第14話 扉の先に

「一服したし、そろそろ出発しますか」

「そういえば……具体的に何に注意すればいいんですか?」


 この先は危険なものになるといっていたが、実際何人もの人がここで消えている。

 いくら守ってくれるとはいえ、僕自身も気を引き締めなくてはいけない。


「さっきのゴーレムでは迷いこんだ一般人を追い返すのがせいぜいといったところだ。兵隊さんたちで駄目だった以上、他にも何かいるだろうし、恐らく多くの罠も仕掛けてあるだろうしね。ここからは私が歩いたところをついてきて。念のため壁に触らないようにしてね」

「へえ……セシルさんは罠の場所が分かるんですか」

「ふふっ、まあね。魔術による探知もできるけど使うまでもない。実はここまでに何個か見つけたけど、あんな子供だましの罠、一目瞭然さ」


 そう自慢げに言いながら嬉しそうに歩き始める。その直後……


「あっ……」

「うわわっ!」


 ボンッという音とともに土煙があがり、僕は思わず身をかがめた。

 少しして目を開けたが、どうやらなんともないようだ。


「大丈夫ですか……」

「ああ、問題ないよ……このっ!」


 そういって右足をタバコの火を消すかのように地面に擦り付け、足元には穴が開いている。どうやら魔力により無理やり爆発を押さえ込んだといったところか。

 自分にもできるだろうか、いやあらかじめ場所がわかっているならともかく、いきなりでは無理だろう。その反射神経はさすがだと思うが……


「……ちゃんと探しながらゆっくり行こうか」

「そうですね……」




「ほいっと」

「おおっ、なるほど。わかりやすい」


 セシルさんが懐から取り出した小瓶に入っていた結晶を用いて、魔術を行使する。杖から放たれた大きめの光球は、僕たちの前を進み照らしながら時折、一部分が分かれ異物のある場所を指し示していった。

 こんなに面白く、便利なものがあるのなら初めから使えばいいのに……



 その後は罠にかかることなく進め、何度かゴーレムや人造の魔物に遭遇したがセシルさんが蹴散らしていった。

 そして……


「これは……」

「う~ん、いかにもだね。やはりこういうところに住むやつは作りたくなるんだろうね」


 明らかに人工のものである大きな扉のある場所にたどり着いた。

 その大きさは僕たちの背丈の倍近くはあり、なぜわざわざこんなところにこんなものを作ったのか、小一時間問い詰めたくなってしまう。


 だが、きっと意味なんてないのだろう。ここまでの道のりを考えたら、こんな何の変哲もない扉による防衛の効果など無いに等しい。

 恐らくセシルさんの言ったようにただ作りたいから作っただけ。そう考えると、ここに住むやつの余裕、遊び心、そんなものがうかがえる。


「この先にいるのですかね。その黒幕が」

「間違いなくね。よし! ちょっと耳貸して」


 ここまでこれといった困難な障害はなかっただけに、この先に危険なものがある可能性は高い。

 何か作戦があるのだろうか。


「君を……するから適当なところで……して」

「え? そんなので大丈夫ですか」


 耳打ちされた内容、そのあまりにもシンプルな手段に僕は一瞬戸惑ってしまった。

 だが……僕はこれまでわずかな期間ながらも魔術を学んだことで、なんとなくわかっていた。ここにいるものだけならず、この世界にいるもの全てがこの単純極まるやり方を防ぐ術を持たないことを。


「大丈夫! 私はあいつのことよく知ってるから。ただ……一つだけこの先何がいても、話と違うじゃん! みたいになっても決して焦らないで。落ち着いていて」

「はあ……」


 それはどういうことだろうか。

 でもいざとなれば、何とかしてくれるだろう。何も心配することはない。


「じゃあ行くよ……とりゃあ!」

「──!?」


 いきなり予想外の行動、セシルさんはその扉に手をかけ開ける……のではなく魔力をまとわせた蹴りで勢いよく開け放った。

 恐らく万が一の待ち伏せに備えての行動だろう。しかし……びっくりした、何か言ってよ。

 

 扉の向こうは少し生暖かいような空気、そして短めの通路があり、その奥は開けた部屋になっていた。少し薄暗い部屋だったが、すぐに目は慣れた。

 しかし見えてきたその光景に僕は目を疑った。


「また侵入者がきたと思っていたら……あなたでしたか」


 部屋の奥から黒いローブを着た若い男がゆっくりと姿を現す。一目でわかる、こいつが例の魔術師だろう。

 しかし僕はそれ以上に目の前の光景に対して、気を落ち着けるのに精一杯だった。


「ああ久しぶりだねアレン。それにしても大したもんじゃん。例のあれの試作型ってところ?」

 

 セシルさんは彼と話しながらも、それをそれを見上げ感心している。

 その部屋にいたのは……体長十五、いや二十メートル近くはあろうかというドラゴンだった。強靭な四肢、見るからに硬そうな鱗や皮膚、部屋に転がるいくつかの人骨が犠牲になった人々を物語っている。


 僕は以前、ここまでファンタジーな生物はこの世界には存在しないといわれた。しかし、目の前にいる存在は紛れもなく、以前いた世界でも、ここに来ても絵本などで何度か見た、よく見知ったまさしく竜。

 むしろあまりにもイメージ通りのその姿が、人工的に生み出された存在であることを示していた。


「そういえば君は昔から竜のお話が好きだったね、これで念願叶ったりというところか。こいつがいるならいくら兵隊が来ようと怖くないってわけだ」

「ふっ……ふふふふっ、そうですよ。しかし一人でこんなところまで来て……全く変わりませんねあなたは、でも今はだいぶ落ちぶれたよう……!?」


 パンッという破裂音が部屋全体に響き渡った。全く分からなかったがいつの間にかセシルさんが攻撃をしていたらしい。

 しかし、それは男の眼前にて薄い壁のようなものに阻まれてしまった。だが視力強化を通してみると、その壁も既にボロボロで魔力を発していないことがわかる。


「ちぇっ、一発じゃダメだったか……それにしてもお前には言われたくないね。誰のせいだと思ってるんだい?」

「さすがですね……だが私もここまで一人で来た。こんなところでやられるわけにはいかないんですよ」


 口では強がっているが冷や汗をかいている。それもそうだろう、きっと今の防御は十分な時間をかけて用意した魔術によるもの。それが単なる杖からの魔力弾一発で崩壊寸前までいったのだ。

 そしてそれは単なる威力によるものではない。強化ガラスが一点の衝撃であっけなく砕け散るがごとく、防御魔術の綻びをついた一撃だった。

 このわずかな会話の間だけでそれを把握し、寸分違わず打ち込んだ。しかも自分はそれに気づくことすらできなかった。改めて実力差を実感するには十分だっただろう。


「だが……いくらあなたといえどもこいつを倒すのは不可能です。それに研究も大詰め、直に量産すら可能になる。そうすればこの国も私のものだ、やがては世界も手に入れられる。でも……あなたには関係のない話ですね」


 アレンが右手を挙げるとそれにあわせてドラゴンが足を振り上げた……踏み潰すつもりか!

 危険を感じた僕はセシルさんの方を向くと、目を合わせた後一つ小さく頷いた。もうという合図だった。

 

「さよならです先生……」


 男が手を降り下ろした瞬間────パチッという電撃音と共に、青白い火花が弾けた。


「!? 何……だ……」

 

 震えながらも、後ろを振り向く。予想外の方向からの衝撃、人の本能として後ろを向くのは当然のことだ。

 だが、その視線の先には何も


「…………────」


 一拍置いてアレンは膝から崩れ落ちた。完全に意識はない。

 そしてドラゴンは突然の主の沈黙に攻撃を中断し、辺りを見回している。


 

「……ああ、さよならだね」


 いや、ちょっと待って! なんかそれっぽいこと言ってるけど、やったのは僕だから!


 でも、まあ何のことはない。僕は姿を消す魔術をかけてもらい、後ろにこっそり回りこむ。そして二人が会話している間背後で待機していて、合図とともに首筋にパリッとやっただけだ。


 これは元々違う世界の魔術のようで、便利だから常に発動のための魔力の結晶を携帯しているらしい。なんでも姿を隠すだけでなく生物の視覚以外にもに作用し、センサーなどでも発見は不可能でどんなカメラにも映らないという高性能とのことだ。

 別世界の技術でもある以上、この世界の魔術での探知もできない。悪用はしないと言っていたが……どうだか。


 しかし……この後どうするんだ。魔術を学び始めたから分かる、いくらセシルさんが天才でも、それは技量が秀でているということであり、火力という点で体ひとつの個人が集団を上回ることはないし、もちろんこのドラゴンを殺すことはできない。

 何か兵器でもないと無理じゃないか? それともそういうの持ってきてるの……



「えっ……んん? えっ、ええええ?」


 ドラゴンの様子がおかしい、と思った次の瞬間、突然倒れこみ動かなくなった。ふと気づくといつの間にか姿も戻っているようだ。

 これは終わった……ということなのだろうか。

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