引越し記念日

@r_417

引越し記念日

 我が鳥居家では、唯一大切にしている行事がある。

 他でもない【引越し記念日】だ。


 多少聞きなれない記念日の内容は【結婚記念日】とほぼ同じニュアンスで解釈して問題ないだろう。ただ一つ違うのは、我が家が行ってきた全ての引越しが両親の入籍日であり、同居開始日でもある結婚記念日に日付が固定されているということだろう。


「本当、何度も何度も都合良く引越しが重なるよねえ。結婚記念日と」

「いや、重なると言うか……。重ねるために、敢えてお父さんが年度末の極めて多忙な時期に入籍を強行したんだけどね」

「ええええ! なにそれ!? うちの父、迷惑すぎない!?」


 結婚記念日という名目の主役は夫婦だが、引越し記念日なら家族が主体。家族を作り上げていく過程を何よりも大事にしていた両親だからこそ、私たち兄妹が生まれる何年も前から【結婚】した記念を祝すのではなく、ともに暮らし始めた記念として【引越し】を前面に押した行事にしていたという。

 そして、夫婦ではなく家族という括りを大事にする両親の思考は年月が経っても変わることなく、私たち子どもの物心がついた頃合いを見計らい、現行の家族四人ホスト持ち回り制を導入し、今に至っている。


「っつか、新年度に即書類をあちこち作り変えるのも面倒だし、入籍時期だけなら、取り立てて怒る内容でもないだろ。入籍時期だけなら、な」


 一点豪華主義な環境で育ったわけではない。

 けれど、両親にとって唯一大切にしている行事であると知っているからこそ邪険にすることができない。そうと言って、ぼやきながらも四年に一度のホストの持ち回りを兄・太一は完璧にこなす。特に、両親が結婚して二十年目を迎える節目にあたることもあり、いつも以上に細かい計画を練っているように見える。それにしても……。


「まあ、ね。その後の人生の引越し全ての日付が固定することなんて、誰も想像もしてないわよ。普通」

「とはいえ、ある意味全てを同じ日に被せてくれたから記念日は年に一回。そこは感謝するべきか……?」

「いやー、でもさ。一つしか記念日がないからこそハードルが高くない?」

「それは、否定できない……」


 ツンデレな兄とのやりとりも四年に一度の楽しみならば、気が狂うようにホスト役を悩むのも四年に一度の恒例行事なわけで……。所詮、女子中学生に出来ることなど高が知れているとは思いつつ、男子高生の兄が繰り広げるクオリティーの高いもてなしを間近に見ているからこそ、次回巡ってくる予定のホスト役に肝を冷やす。


 勿論、記念日そのものは楽しいと思っている。

 家族仲は良好だし、家族みんなで和気藹々と家族としての歴史と親睦を深める機会は貴重なものだと思っている。


 だから、普通は現時点で住んでいる家に越して来た日付だけ記念するものだとか。歴代引越し日なんて記念することもないだとか。そんなことに気付くことなく、四年に一度のホストとしての役目の悲哀とともに我が鳥居家の【引越し記念日】に今後も振り回され続けることだろう。



【Fin.】

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