第2話 地方都市から出てくるということ
私がサラダと食事を時々するようになったのは、そう前のことではない。まだ半年も経っていない。
春先に、私はこの街に越してきた。就職したためだ。
それまで住んでいたのは、地方都市、という名がぴったりのところだった。
私鉄は申し訳程度にしか通らない。同じ市内でも必要としない人が大半だ。公共交通機関と言えば、バスの方が強い。列車や駅と言えばJRのことを指す。
だから移動には自家用車を使い、大きな買い物、と言えば郊外のショッピングセンターに行き、高校の卒業間際には皆揃って免許を取りに自動車学校に通うような所なのだ。
私もこの例に漏れず、車の普通免許は持っていない訳ではない。結構要領がいい方だったので、仮免も本免もストレートでパスした。
だけど今は乗っていない。ここでは乗る必要が無いからだ。
ここは駅と言えば本当に最寄りの駅を、JRも私鉄も地下鉄も構わずに言い、車は駐車場スペースの高さで持つことができず、持っていたとしても決して有効に利用できるとは思えない所だ。
つまりここは「地方」都市ではない。
私の住むマンションも、歩いて7分程度で最寄りの駅に着くことができる。住みだした頃は、ぱっと見ただけでは判らない、いやじっくり見てもなかなか判らない、この色とりどりの列車のネットワークに頭がぐらぐらしたものだ。
まあ部屋の最寄りの線一本ならいい。だがこれが一度都心に出てしまうともうぐらぐらしてくる。
地上を歩いた方が速いのではないか、という距離に一体幾つの駅があるんだろう、と、迷った挙げ句、後で地図で確認して怒ったことも何度かある。
けど慣れてしまえば、この公共交通機関と徒歩、時には自転車を交えれば何処へでも行けるような環境が私は好きになっていた。
地方都市だと、少し遠くへ行こうと思ったら、確実に車が必要になる。遊びに行こうと言えば、それは車に乗って行くことと同義語だ。それが嫌だと言っても、多数派には叶わない。
大学の頃、時々そんな風潮に反抗するかの様に、少し遠くからでも、雨が降ろうが風が吹こうが自転車で通っていた強者が居た。
だが感心する顔の裏で、何やってるんだ馬鹿だなあ、という視線を確実に私は彼女の周囲に感じていた。私も思わなかった訳ではないのだ。
免許を持っていなかった訳ではないし、実家に乗ることができる車が無かった訳でもない。本人に言わせると、ただ好きだから、だそうで、別に車に乗る必然性を感じないからだ、ということだったが。実際雨の日も風の日も、それはそんなものだ、と教室に来る前にトイレで髪を直していたものだ。
そして乗っていたのも、別にマウンテンバイクだのスポーツ用だの、如何にもこれは特別な自転車です! と言いたげなものではなかった。家にあったのはこれだけだし~と、いつも黒いシティサイクルに乗っていた。シティサイクルと言えば聞こえはいいが、要は「ママチャリ」である。長距離を走るのにも、速く走るのにも決して適していない。
だけどいつもへらへら、とそれに乗って通していたような気がする。そんな彼女の様子に、私達はいつも居心地の悪いものを感じていたものだ。
おそらく彼女の言動の中には正しいものもあった。それが私達を苛立たせたのだと思う。正しいことはイコール楽なことではない。私達はつい楽なことを選びたがる。それが悪いとは言わないが。
話が逸れた。そんな地方都市に私は育った。そして出てきた。ようやく。
そして彼女―――サラダもまた、何処かの地方都市から出てきている。
本当は
誰がつけたのだかもう忘れた、と彼女は言う。そのくらい小さな頃から馴染んでいる名前なのだ、と。職業はフリーターで、私より二つ下だ。
何のバイトをしているのかも知らない。仕事に出る時間も、朝早いこともあったり、夜遅くまでかかることもあった。
コンビニの店員をやってはいるらしいが、もう一つ二つ掛け持ちでやっているようなことも言っていた。けど何なのか、やっぱり判らない。部屋の中を見ても、予想がつかない。聞く必要も無いだろうので、それ以上追求したこともない。
ただ、土曜日の夜と日曜日を空けていることは確かだった。一番の稼ぎ時だとは思うのだが、そのあたりはポリシーなのだろうか。おかげでこうやって、一緒に食事をすることも多くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます