずべし、と頭を軽くはたく。


「いてーっ!!」


 声がスタジオ中に響いた。どき、と心臓が一瞬跳ねる。めぐみ君や前のヴォーカル達とは、少し響き方が違う。私は得意の外面を作る。


「阿呆! 何考えてる青少年! ホテルのレストランで、ケーキバイキングがあるの!」

「あ、ティールームですね」

「うん、ケーキ、好きは好きなんだけど、やっぱりちょーっとバイキング一人じゃ行きにくいじゃない……」


 めぐみ君が居る時に、サラダは誘いにくかった。だから正直、誰かと一緒に行きたかったのは確かだ。


「だから付き合ってほしいと?」

「さすがに二人分、全額出すとは言えないけど」

「俺、いいですよ。お茶代程度なら出します」


 先にベースの子が笑いを浮かべながらそう言った。


「あ、じゃ俺も。その位なら」

「本当? 良かった。何しろうちの猫は甘いもの苦手で」

「猫?」

「うん、うちの同居人。可愛い子よ」


 それは嘘だ。めぐみ君は甘いものが平気だ。いや、好きと言ってもいい。ただ、昼間のケーキバイキングに付き合ってくれないことは本当だ。バイトに思い切り気合いが入っている彼に、それを言い出すことはできなかった。


「でもケンショーさんやオズさんじゃまずいんですか?」


 ベースの子はは軽く首を傾げた。


「……兄貴連れてくのは不毛よっ」


 本当は、こっちが甘いものは苦手なんだけどね。


「それに兄貴、良かれ悪しかれ、結構目立つののよねえ。恰好悪い訳じゃないし、ポリシーがあんのは判るけど、何っかほら、バランスが悪いと思わない? あれとあたしが並ぶと」

「……うーん」


 高校生達は顔を見合わせた。やがてヴォーカルの子は、肩をすくめて答えを返した。


「ま、つまりは俺達の方がいいセンスしている、ということですか?」

「そ。それにやっぱり食べ頃の男の子二人も連れていくのって、結構おねーさんの夢なのよ」


冗談だけど、さ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る