第7話 私にはできなかった。
私がハコザキ君とその彼女ののよりさんに会ったのは、去年の夏だった。
それは同時に、私がRINGERというバンドと出会ったことでもある。
正直、兄貴を捜し当ててからも、彼等の音にはさして興味がなかった。
彼と私は昔から好きな音楽も違っていた。お互いの部屋から流れてくる音はいつも違っていた。扉は閉ざされていた。
私は兄貴の弾くようなうるさいギターの音は好きではなかった。
彼は彼で、中学時代私がよく聞いていたFMで流れていた音楽に、何でこんなのが売れるんだろう、と首をかしげていたものだ。もっとも彼は、それが何で売れるのか、は割合簡単に答を出したものだったが。
だから彼のバンドであるRINGERに関しても、正直、食わず嫌いのようなところがあった。きっとギターの音がばりばりに入って、ドラムがどこどこ言ってる、メロディなんて何処の世界、というな音楽をやっていると思ったのだ。
ところが、だ。
ドラムスのオズさんにある日呼び出された。「
故郷で私が行くライヴ/コンサートと言えば、たいがいがホール・クラスのものだった。私の故郷はある程度の「地方都市」だったので、それなりのアーティストがやってくる。
私はその中でも、2~3000人クラスのホールや、体育館クラスのアーティストのコンサートにしか行ったことがなかった。そのくらいの価値があるものではないと、見に行っても仕方がない、と思っていた。親から出る小遣いで見に行った訳ではない。バイト代で見に行ったのだ。
友人の中には、「お母さんお願い♪」とコンサート代を捻出させた、と嬉々として言っていた奴も居たが、それは何か違う、と私は思っていた。
いや、その時一番楽しい時間を過ごしたい、だからそのために行動する、というのは正しいと思う。だけど、親からもらう金で、手放しで遊ぶことができるか、というと。私にはできない。
意識の問題だ。私にはできなかった。どこかで負い目のようなものを感じてしまう。
小遣いは、子供の頃から多くはなかった。というか、決まった小遣いは無かった。中学時代までそうだった。必要だったらその必要の旨を告げてもらう、という感じだった。決して貧乏、という訳ではない。言ったら言った分だけはくれた。私の母親は、そのあたりはきっちりしていたのだ。
おそらく友達と遊ぶお金が欲しい、と正直に言えば、彼女はそのための資金をくれたろう。「遊ぶこと」それが私にとって必要だ、ということが彼女には理解できただろうから。彼女は理解しようと努めただろうから。
だが私にしてみれば、そうなってしまうと妙に言えなかったのだ。必要以上のお小遣いをもらうことはできなかった。親が稼いだ金なのだ。一応夜遅くまで働く父親の姿は知っているだけに、本を買うから、このCDが欲しいから、そんな自分の快楽のための理由を言うのが嫌だったのだ。
いや、もう一つある。母親にその理由を言って、自分の好みが彼女に暴かれるのが嫌だった、というのもある。
私は別に母親を嫌いではなかったが、妙に気を許せない存在だったような気がしている。
隙あらば私のことを全て把握しようとしているような、そんな視線を感じていた。
今は離れているからまだいいが、一緒に居ると息詰まるような感触を覚えるのは確かだ。
だから高校に入ったら、バイトを始めた。たくさんは要らなかったから、週末だけの短いものだった。
うちの学校はバイトが自由だった。成績のレベルが市内でも高かったせいかもしれない。学校が生徒を信用していた、と好意的に私はとっている。まあシビアに読めば、それで下がるような成績だったら居る資格が無いぞ、ということでもあったが。
だいたい月に2万くらいだったろうか。夏休みにはもう少し集中的にやって、貯めた時もあった。
そうしてようやく、私は自分のためにお金を使う、という行動を覚えた。あれは学習が必要なのだ。ショッピングにしても、服や雑貨を選ぶのも、本やCDを選ぶのも。
兄貴は。彼は私が中学に入る頃には、当時としては立派にはみ出した存在となっていた。ただ彼の偉いところは、音楽に関する資金は、学校には殆ど行かなかったが、ちゃんとバイトで捻出していたということだ。
ギターもアンプも、その他もろもろのバンドに関するものは、自分の身体で稼いだ金で手に入れていた。そういう所が私達は妙に似ている。そして似ていると思ったら、少しばかり嫌な感じがした。
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