第40話 夜の待ち合わせ

「ふう……」


 ため息を一つ、仰向けになって本を読んでいた状態から、ごろんと寝返りを打ってうつ伏せの姿勢となる。それと同時に髪がふわりと翻った感触を感じ、またベッドと自分の身体の間で胸が形を変えたのを感じる。

 こういう何気ない動作の一つに自分が女の子であると実感することは、なかなか好きだ。


 もうこちらの世界に来てから一週間。元居た世界ということもありだいぶ居心地もよいとも感じるが、やはりこれだけの時間が経つと向こうの世界での生活のことも少しは頭によぎるようになった。

 魔術の勉強もやりたいし、馬に乗って草原を駆けたりもしてみたい。あと僕たちがいない間に病気にかかった人もいるのではないかという気持ちにもなる。


 しかし今はここにきている以上、この瞬間を満喫するべきだろう。

 ホテルの部屋のベッドで少年漫画雑誌を読みながら、こちらでしかできないようなことはなにか、明日は何をしようか。

 セシルさんと出会い、日常の中でも常に新しい刺激を求めるようになった僕はそんなことを考えていた。


 そしてふと喉が渇いたので、何か飲み物を買ってこようと腰を上げようとした、そのときのことだった。


「おっ、きたきた!」

「ん……どうかしましたか?」


 突然何かを思い立ったように、パソコンをいじっていたセシルさんが声を上げた。その画面は受信メールを見るものだ。

 なにやらがきた、とそういったようだが……そのメールのことだろうか?


「よし! レンちゃん、ちょっと一緒に来てくれる? 紹介したい人がいるんだけど」

「一緒にって……どこに?」

「そんなに遠くじゃないから、ここから二駅くらいの場所」

「今は暇だし、いいですけど……」



「……」


 ガタンゴトンと心地よいリズムで揺れる電車、時刻はちょうど午後八時を回ったが、この路線は学生が主な乗客ということもあり現在乗っているのは塾帰りや部活帰りと思われる学生たち。それもちらほらといった具合で、椅子はたくさん空いている。

 僕たちみたいのが二人並んで座ってると、少しだけ男子学生の視線を感じないこともないが……あまり気にはしない。むしろその気持ちはよくわかるよ。


 こんな時間に乗る電車もなかなか風情があっていいと思うけど、そんなことよりもここへは言われるがままきたので、問いただす暇もなかった。

 今から会いに行く人物……そこまで興味があるわけでもないが目的の場所につくまでに聞いておくか。

 

「えっと……一応聞いておきますけど、誰ですか? その僕に会わせたいって人は?」

「ん~秘密」

「いいじゃないですか、教えてくださいよ。どうせすぐ会うことになるんでしょ」

「そうだね、その子はレンちゃんの後輩ってことになるのかな?」

「後輩……ですか?」


 はて? どういう意味だ、それ?

 その子ってことは少なくとも、セシルさんの身体年齢よりは年下なのだろうか?


「もう少し詳しく……」

「ああ、そういえば……」

「そういえば?」

「確かメールで……魔法少女とか言ってたかな」

「…………は?」



 そのまま数分が過ぎ、電車は目的の駅へと到着をした。あの後、その言葉が聞き間違えなどではないか聞いたが、笑ってごまかされるだけだった。


「えっとね、たしかあの辺で待ち合わせのはずだけどな……」

「その人とですか……?」

「そうそう! でもまだ来てないみたいだね」


 駅の改札を通り、セシルさんは万が一すれ違いになってしまったりしないよう、辺りを見渡しながら駅の外へと出た。出るまでに階段で数人の学生とすれ違ったが彼らは目的の人物ではないようだ。

 そして外に出て指し示したのは駅の近くにある時計。この下でそのメールを受け取った例の人物と待ち合わせをしていたらしい。



 そんな説明を聞きながら、僕はここまでのことを頭の中で整理する。まずセシルさんがその人物とコンタクトをとったのはパソコンのメールだ。今はもっと手軽なものもあるが、携帯の持っていない僕たちは関係ないし、ホテルまで電話を入れるのも手間なので、メールを連絡手段としたのだろう。

 もちろんメールで連絡を取るには、互いのアドレスを知らなければならない。つまりセシルさんはその人物と既に面識があったということだ。


 そして一番の問題、それはセシルさんの言葉をそのまま信じるなら、その人物が……魔法少女だということ。最初はおかしくなったのかとも思ったが、その様子はいたって正常。それにセシルさんが何もないのにここまで僕をわざわざ連れてくるようなことをするはずがない。

 このことから導き出される答えとして……本当にいるのだろう、その魔法少女とやらが。


 人物像を察するにセシルさんは「あの子」と言ってたし、恐らくはこの辺りに住む女の子。

 しかし魔術のないこの世界で、そんなアニメ的存在が自然といるわけがないのでそれがどういうことなのか……もうなんとなくその心当たりはあった。

 後輩ってのはよくわからないが……


「あっそう、買いたいものがあったんだ。レンちゃん、ちょっとその辺うろついててもいいから、待っててくれる? あの子はまだみたいだし」

「はいはい」


 そういって、セシルさんは駅の近くの場所にある、夜までやっているお土産物屋さんに入っていった。

 正直何のためにそんなところへ行ったのか、それはさっぱりわからないが、どうせ予想をしても無駄だ。僕はそれについて考えることをやめ、自分が喉が渇いていたことを思い出し、すぐそばにあった自動販売機でスポーツドリンクを買った。


「……ん、そうだ」


 ドリンクで喉を潤しながら、例の時計の下をぐるりと一度回る。相手はまだ来ていないみたいだし、この場所から少しだけ離れた周りの建物と比べ頭一つほど大きい四階建て相当のビル。そこに向かって歩いていった。

 あの屋上からならここに近づく人が良く見えるし、それになんとなく高いところにいたかったというのが主な理由だ。セシルさんもその辺にいればいいと言ってたし、構わないだろう。


「よっ……」


 こぼれてしまってはいけないのでペットボトルのふたを閉め、軽く人目を確認してから、そのビルの屋上へと跳び乗った。

 音もなく、石畳を傷つけるような衝撃もなく、ノーモーションでの地上から屋上への跳躍。どうみても人間技ではないのでこんな時間、こんなところに人影はあまりないが、もし見られてしまったら面倒なことになるからね。


「この辺は……あんまり変わらないなあ」


 足を縁から遊ばせて両手をついて後ろに体重を預けるような姿勢のまま、夜目の効くよう視覚の強化をして、周囲の風景に目を向ける。この地域にも以前は度々訪れていたことがあり、特に駅周辺は大体の地理を理解している。

 しかし七年の歳月を経ても、どうやらこの辺りの変化は目で見てわかるようなものはないらしい。そういうところもあるよな。むしろちょっとうれしいかも。


「……」


 少し景色を楽しんだ後、置いてあった外気との温度差で少し結露がついたペットボトルをとり、再び口を付ける。甘い味とのどこしのよさを感じ、水分が身体に染みわたっていくような感覚を堪能する。

 そしてコクリコクリと三分の二ほど飲み干し、一旦それを口から離そうとしたとき……


「……ん?」


 ふと何やら背後にほんの少しの違和感を感じ、僕はゆっくりと振り返った……

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