第41話 襲撃を受けて

 最初にその違和感を感じたのは……匂い、嗅覚だった。

 このビルは屋上にフェンスがなく、またその位置は端に位置する。そしてちょうど弱くはあるもののハッキリと感じられる程度の風が吹いており、僕が座るのは本来の出入り口である中からの扉や外付けの階段に対して、風下になる。


 つまりは何かを鼻で感じたということは、この屋上に僕の他に何者かがいるという可能性があるということだ。

 そして……僕が感じたのはわずかだったが、ほんのりとした甘いようないい匂い。僕もよく知っている匂い。

 有り体に言ってしまえば……女の子の匂いだった。



 次に感じたのは、聴覚。タンッというか、パンッというか、まるでコンクリートを蹴るようなそんな音。というか間違いなくその音。

 こちらは嗅覚によるぼんやりとしたものとは違い、はっきりと耳に届き、自分以外の確実な存在を僕に知らせた。


 もう最初の匂いによる違和感を感じたその時には、僕はそれを自分の目で確かめるため振り向くと同時に、いつも何かがあったときはそうしているように、魔術による思考の加速を行っていた。もはやそれは身体に染みついた動作の一つだ。

 そしてその音を聞き、振り向く一秒が何十秒にも感じる中、すでにある程度確信していた。……背後にいるものの正体を。



 そして次に感じたのは触覚。ふわりとした自然の風によるものとは明らかに違う、叩きつけるような風圧の感触。それを首筋に感じた。


 やはりこの既に攻撃の動作に移っているだろう背後の存在はセシルさんではない。こんなことをする必要がないし、仮にセシルさんがイタズラで襲い掛かってくるなら、匂いも音もなく完全に気配を消して来ることは想像に難くない。

 それこそ僕があらかじめそれを知り本気で察知しようとしても、できるか分からないほどに。



 そんな思考をしながら、首の動きが追いつきようやく視覚にてその存在を捉える。本来僕たちなら、前を向いたまま後ろを見ることも容易ではあるが、この状況なら直に振り向いて視認した方が早かった。その判断は正解だった。

 そして、その目に飛び込んできたのは……やはりというか、わりかし想像通りのもの。しかしそれを考える前に成すべきことがあった。


 その人物は前進を感じさせるやや前のめりの体勢のまま、既に右手に持った棒状のものをこちらに向かい振り下ろし始めている。

 

 それに対して僕は防護のための魔力障壁の発動を開始。とはいえ一から作るという物ではなく、既に用意してある術式を取り出すというイメージが正しいか。

 手ぶらの状態でも即座に発動できるようにそれにより、防御を試みた。


「……!?」


 それは想定通り間に合った。

 眼前に広がる薄く広い光の膜。だが丹念に練り込まれたその防御性能は折り紙付きだ。構造としては僕たちが研究時に着るローブや白衣と同じ、物理的なもの、魔術的なもの問わずあらゆる衝撃を受け止める。

 それにとどまらず、発動者に対する害あるもの全てを阻む概念的な防御、そうとでも呼べる僕たちの技術の最先端を結集させた代物である。自らの身を守る力の開発、それを最優先させるのは当然のことだ。


 案の定それだけのものをその人物の攻撃が突破できるわけもなく、恐らく完璧な不意打ちだと自信を持っての攻撃だったそれを止められたことに驚きを隠せない様子であることは、その表情をはっきりと見るまでもなく理解できた。


「……」

「うわっ……とっとっ……」


 そのまま手を添え軽く力の方向を前方に変えて、振り下ろされたものをそれを持つ人物ごと弾き飛ばす。もちろん思い切り飛ばすなんてことはせずに、数歩よろめいて後退するぐらいに調節をする。

 そうして僕とその人物の間に数メートルほどの空白ができたところで、ようやく僕は遊ばせていた両足を戻しゆっくりと身体を向けて立ち上がった。



 ここで口の中に甘い味とほのかな塩味が広がっていることに気づいた。先ほど嗅覚で違和感を感じた、その瞬間から味覚の情報を脳が後回しにしていたようだ。

 そして口の中に残っていたスポーツドリンクを飲み込んで、改めてその人物を凝視した。



 数歩歩けば手が届く距離……そこに立っていた彼女。


 灰色に近い僕の髪よりずっと白く、腰まで伸びる新雪のようなサラサラの髪。フリルをあしらい白と青を基調とした可愛らしいドレス、スリットが入り機動性を兼ね備えつつ色気を醸し出すスカート。

 肘までのグローブをはめた手には僕たちが使う杖の半分ほどの長さの棒状のもの……魔法のステッキとも呼べそうなものを持ち、ほっそりとした足はブーツと太ももまでの長さのソックスに包まれて、スカートとともに眩しい絶対領域を作っている。


 身長のわりに大きめなその胸の膨らみはドレスから主張をし、ところどころにアクセントとして金色の装飾品を施し、煌めく髪飾りを付けた彼女の風貌は……まさしく魔法少女だった。


「……ほぅ」


 そしてその子を見て、僕はある程度予想していたこともあり驚きこそしなかった……が、ひとつ無意識から小さく感嘆の声を上げた。

 その理由は自分でもすぐに理解できた。前に立つ彼女が思っていた以上にそれらしい容姿であったことがまず一つ。

 そしてもう一つ、何よりも彼女の顔が……あまりにも自然すぎる美少女であったことだ。


 つまりはハッキリとした大きめの翡翠の瞳、その他顔のパーツにその配置、さらには体型も、僕の眼から見ても整いすぎているそれは、ともすれば人形のような作り物といったある種不気味な印象を見るものに与えかねないはず。

 またコスプレというものはあるが、どんなレベルの高いレイヤーでも、二次元の存在を真似するとなると、やはり誰もが納得する完璧な違和感のない再現というのは難しい。どうしても服装や髪などにところどころにそれは出てしまう。


 つまり二つの不自然となるはずの要素を抱えている彼女であるが、事実一切のそれがない。

 例えるならばもし非常に高レベルのアニメイラストのキャラが実在したならば、という夢を極限まで理想的に叶えた存在であるというべきだろうか。

 そんな自然であるがゆえに不可解ともいえる存在ではあったが……その理由はこれまでのことから僕はそれほど時間をかけることなく察することができた。

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